第42話 ヴンダール迷宮 第3層 南区域 ①

 二日目は昼過ぎから南区域の探索を行うことにした。目標は南区域の端っこにある〝花園〟と呼ばれる忌まわしくも美しい一角だ。一目でそれと分かるほど印象深い場所なので、一度でも行ったことがあるのなら記憶にも残りやすいだろう。


「あとは水路沿いに真っすぐ行くだけだ」


 貯水湖から伸びる小さな水路に沿っておれたちは歩いていた。相変わらずここも発光魔術で昼間のサンサック通りのように照らされていたが、昨日の西区域よりも人気は少なかった。怖いものしらずのビギナーでも、この南区域に流れる逸話には気後れしてしまうのだろうか。


 足首程度の深さの水路が、通路の中央を真っすぐ流れている。途中、何度か分かれ道を通り過ぎたが、目当ての場所は通路の突き当りにあった。


「行き止まりですね」


 通路の終点、格子状になった柵の向こうに吸い込まれる水路を見つめながらカレンシアが言った。


「いや、続いているぞ、よく見てみろ」


 おれは柵の一部を取り外して、仄暗い暗渠へと続く横穴を顎で指した。カレンシアがギョッした顔でその先を見る。


 どうやらギルドレイドではこの先には行かなかったらしい。まあそうだろうな、危機感のない探索者が、この先の〝花園〟で花を摘んできたりでもしたら、ガルムの討伐どころではなくなるだろうし。


「この中を、通るんですか?」


「そうだ、この暗渠を抜けるとまた通路があって、それを更に進むと〝花園〟と呼ばれる部屋に着く。靴はちょっと濡れちまうが、すごく綺麗な場所だぞ」


「はあ……」


「何か思い出すかもしれない」


「ええ……」


「いいから行くぞ」


「はい……」


 カレンシアはおれに続き、しぶしぶ水に足をつけると、身をかがめて水路の中を進んだ。


「おい、最後の奴は柵を戻しておけよ」


 おれは暗黙のルールを思い出して振り返ると、カレンシア越しに声を上げた。


「なあに? 聞こえない」


 しかし、水の流れる音が狭い横穴の壁に反響し、ゴオッと獣のような唸りを上げて、声を掻き消す。


「だから、後ろの柵を元に戻しとけって!」


 ああクソ、なんだか面倒臭くなってきた。おれはブーツの中に入ってくる冷たい水のせいで、足の裏が痒くなってきたのを感じながら、後ろに構うのを止めてさっさと進むことにした。


「どっちですか!」


 後方から差す光が暗闇に呑まれかけそうになる頃、水路が二手に分かれたのを見て、おれの背後にピッタリ寄り添ったカレンシアが声を上げた。


「真っすぐだ!」


「右には何があるんですか!」


「汚い奴らの巣! 剣が臭くなるから触りたくない!」


 それを聞いて、カレンシアは急に黙った。


「そんなことより! そろそろ『発光』を頼む!」


 すると、生返事と共に背後が煌々と輝き、暗い水路とその中を流れる清流を照らし出した。ついでに壁に張りつくジメジメした奴らの、見たくもない姿も。


 後ろで聞こえる悲痛な叫びにうんざりしながら、おれはさっさと水路を進む。

 緩やかに伸びるカーブの頂点を過ぎたころ、水路の終わりは突然やってきた。


「あれ、なんか、聞こえません?」


 入ってきた時と同じような格子状の柵と、その先に続く通路を目前にして、おれは足を止めた。

 カレンシアの言うとおり、水の音にまぎれて、何か不穏な物音が聞こえる。

 

 それに、嗅ぎなれた嫌な臭いも……。


 おれは後ろに待つよう合図を送ると、一人で前に進み、そっと柵を取り外して、通路に出た。

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