第27話 ヴンダール迷宮 第3層 ②

 第3層に入って二日目の昼過ぎ、おれたちはようやく第3層の中心部である〝貯水湖〟とよばれる区域に到着した。


「わ……すごい」


 それまでの狭くてジメジメした通路とは一変し、ここが地下であることを忘れさせるほど広大な空間を前に、カレンシアが感嘆の息を漏らしていた。


「気を付けろ、柱廊より先には行くなよ」おれは言った。


 広間一帯は、古代帝国の建築様式にも似た装飾の柱廊に取り囲まれ、その中央にはこの区域が〝貯水湖〟と呼ばれる所以でもある巨大な人工湖が、岸辺に静かな波紋を湛えていた。


「水源は、あれですか?」


 カレンシアが水面の中心にある噴水を指さした。広すぎる湖のせいで、指先ほどの大きさにしか見えないが、命と引き換えにした有志たちの調査で、あの噴水に関しては、いくつかの事実が判明していた。


「ああ、そうだ。ただの噴水に見えるだろうが、あれはまぎれもなくアーティファクトだ」


 そう断定される理由はいくつかあるが、最も特異性の高いものを挙げるのならば――給水装置が無いのにもかかわらず、大量の水を排水し続けているということ――だろうか。しかも極めて清涼な真水をだ。


「今までに、何人もの探索者があれを回収しようと躍起になった。無限に清潔な水を提供し続けるアーティファクトなんて、どの都市も喉から手が出るほど欲しいだろうからな」


「でも、まだあそこに存在してるってことは、失敗したんですね……」


「そういうこと」


 おれも1度だけ、あのアーティファクトの回収作戦に携わったことがある。かなり大規模な作戦だったが……今考えても無謀で、なんと馬鹿馬鹿しい計画だったことか。


 おれが少しの間、感傷に浸っていると、隣でカレンシアが、ふらふらと湖に近づきだしたのに気づいた。


「おい! それ以上近づくな!」


 おれは声を荒げた。


「あ、はい……すいません」


 カレンシアは足を止め、こちらを振り返る。


「なんか、急に懐かしい感じがして……」


 しかし、振り返った途端、カレンシアは濡れた床に足をすべらせ、バランスを取るために後ろへ数歩下がってしまった。そしてその結果、彼女は柱廊から足を踏み越えた。


「すぐ戻れ!」


 おれは声を荒げた。湖畔からこの柱廊までの空間はすべて奴のテリトリーだ。しかも王宮を守る警備隊よろしく、敷居を超えた瞬間穂先に巻いた布を外すような気の短い奴。入った者はただでは済まされない。


 水面はゆっくりと膨れ上がり、湖畔には黒い影が迫っていた。


 おれの怒号に驚いたカレンシアが一瞬竦み上がったが、すぐに状況を悟り、おれの元へ駆け寄ろうとする。しかし、もう間に合いそうにない。


 一生遊んで暮らせるほどのお宝が、目の前にぷかぷか浮いて水を垂れ流し続けているのに、なぜ今までどの探索者も手にすることが出来なかったのか。その理由の一つが姿を現そうとしていた。

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