第33話 カピナ商業施設 ②
カレンシアは乱雑に置かれた杖立ての中から、ひときわみすぼらしい物を選んだ。手垢や油染みで持手らしき部分は変色し、柄は体重を乗せるには細すぎた。地面を擦る杖先は削れて傾いており、そこらへんの老人が持つ杖にも劣る商品だ。
「おれが言うのもなんだが、そんな棒切れなんかでいいのか?」
「はい、これでいいです」
おれの意地悪な一言にも、カレンシアは動じなかった。どうやら意思は固いようだ。
「魔術師ってホント変わり者ばっかりね、危険な迷宮に行くっていうのに、なんでわざわざそんなガラクタを選ぶの?」
カレンシア用の中着を見繕っていたニーナが、手を止めて尋ねた。
「えっと、エーテルを信じるっていうのは、こういうことかな、って思いまして……」
「どうして?」
「ほら、こんなに頼りない杖だと、戦闘中でもあてにすることなんて出来ないじゃないですか。だから、必然的に魔術に頼らざるを得なくなりますし……ひいてはそれが、エーテルを信じることかなって、私的には、そう思ったんですけど……」
「あっそ」
だが悲しいかな、ニーナは理解できそうもないと踏むと、それ以上の会話に興味を失い、また吊るされた中着を選別する作業に戻ってしまった。
「魔術師らしい、いい考え方だと思うぜ」
おれは本来、ニーナから出るべきだった言葉を補填した。少々極端なきらいはあるかもしれないが、カレンシアの考え方こそ、魔術師にとって軌範的な観念であるべきものだった。
「ありがとうございます。ロドリックさんからそう言っていただけると、少し自信がでてきました」
気まずそうに杖を抱えていたカレンシアの顔に花が咲く。
「ねえ、この中でなら、どれがいいと思う?」
念のためエーテルに目を凝らし、杖の真価を確認しようかと考えていたとき、ニーナがカレンシアに見合った中着を、戸棚からいくつか見繕って持ってきた。
「そうだなあ」
魔術耐性は本人の資質とローブを含めて、もう十分過ぎるほど確保できていたから、物質的な耐性を優先して確保したいところだった。そうなると、急所を金属でカバーできるタイプの物がいいんだが……あまりにもガチガチだと、せっかく固まり始めたカレンシアの魔術観をぶち壊しかねないから注意が必要だ。
「これにしよう」
おれは結局、厚いウール製の生地に、小さな金属製のリングを一部分編み込んだ中着を選んだ。これなら重量的にも問題はないし、防具によって身を守られているという感覚も薄くて済むだろう。
「キルケ、精算してくれ」
さすがの因業爺でも、この言葉は無視できないだろう。というかこれにも反応しないのなら、金を払わずに商品だけ持って帰るつもりだった。
「50セステルだ」
キルケは本を読みながら呟いた。
「おい、ちょっと高くないか? どういう値段設定なんだ」
「杖が30、中着が20。しめて50セステル。分かってるだろうが、うちは一銭もまからんぞ」
「こんな棒っ切れが30セステル? ずいぶん耄碌したもんだな」
おれの失礼な物言いに、キルケはとうとう本を閉じ、顔を上げた。
「その杖はお前らがこき下ろすほど悪いもんじゃない! なんてったってドライアドの宿木から削り出した一品だ! 金を払うつもりがないならとっとと出ていけ!」
一歩も譲るつもりがないキルケに、おれは舌打ちした。
「そうなんですか?」
しかも、ただ売値を吊り上げたいだけのキルケのはったりを、カレンシアが真に受けてしまったもんだからどうしようもない。
「そうだ。その杖はドライアドの宿木となった楢の木から作ったんでな。魔術師にとって非常に縁起のいいもんなんだ。それほどくたびれてもまだ折れていないのがその証拠だ。嬢ちゃんは見る目があるなあ!」
「へえ、すごいですね!」
まじまじと杖を見つめるカレンシアに、おれは忠告した。
「真に受けるなよ。店主は何の特徴もない杖を、すべてドライアドの宿木にしたがるからな」
「ふん、まあ俺はどっちでも構わんさ。だが気に食わんのなら、さっさと商品を元の場所に戻して出てってくれ」
キルケは鼻の穴を膨らませ、また本を開いた。気のせいだろうか、先ほどとページが違って見える。
「ロドリック、どうするの?」
ニーナとカレンシアが、戦場で乗り手を亡くした軍馬のような眼差しでおれを見る。
「そんなの、決まってるだろ……」
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