第19話 ヴンダール迷宮 第2層 ⑧
おれとゴーレムの、台座を挟んでの追いかけっこは、おおよそ3分ほど続いた。
誤解を避けるために言っておくが、この選択はあくまでおれの崇高で綿密な作戦によるものであって、決してびびって逃げ回ってるわけじゃないってこと。
カレンシアもそれを理解したのか、最初こそ悲鳴を上げたり、おれに対してちょっとした罵声を浴びせたりしながら一緒に逃げ回っていたが、1分ほどで大人しく付いてくるようになった。これは単に疲れただけかもしれないが……。
「次、ゴーレムが右に切り返したら、お前は部屋の左奥へ走って逃げろ」
おれは言った。いきなり動き出した状況に、戸惑いながらも「はい!」と子気味良い返事をするカレンシア。
「いくぞ」
おれはわざと右方向に大きく動き、ゴーレムを誘った。そしてゴーレムが1歩踏み出したのを確認し、カレンシアから手を離す。
「走れ!」
おれの怒号を合図に、声にならない悲鳴を漏らしながら、逆方向へと駆け出すカレンシア。つられてほんの一瞬、ゴーレムの動きが止まった。
この瞬間こそが、おれの狙いだった。
エゲル紀に作られた人工生物すべてに共通して言えることだが、こいつらの作られた時代の物差しでは、強大な魔力を持っている者こそ、優先して排除するべき脅威だという認識らしい。
つまりこのゴーレムは、おれみたいなちっぽけな魔力の持ち主より、本職の魔術師であるカレンシアの動向の方が気になるってことだ。ずいぶんとなめてくれる。
おれは空いた左手で、いくつか印を刻む。追いかけっこをしながら、魔術の発動に必要な分のエーテルは、既に集め終わっていた。エーテルを込めた左手の指先を、剣を握った右手首に強く押し当てると、魔術はすぐに発動した。
――剣身に、馴れ親しんだ一族のエーテルが、うねりを上げながら纏わり付く。
使う前にちょっとした工程が必要なことと、数秒間しか剣にかけた魔術を維持できないってのが欠点だが、この一族秘伝の固有魔術と剣術を合わせた複合技術
『装剣技』こそ、おれが胸を張ることのできる、唯一の特技だった。
おれはゴーレムが次の行動を取る前に、がむしゃらに剣を振るった。
まず、左足を根元から切り捨てる。
返す刀で胴体を斜めから切り上げ。
そして振り下ろし――。
バランスを崩して倒れこむゴーレムに対して、もう一太刀入れようとしたところで、剣にかけた魔術が解け、剣身が硬い体に弾かれた。
第1層で『発光』を1回使ってしまった分、『装剣技』の時間が想定より短くなってしまったのだ。
おれは一旦、様子を見ようと後方へ飛び退く。偶然だがこの選択は正解だった。
先ほどまでおれの足首があった場所を、ゴーレムの巨大な手が鈍い風切音と共に、通り過ぎていった。
くそ、外れを引いちまった……。
冷たい汗が首筋を伝う。おれは静かに呼吸を整えると、もう一度、魔術の発動に必要なエーテルを周囲からかき集めることにした。
おれの少ない魔力じゃ『装剣技』は多く見積もっても、あと3回程度が限度だろう。どうする? このままどこにあるかも分からないコアを、イチかバチかぶった切れるまでゴーレムを切り刻み続けるか? それとも……。
エーテルを集め終わったのと同時に、再生を終えたゴーレムが立ち上がった。ご丁寧に、切断面も分からないほど完璧に接着してやがる。
だが悪いことだらけってわけではない。ゴーレムはカレンシアを一瞥すると、おれの方へ向き直った。この中で誰が一番強いのか、この鉄屑もようやく理解できたらしい。
床を踏み鳴らしながら突撃してくると、おれの頭蓋めがけて丸太みたいな腕を振り下ろしてきた。
「今更気付いたって遅いんだよ!」
おれは体を横に捻って躱し、そのぶっとい腕を、チーズみたいに切り落とす。
続いて頭、そして胴体、最後は横からまっぷたつにするつもりで、下腹部めがけて剣を振り抜いた。
だがゴーレムはまだ停止しなかった。もうひと斬りくらい行けそうだが――いや辞めておこう。
おれは2度目の『装剣技』が途切れる前に、余裕をもって距離を取った。そして案の定それは起こった。
「ロドリックさん!」
ふらつきながら床に片膝をつくおれを見て、カレンシアが声を上げた。
「黙ってろ! 今いいとこなんだ」
何てことはない、ただの魔力欠乏による一時的な立ち眩みだ。
おれは剣を杖に立ち上がると、ゴーレムが再生して動き出す前に、もう一度エーテルを集めなおす。
いつまでもコアを捉えきれない自分の運のなさに苛立ちが募るが、こういうときこそ冷静になれ。おそらく次の『装剣技』が、最後の1発になる……。
おれは部屋の四方を囲む壁に視線をやった。
ここが迷宮のどこらへんにあたるのかは不明だが、もしこの部屋が、どこか通路に面した部屋であるなら、『装剣技』で壁を壊せば逃げることができるかもしれない。迷宮の壁抜きは、前にも試して成功したことがある……だが、もし壁が剣身より厚かったら? 通じた先が行き止まりだったら?
おれは、ほんの少しだけ長くまばたきをする。
――ジンテグリア出身のイカサマ師が、手から滑らせるコインの絵柄。
――ダルムントが石畳に躓く前に、踏み出した左足の角度。
――ニーナがおれの誘いを断るときの、愁いを帯びた瞳の虹彩。
――そしてアイラが、去り際に言った言葉。
そのすべてが、走馬灯のように、瞼の裏を通り過ぎてゆく。
嫌な感じだ。死神がすぐ隣で仕事を探してる気がする。
おれは瞳を開き、覚悟を決めた。
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