第24話 探索ギルド 待合室 ②

 今しがた開けようとしていた扉の先から出てきたのは、目の下にクマを作ったニーナと、顔をしかめるダルムント、そして知らない男女が一人ずつ。まるで今から迷宮にでも潜ろうってな彼らの仰々しい装備が、おれを余計に気まずくさせた。


「そんな仰々しい恰好で、今からお出かけか?」


 その気まずさをごまかす為の軽口だったが――結果としてこれは悪手となった。ニーナはおれの姿を認めるや否や駆け寄ってくると、抱きしめるつもりで伸ばしたおれの手を払いのけ、思い切り頬を打ってきた。


「今までどこで何してたの?」


「ちょっと、いろいろ……」


「無責任すぎたと思わない?」


「ああ……」


 欠けた差し歯が口内に刺さって痛かったし、この場で説明するには少々厄介な出来事が多すぎた。

 おれは後ろの方で困惑した様子の男女を一瞥すると、ダルムントに目配せした。


「よし、図らずとも目的は達成できたことだし、俺たちは向こうで報酬の話でもするとしよう」


 汲み取ってくれたダルムントが、拙い演技ながら男女を連れて待合室の中に戻っていった。口ぶりから察するに、やはり今からおれを探しに、迷宮へ潜るつもりだったってことか。入れ違いにならなくて良かった。


「随分失礼な人払いの仕方ね。彼らは貴方を探し出すことに、唯一賛同してくれた探索者だったのよ」


「それならなおさら、そんな頭のいかれた連中には聞かせられない内容だ」


 おれは念のため、ニーナの手を引いて5番待合室に入った。一瞬また見たくもない光景が広がっているんじゃないかと心配したが、幸いなことに誰も居なかった。


「それで、6日間も連絡ひとつ取れなかった言い訳は?」


「話すと長くなる」


「大丈夫、時間ならたっぷりあるから」


 ニーナは長机を囲む椅子をひとつ引くと、荷物を置いて腰掛けた。


 仕方ないか……おれは念のため、ひとつ席を空けて向かい合う。おれの判断ミスが露呈するごとに、頬を打たれたんじゃあたまらないからな。


「そうだな、まずはあのふざけた紋章魔術で、おれとカレンシアが消えたところから」


「ええ、どうぞ」


 そしてここで最も重要なのは、当然のことながら真実を伝えることではない。おれにとって都合の悪いことを出来るだけ隠したまま、相手を納得させることに尽きる。

 おれはそのことを踏まえた上で、ひとつひとつ言葉を選びながら、ニーナにこれまでの出来事を語った。

 カレンシアと共にゴーレムを倒したところから始まり、紋章魔術の解析が失敗に終わったこと。


 仕方なく壁抜きを使って脱出した先が第5層の〝宝物庫〟だったこと。


 宝物庫を守るスプリガンに見つかり、追い回される羽目になったこと。


 そこをフィリス率いる〝燈の馬〟に助けられたこと。


 フィリスとの取引により、第4層のキャンプに戻るまでの護衛を取り付けたこと。


「貴方にしては上手く事が運んでるほうじゃない」


「4層のキャンプまでおれたちを送り届けてくれることになったのが、デイウス隊だったってことを知ってもか?」


 デイウスの名前を聞いて、ニーナの顔が青ざめる。


「私が最後に会ったときは、彼まだ、貴方を殺すって息巻いてたけど……」


「ああ、おれもそれが最後になると思っていた」


「大丈夫だったの?」


「いいや、案の定、第5層から第4層の王宮に上がった瞬間、取り囲まれて剣を突き付けられたよ。奴ら最初から、おれを生かして地上へ帰すつもりなんてなかったらしい」


「よく生きて帰れたわね、だってカレンシアも居たんでしょ?」


「ああ……」


 おれは緊張を悟られまいと咳ばらいをした。ニーナは勘のいい女だ、嘘はバレる。真実の間に、ほんの少しだけ混ぜ込む程度でなければ……。


「そういえば、カレンシアはどこ?」


 いい具合に話が逸れてくれた。おれは咄嗟に答える。


「カレンシアは医務室だ。連日の強行軍で、かなり疲労が溜まってたからな」


「そう……」


「そうだ、今からダルムントも連れて、ちょっと顔でも見せにいくか?」


 乗ってくれればここで一旦話を切れるため、都合良いことこの上ないが……。


「無事なんでしょ? なら後でいいわ。疲れて休んでるとこ、邪魔しちゃ悪いし」


 まあ、人生ってのは往々にして思い通りにはいかない。


「で、デイウスたちはどうしたの?」


「奴らは結局のところ、カレンシアの処遇を決めかねていたみたいだ。おれはともかく、隊員の中にはフィリスの命令に逆らってまで美女を殺したいと思う奴は少なかったみたいで、その……いろいろと揉めている間に、隙をついて二人で逃げ出したんだ」


「ふうん……」


 釈然としない様子でこちらを見るニーナ。もちろん真実は少し違うが、まさか馬鹿正直に、カレンシアが使った黒い魔術のことを言う訳にもいかない。


 あの魔術の薄気味悪さを目の当たりにすれば、ニーナは確実にカレンシアをパーティーから追い出そうとするだろうし、そうなることを分かっていながら傍観できるほど、おれとカレンシアは浅い関係ではなくなった。なんていったって、6日間も共に死地を潜り抜けてきたんだ。


「それで、それからキャンプまで向かったってこと?」


「ああ、道中おれの魔力をこまめに回復しながら進んだから、キャンプまでは丸二日間かかったがな。しかも苦労してキャンプに到着しても、昇降装置の修繕とやらで足止めを食らうし、踏んだり蹴ったりの6日間だったよ」


 急に駆け足になったおれの説明に、何か問おうと口を開きかけたニーナだったが、それはノックの音に遮られることとなった。

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