第14話 ヴンダール迷宮 第2層 ③

「これでわかっただろ、探索者ってやつが助ける価値もないナメクジ野郎ばっかりだってことが」


 おれは両手一杯に集まったワーラットの耳を、ダルムントのリュックに詰め込みながら言った。


「だって、助けなきゃって思ったら、体が勝手に動いてしまって……」


「そりゃ結構、お優しいことで、おかげでおれはすっかり悪人だ」


 おれは振り返りながら言った。幸いなことにあいつらは追って来てはいないようだ。まあ、それもそのはずか、あそこまで実力の差を見せつけたんだ。事故にあったようなもんだと諦めたのだろう。


「それは、その……すみません」


 カレンシアが申し訳なさそうに頭を下げる。だが、まだ言いたりないこともあるらしい。その証拠に、でも……と前置きして続けた。


「でも……ロドリックさんのおかげで、誰も不幸にならずに済んだんです。私は、それって良いことだったなって思うんです」


 おれは肩をすくめた。4人組は結果としておれから小突き回されたあげく、ワーラットの耳を全部差し出すことになり、おれはそのせいで悪人扱いされ、生きるために獲物を追っただけのワーラットは皆殺しになった。


「みんな不幸になったの間違いだろ」


 おれはそうぼやくと、まだ何か言いたげなカレンシアを手のひらで遮って、歩調を早めた。もうほっといてくれよ。


 静まり返った柱廊をひたすら真っすぐ進んだ。どこかの国の叙事詩か何かを表現した天井のフレスコ画が一区切りを迎え、また新たなストーリが始まろうとする頃には、柱廊は突き当りに差し掛かり、右に折れた。それを更に進むと、ようやく休息所に続く扉が見えてきた。


「ふう、誰かさんのせいで、今日は随分時間が掛かっちゃったわね」


 おれが扉を開けると、ニーナがなだれ込むように、休息所に設置されたスツールに腰掛けてくだを巻く。ダルムントがそれを宥めながら、背中の荷物を下ろした。


 予想通り、第2層の休息所は、第1層のそれと比べて平穏そのものだった。滞在しているパーティーは、おれたちを含めても3組。そのうち一組は今から出発するところだったようで、おれたちに軽く会釈をすると、そそくさと部屋を出ていってしまった。


 残ったもう1組は、部屋の隅で座り込んでいた。おれたちが音をたてながら食事の準備なんかを始めても、振り向くこともなく、辛気臭い顔でうなだれてるばかりだ。

 彼らに何があったのか、理由はだいたい想像つく。

 普段であれば、いらぬ軋轢を生まぬためにも声は掛けない方針なんだが、今回はカレンシアという静かな爆弾を抱える身だ。可能であれば、事前に少しでも情報を収集しておきたかった。


「よう兄弟、助けになれることはあるか?」


 おれは近づきながら、一番近くに座っている女に声をかけた。深刻過ぎず、かといって軽率過ぎない口調でだ。しかし、そいつはすすり泣くような嗚咽を漏らすばかりで、何も答えてはくれなかった。


「今は、そっとしておいてくれ」


 泣き終わるまで待ってやるべきか悩んでいると、横に座っていた男がそう言って首を横に振った。


「気持ちはわかる。おれもこの場所で失ったものを数え上げたらキリがない、だが前を向かなければ、失ったまま終わることになるぞ」


「そうだな、だが今は故人のために首を垂れる時間だ。それに、どこが潮時か決めるのは自分自身だろ、あんたに偉そうな口きかれる筋合いはない」


 男は鋭い眼光でおれを睨みつけた。


 やっぱりだ。こいつら仲間を失ったばかりのようだな。見た感じ、全員そこそこやりそうな探索者に見えるが……いったい何にやられた?


「おれはまだ潮時にはしたくないんだ。頼む、この先にやばい奴が居るなら情報をくれ」


「うるさい黙ってて! 守銭奴ロドリック!」


 すすり泣いてた女が、やっと口を開いたと思ったらこれだ。しかも言うだけ言ってまた泣きはじめた。有名になるってのも、これじゃあちょっと考えもんだな。それとも覚えてないだけで、以前この女にベッドの上で粗相でもしちまったか?


「ちょっと取り乱してるんだ、すまない、大目に見てやってくれ」


 隣の男が慌てて謝罪した。守銭奴ロドリックの名を聞いて、他の奴らの顔にも緊張が走る。


「別に、自己紹介が省けて助かるよ」


 おれはわざとらしく肩をすくめた。


「その……」


 男は仲間の反応を見て、どうするべきかアイコンタクトを送り合った後、小さく頷き言葉を続けた。


「俺たちは……ドライアドにやられたんだ」


 すすり泣く女の嗚咽がいっそう大きくなる。


「ドライアドっていうと、第3層の? まさかお前ら、花を摘んだのか?」


「そんなわけないだろ! そこまで俺たちはマヌケじゃない。探索を終えて、第2層まで戻ろうとしていたところを、急に襲われたんだ。何も条件を満たしていないにも関わらずだ」


 男の説明に、辛い場面を思い出してしまったのか、女が声を上げてわめきはじめた。

 男は女の背中を撫でて、落ち着かせる。


「頼む……もういいだろう。俺たちのことは、ほっといてくれ」


 この稼業を続けていく限り、突然の別れは避けられないことだ……だからこそ、こいつらの抱える喪失感や無力感は、痛いほどよくわかる。


「わかった、すまなかったな」


 おれは当たり障りのない言葉で彼らを慰めると、ニーナたちの待つ席に戻った。

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