第20話 ヴンダール迷宮 第2層 ⑨

 試すなら、できるだけカレンシアに近い方がいい。おれはゴーレムから背を向けると、カレンシアの傍へ駆け寄った。


「壁をぶち抜いて逃げるぞ!」


「え? 急にどうしたんですか? もう戦わないんですか?」


 カレンシアが慌てておれの服を掴む。


「いくらやっても、体のどこかにあるコアを破壊しない限り、こいつは再生し続ける。キリがない」


「もしかして、今まで闇雲に斬ってただけなんですか?」


「そうだよ、文句あるか? おれの魔力はもうじき切れる。残りの魔力すべてを使って壁を斬り抜くから、どこか通路にでも繋がってることを祈ってろ」


「壁の先に何もなかったらどうするんです?」


「どうもしない。死ぬだけだ」


 おれは印を刻んで、剣を構えた。


「ちょ、ちょっと待ってください!」


 その腕を、カレンシアが止めた。


「邪魔するな、もう迷ってる時間はないぞ」


 ゴーレムは既に立ち上がっていた。ドン、ドン、と床を踏みしめる重厚な音が部屋に響く。


「右胸です! 右肩の付け根からちょっとずれたあたりにエーテルが吸い寄せられてるんです! もしかして、そこにコアっていうのがあるんじゃないですか?」


 カレンシアがゴーレムを指さしながら言った。


 おれは目を見開いて、カレンシアと、彼女が指し示す方向を交互に見る。


 にわかには信じがたかった。アイラほどの魔術師ですら、そこまで正確な位置を特定できたことがあっただろうか。


 だが疑っているような余裕はもうない。どうせ博打であることに変わりないんだ。カレンシアの言葉に、残った魔力すべてを賭けるしかない。


「そういう大事なことは、次からもっと早く言えよ」


 そう言い捨てると、おれはゴーレムの前に躍り出た。


 ゴーレムの感情のない、ガラス球みたいな目がおれを見据えると同時に、巨大な右腕が振り上げられる。

 おれはその拳が振り下ろされるより先にゴーレムの懐に飛び込んだ。

 これでコアを捉えきれなければ、おれは頭をかち割られて終わりだ。まあ、楽に死ねる分、残されるカレンシアよりは多少マシな死に方だな。


 おれは半ばやけっぱちでゴーレムの右胸に剣を突き刺し、そして右肩に向かって滑らせるように引き抜いた。『装剣技』の効果が切れかけ、引き抜く直前に剣身から小さく火花が散る。


 どうだ? おれは剣の勢いと共に横っ飛びして距離を取ると、すぐさまゴーレムに向き直った。


 ゴーレムは、腕を振り上げたまま、まるでグラレンパルナのネプトゥヌス像のように、虚空を見つめて制止していた。あの石像が振り上げていたのは左腕だったかもしれないが、今はそういうディティールには拘らないでおく。ともあれ。


「うまくいったみたいだな」


 おれはその場に座り込んで、大きく息を吐きながら空を仰いだ。

 見えたのは味気ない天井だけだったが、心地よい疲労感と達成感のおかげで、そんなに悪い気分はしなかった。

 それに、いにしえの英雄のように、雄々しく拳を振り上げたまま制止するゴーレムの姿は、王都生まれの目の肥えたおれから見ても、なかなか芸術性を感じさせるものでもあった。


「ロドリックさん、大丈夫ですか?」


 カレンシアが心配そうな顔で駆け寄ってくる。


「ああ、なんとか生きてるよ」


「よかった……」


 おれの顔を見て安堵したように座り込み、顔を綻ばせるカレンシア。いつの間にかおれ自身も、つられるように目を細めていた。


「コアの場所、完璧だったな」


 二人の間を流れる穏やかな沈黙を、ひとしきり楽しんだあと、おれはカレンシアの功績を労うため口を開いた。


「いえ、私なんて、全部ロドリックさんのおかげです」


「謙遜するな。あれほど正確にエーテルを捉えきれる魔術師、そうそう居ない。カレンシア、もしかすると君は、かなり高名な魔術師だったのかもしれないな」


「だったら良いんですけど……少なくとも探索ギルドの職員さんたちは、誰も私のこと、知らなかったみたいです」


 カレンシアはやるせなさそうな笑みを向けると、立ち上がった。


「それで、これからどうします?」


「そうだな、誰かの邪魔が入る前に、もう少し親密な関係になっておくってのはどうだろう」


 おれは動かないゴーレムを顎で指して「見物人が気になるのなら、場所を変えてもいいし」と付け加えた。


「場所を変えるって……いったいどうやってここから出るつもりなんですか?」


「その方法はこれから探すんだ」


「私、手伝えること、ありますか?」


「もちろん。こういうときはとりあえず、周囲を徹底的に調べ上げるのが定石だが……」


 おれは重い腰を上げ、中央の古びた台座に近づいた。


「おれは残存魔力も少ないし、深層に隠れたエーテルも見えないから、なるべく一般的な見地から調べてみることにしよう。カレンシア、君は周囲のエーテルを辿って、怪しい魔術の流れがないか調べてみてくれ」


「わかりました」


 自信なく頷くカレンシア、不安げな瞳が赤く滲み、漂うエーテルをその角膜に映し出す。


「そうだ、一つ助言を」おれは言った。


「入口ってのは同時に出口でもある。特に魔術はそのきらいが強いってことを忘れるな。どんなに巧妙に隠そうとも、完全に一方からの干渉しか受け付けないなんて魔術は不可能なんだ。なぜならエーテルは常に可逆性を持つからな、そのことを念頭に入れてやれ」


「はい……」


 憂いを帯びたカレンシアの瞳は、言動とは裏腹に煌々とエーテルを映し出していた。

 ひとまずこれで大丈夫だろう、こっちはこっちでやれることをやるか……。


 おれはカレンシアに小さく頷くと、傍らの奇妙な台座に向き直った。

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