第30話 ギルドレイド ①
その日は早朝から雨が降っていた。そのせいもあってか、おれはいつもより早く目が覚めた。
ベッドからゆっくり起きて、テーブルに手をつく。そして勲章代わりの腰の古傷を入念にストレッチしながら昨夜買っておいたチーズとパンをかじる。
雨の日はいつもこうだ。若い頃から酷使し続けた体が30半ばを過ぎ、とうとう悲鳴をあげ始めているのだろう。本当ならこんな日は、公衆浴場で垢すりやらマッサージやらを受けて一日を潰すべきなのだろうが、生憎と今日は仕事だ。
おれは数十分ほどかけて体を温めると、油を塗った外套を羽織り、家を出た。
春先の雨のせいで外はまだ薄暗さを残していた。大通りの往来もまばらだ。おれは人々の間を縫うように進む。外套越しに感じた肌寒さもこのペースで歩けば、すぐ蒸し暑さに変わる。
――そのはずだった。
サンサック通りを、探索ギルド本部があるカッシウス広場へ続く方向へ曲がったとき、思わぬものに行く手を阻まれ、おれは足を止めた。
なんだってんだ……いったい。
雨が降っているにも関わらず、道路を埋め尽くすほどの人波だった。姿恰好からしておそらく大部分が探索者か。
「通行の邪魔になりますので、一列に並んでください!」
整列を求めるギルド職員の声がどこからか聞こえるが、喧騒にかき消されてこいつらには届きゃしない。いや、端から耳を貸す気なんてないのか。おれはフードを深く被り、下らない武勇伝をひけらかす群衆をかき分けながら先へ進んだ。
カッシウス広場に着くと多少人込みは改善されたが、それでもようやく肩をぶつけずに歩けるようになったって程度だ。
「ギルドレイドに参加する方は、こちらに記入をお願いしまーす!」
しかし、これで混雑の原因は分かった。おれはギルド本部の入口から、数メートル離れた場所に設置された臨時の受付テントに近づくと、忙しなく受付処理をしている職員の後ろで、暇そうに突っ立っている幹部職員に声をかけた。
「よお、カノキス。こんな天気にはうってつけの、やりがいのある仕事に就いてるな」
おれの声に振り向いた幹部職員の名はカノキス。権力というものが大好きな男で、一時期はおれと持ちつ持たれつの良好な関係を築いていた時期もあるが……今はちょっとした仲違いが原因で疎遠になっている。おれとしてはそろそろ関係を修復させてもいい頃合いだと思っているんだが――。
「ええ、貴方のようなグズが列に割り込む理由を見つけるのには、もってこいの雨ですからな」
相手はそうは思ってないらしい。カノキスはさげすむような視線でおれを一瞥すると、指で受付待ちの列を示して事務的に続けた。
「御用の方は列にお並びください」
おれは苦笑いしながら、その指に手を当て下ろさせる。
「おいおい、仮にも一時期は一蓮托生の関係だった相手だぞ? つれない反応だな」
「その関係が崩壊したのは、貴方が原因だったように記憶してますが?」
「その件は悪かったって言ってるだろ。おれだって報いは十分受けたんだ」
「貴方が報いを受けるのは当然でしょう。納得いかないのは貴方を支援していた私まで、こんな閑職に追いやられたことですよ」
カノキスは恨めしそうにおれを見た。
「なあ、これはおれからのアドバイスなんだが、そこまでしてこのギルドの権力にこだわる必要はあるのか? お前も魔術師の端くれなら、その実力を生かした職に就いたらどうだ?」
「実力を生かした仕事! まさかそれは宮廷仕えをしながら薄暗い部屋に閉じこもって、かぐわしいレモンの香りがするアーティファクトの研究をすることを指しているのですか? それとも戦場に立ち、故郷に家族を残した父親たちを大量虐殺するほうです?」
「それが嫌だっていうなら、探索者でもいいだろ。ちなみにおれのパーティーなら空いてるぞ、お前ならいつでも大歓迎だ」
カノキスは鼻で笑いながら、くだらない。とおれの提案を一蹴すると、諦めたように話を切り上げにきた。
「それで、どうしたら目の前から消えてくれるんですか?」
「この状況のことを詳しく知りたい」
「ああ、ギルドレイドのことですか」
「3日前見た時には、まだ告知されてなかった気がするが」
「緊急性が高いと判断され、昨日の告知で本日急遽行われることになったのです。討伐対象は『ガルム』第2層から第3層にかけて勢力を広げています。参加資格は当ギルド員であればどなたでも、報酬は直接的なものはございませんが、昼食及び夕食はこちらから支給します。それと今ギルドレイド期間中はガルムの討伐代金を通常の2倍支払うことが決定されています――このくらいでよろしいですか?」
カノキスは早口でまくし立てる。ちょっと得意げなところが腹立たしい。
「昼食と夕食の内容は?」
「昼食がパン、チーズ、固ゆで卵でございます。夕食がパン、エンドウ豆のスープ、乾燥肉、デーツでございます。もしかして、ロドリック殿のパーティーも参加されるのですか?」
「そうだな……」
おれは顎に手を当てた。
カノキスはそれを見て、わざとらしいくらい嬉しそうな顔をして続けた。
「参加していただけるのであれば、心強い限りです。是非、列の一番後ろから、根気強く、並んでお待ちください」
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