第44話 ヴンダール迷宮 第3層 南区域 ③

「おい、待つんだカレンシア」


 曲がり角の前まで来て、ようやく立ち止まったカレンシアの腕を掴み、おれは尋ねた。


「本当に一人でやる気なのか。勝算はあるんだろうな?」


「そんなの、わかりません。でも、私、このままじゃダメだと思って……」


「最初のうちは誰でもそうなるんだ。おれだってそうだった。だが罪悪感から逃れたいばかりに、自分の命を粗末にするなんて、そんなの馬鹿げてると思わないか?」


 背中を向けたままだったカレンシアは、その言葉に対し、小さくかぶりを振ると、突然向き直って言った。


「違います。私がこのまま放っておけないのは、誰でもない、貴方のことなんです」


 瞳には涙が浮かんでいる。おれを放っておけないだって? 想像すらつかなかった彼女の発言に、なんて答えればいいのかわからず、思わずおれは目を反らしてしまった。


「貴方をこのままにしておけないから、だから私が代わりに助けに行くんです! だって、貴方の本当の願いは、お金なんかじゃないんでしょう?」


 おれは混乱し始めていた。本当の願い? 誰かを助けることがか? そんな馬鹿なこと、あるわけがない。カレンシアの発言は全く理解できなかったが、その実、妙な説得力を感じていたことは事実だ……。


「言ってることの意味は分からんが、要するに、君は見知らぬ誰かを助けてやりたいってことだろう? それなら、おれの指示に従え。少なくとも戦闘中はな」


「え――あ、はい! ありがとうございます!」


「ドライアドは強敵だが、手順を守れば決して勝てない相手じゃない」


 おれは振り返った。


「そうだよなダルムント、ニーナ」


 後ろにはもう既にやる気満々のダルムントと、仕方ないわねって表情のニーナが肩をすくめていた。


「アイラが居た時と、同じようなやり方で行く。カレンシア、耳を貸せ」


 おれはカレンシアに対し、簡単に狩りの手順を教えると、曲がり角を覗き込んでタイミングを計った。


 運がいいことに、男女はまだ生きていた。女は壁にもたれかかって杖を掲げ、男はドライアドが伸ばした柔らかくしなる触手のような蔓に、片腕と足を絡め取られながらも、必死で自分を置いて逃げてくれと、女に対して叫び続けていた。


 こいつらにはおそらく人生最悪の状況だろうが、おれたちにとっては悪くない状況だった。

 ドライアドの主力である蔓は、そのほとんどが男の動きを封じるのに使用されている。不意を打つには持ってこいだ。


「3から始める、マルスに祈りを」


 おれは言った。


「二つ、恐れぬ者にエーテルの加護を」


 ニーナが矢を番える。


「一つを過ぎた。最後に言い遺すことは?」


 盾を構えたダルムントの後、おれはカレンシアが口を開くのを待った。準備はとっくに出来ているはずだ、あとは覚悟を決めるだけだぞ。


 カレンシアは大きく深呼吸すると、目を大きく見開いた。そして喉を震わせる。


「発光!」


 一般的なティティア派とは違う、カレンシア独特の心から絞り出すような声と一緒に、おれは曲がり角から飛び出した。

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