ガルムと果実

第23話 探索ギルド 待合室 ①

 探索ギルドの受付が、なぜ莫大な予算をかけてまで、こんな手の込んだアトリウム様式を採用しているのか、その理由がようやく分かった気がする。


 おれたちは迷宮出口の扉を開けると、顔をしかめる衛兵を押しのけながら、ホールの真ん中に躍り出た。地上へ戻れたという実感が、吹き抜けのガラス板から差す陽光となって、全身に降り注ぐ。


「良かったです、戻れて、良かったです……」


 カレンシアが床に座り込みながらわんわんと泣きはじめると、人々が遠巻きに足を止め始めた。


「生きてるぞ! おれたちはまだ生きてるんだ! 見たかくそったれ!」


 おれもこみ上げる感情を抑えきれなかった。面白半分でサイコロを転がしている神々に対して、抗ってやったという不撓不屈の雄たけびを止められないでいた。

 集まってきた人だかりも合わせて、迷宮への出入口を塞ぐ形になってしまったが、衛兵たちもおれの満身創痍な様相に同情したのか、眉をひそめるだけでしょっ引こうとはしなかった。


「ロドリックさん! 無事だったんですね!」


 そうこうしているうちに、人だかりの中から受付嬢のサーラがあらわれた。


「不幸なことに、無事とは言い難いな」


 おれはボロボロになったマントや血濡れた胸当て、そして欠けた差し歯なんかを見せる。


「6日間も行方不明でそれだけで済んでるなら、幸運な部類に入りますよ」


「そうか、じゃあ幸運ついでになるべく高値を付けて貰おうかな。いろいろ拾ってきたんだ」


 おれは腰に下げた満帆のポーチを叩いた。


「ええ、もちろん善処させていただきます。でもその前に、ニーナさんの元へ向かったほうがいいと思いますよ。取り返しのつかないことにならないうちに」


 その言葉におれは思わず立ち上がった。おれとしたことが、ニーナがただ黙って待ってるだけの女じゃないってこと、すっかり忘れていた!


「医務室に連れてっといてくれ!」


 疲れ果てて座り込んでいるカレンシアをサーラに託し、おれはエントランスに向かって駆け出した。


「ニーナさんたちは、第3待合室ですよ!」


 サーラの声を背中に受け、おれは別館へ続く柱廊へと方向を変える。


 柱の陰できな臭い話をしている奴らや、探索者の待遇に関して議会への文句を垂れ流している集団の脇を通り抜け、別館の階段を駆け上がるとすぐ待合室の扉が目に入った。


 おれは呼吸を整えるため、大きく深呼吸を繰り返したあと、ニーナの顔を思い浮かべながら、扉をそっと開く。


「え?」


 見知らぬ男と、男が、接吻に勤しんでいる最中だった。


「失礼、間違えた」


 おれは扉を閉めると壁の掛札を見た。〝第2待合室〟となっている。


 気を取り直して隣の扉に手をかける。


「リック……?」


 聞きなれた声が、おれの胸を叩いた。

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