第32話 カピナ商業施設 ①

 男ってのは往々にして、自分たちの愚かさを競い合わずにはいられない生物だが、その中でも特に愚かな傾向にある男が三種類いる。


 政治家になろうとする男――


 結婚しようとする男――


 そして――


 女の買い物に付き合う男だ。


「だって仕方ないじゃない。カレンシアの装備、貴方じゃないと、どれがいいのか分からないでしょ?」


「そうだな……」


 おれは結局、カレンシアの装備を揃えてあげたいというニーナの願いを断り切れず、カピナ商業施設という探索者御用達の商店街の中を歩いていた。


 この商業施設はカピナ広場をコの字型に取り囲む柱廊と、その上に立つ3階建ての建屋からなるパルミニア最大の商店街だ。ここでは迷宮を探索するにあたって、必要となる道具がほとんどと言っていいほど手に入る。

 湿気に強い携帯食品から、水が漏れにくい丈夫な革袋、その隣では魔除けの彫刻が施された銀滅金の豪奢な剣が、廊下からでもよく見えるよう仰々しく飾られていた。


 まだ早い時間であるにもかかわらず、雨宿り目的の客や業者の出入りも絶えないため、おれたちは時おり縦並びに歩いたり、道を譲り合ったりしながら廊下を進んでいった。


「ちなみに、予算はどのくらいなんだ?」


「貴方が決めていいわよ」


「なぜおれが?」


「折半だから」


 おれは足を止めた。


「なんだって?」


「当り前じゃない」


 ニーナは後ろを歩くカレンシアに聞こえないよう、声を落として続けた。


「魔術師がそれなりの装備や物資を整えるのに、いったいいくらかかると思ってるの? カレンシアひとりに負担させるなんてあんまりでしょ」


「それはそうだが……」


「貴方だって、私の防具はクランの共有予算から捻出するでしょ? だからカレンシアのもちょっと出してあげましょう。ダルムントの了承も得てるから」


 ね? と囁くニーナ。おれは仕方なく頷くしかなかった。投資だと思えば、まあ安いもんか。


「それで、どの店にする?」


「なるべく安いところ」


 おれはそう呟きながら、カレンシアの恰好を見た。今彼女が身に着けているものは、出会ったときから着けていたアミュレットを除けば、ほとんどがニーナのおさがりだ。

 確かに一部のサイズは合ってないが、ニーナの装備には昔からかなり金を使っているため、物自体はそう悪い物じゃない。少なくともローブやブーツは流用できそうだ。となると後は……杖と中着か。


「とりあえず、キルケの店に行こう。掘り出し物があるかもしれない」


 おれたちはキルケという胡散臭い爺がやっている骨董屋へ行くために、中央の階段を3階まで駆け上がった。


「ここ、ですか……」怯えるカレンシア。


「ああ、あまり商品に手を触れるなよ。ばっちいから」


 キルケの店はカピナ商業施設の3階、西側に位置する比較的古い店舗だ。店構えは時代遅れで入り辛く、商品は倉庫のように乱雑に置かれ、なぜかそのすべてが埃被っている陰鬱な店。そんな店を切り盛りする店主も、当然のように湿っぽい因業爺だった。


「よう、まだ生きてたか」


 客が入ってきたのに見向きもせず、傾いだ椅子に腰かけ本を読んでいるキルケに向かって、おれは声をかけた。


 しかし、キルケはおれたちを一瞥すると、いらっしゃいの一言もなく小さく咳払いをして、また文字の羅列を追い始めた。


 この態度が新規客を遠ざける一因でもあるのだが、本人は全く気付いていないようだった。


「ここはちょっと硬派な店でな、欲しいものは自分で探すしかない」


 キルケの態度に呆れるニーナと、不安そうに店内の様子を探るカレンシアに、なぜかおれの方がいたたまれない気持ちになって言い訳してしまう。


「とりあえず杖や武具なんかはこっちのほうにまとめられてたはずだ。気に入ったのを自分で選べ」


 おれは店主に代わってカレンシアを店の奥に案内する。


「自分で選んでいいんですか? どれがいいのか、私にはさっぱりですけど……」


「直観で選べ、それが一番大事なんだ」


「えっと、杖じゃないと、ダメですか?」


 この問いに、おれはどう答えるべきか一瞬迷った。

 魔術師としての矜持を優先し、その恩恵による魔術効果上昇を狙うか。それともおれのように、あくまで魔術は目的達成のための道具に過ぎないという合理主義を貫かせるか。ここがカレンシアの魔術観にとっての分水嶺になるだろう。


「ロドリックさん?」


 カレンシアがくりんとした瞳で、おれの憂いを覗き込む。


「それも含めて、君自身で決めるんだ」


 おれは魔術師ではないから、エーテルの導きなんて戯言を本気で信じてるわけじゃない。だが責任逃れにはもってこいの言葉だとは思ってる。困ったときにはこういう風に、すべてを委ねてみたりもする。


「確かエーテルは、それを信じている者にしか、恩恵を与えないんでしたよね……」


 カレンシアの瞳に朱が差した。おれは何も答えなかったが、以前適当に教えた金言のようなものを真に受けて、既に彼女の腹は決まりかけているようだった。


「じゃあ私、これにします」

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