第10話 ヴンダール迷宮 第1層 ②

 魔術師が魔術を使うとき、その瞳はルビーのように赤く輝く。それはどれだけ高位の魔術師であっても例外はない。そしてその事実が、ときに彼らを謂れなき迫害の道へと引き込むのだが……まあ、その話は今はいいか、また機会があれば話すよ。


 とりあえずカレンシアは無事、エーテルを認識することができた。残念ながら、エーテルとの邂逅を通しても彼女の記憶は戻らなかったが、まだまだ焦るようなことはない。少なくとも、おれにとっては必ずしもそれが残念なことだとは限らないんだしな。


「よし、じゃあ次は『発光』の練習だ。おれの周りを漂うエーテルは見えてるな?」


「はい、見えてます」


「これからおれがやること、よおく見とけよ。おれの魔力じゃ、そう何回も使ってやれないからな」


 おれはそう言うと、周囲のエーテルに意識を集中させた。空気がぴんと張りつめるのが分かったのか、カレンシアが唾を飲む。


「いくぞ」


 おれは左手で手印を刻み、周囲のエーテルを活性化させた。ほんの微かにオレンジがかった、暖かい光が周囲を照らす。こうやって見ると、結構地味だな。


「すごいです! とっても綺麗な光! 魔術ってすごいですね! 私、どうしてこんな綺麗なものも、忘れちゃったんでしょう」


「さあな」おれは大きく深呼吸して、額の汗を拭った。


「ほら、カレンシア、次は君の番だ」


「はい! ロドリックさんみたいに、指を……こう……すればいいんですか?」


 カレンシアはおれを真似て、左手の薬指と親指で輪を作り、残りの指を立てて見せた。


「手印だな、別にしなくてもいいぞ。これは、なんていうか……願掛けみたいなもんだ。こうすれば魔術が発動するって、自分に言い聞かせてるっていうか、信じ込ませるための仕掛けっていうか――」


「じゃあ自分で決めた方法なら、なんでもいいってことですか?」


「そういうことになる。でも、ある程度の共通認識があったほうが、より効果を発揮しやすい。集団催眠みたいなもんだよ。周りにも同じ方法で魔術を使ってるやつが居たら、それを真似するだけで、自分も使えるような気がしてくるだろ?」


「ということは、ロドリックさんの真似をすれば、自分も同じことができる……そう信じればいいわけですね」


「そう……だな、とりあえずは、おれの真似をするのが近道か……」


 正直言っておれの魔術なんて、本物の魔術師からしたら子供だましみたいなもんだ。真似なんかしたってすぐ限界にぶち当たる。このまま彼女の記憶が戻らなければ、そのうちどっかの魔術師に弟子入りさせないといけないな……。


 おれはアイラのことが頭に浮かんで、酷く億劫な気分になった。


「手の形はこれでいいんでしたっけ?」


「ああ、それでいい。そのまま、大気中に漂うエーテルが輝く様を、頭の中でイメージするんだ」


「はい!」


 カレンシアの瞳に灯る赤が、一層色濃くなった気がした。


 ――その瞬間。天井が抜けて、外の光が、差し込みでもしたのかと思った。おれは咄嗟に目を瞑った。


「嘘だろ……」


 眩んだ瞼を擦りながら、目を開けると。辺りはまるで、良く晴れた日の屋外のように、真っ白な光で満たされていた。


「ロドリックの魔術とは大違いね」


 驚いたニーナが駆けつけていた。


「これは……目立つな」


 ダルムントも苦笑いで頭を掻く。


「ごめんなさい……こんなつもりじゃ」


「まあいいさ、とにかく『発光』の魔術はこれで分かっただろ。見ての通り、この魔術で照らした空間は、使用者の魔力によっても違うが、場所によっては丸3日程度は光が残り続ける。それ以外にも、武器や杖の先端に定着させて松明代わりにしたり、中には戦闘中に光を飛ばして、目くらましに使ったりする奴なんかもいる。けどまあ、そういうのは追々だ。とにかく今は、教えられた通りのことを何度も繰り返して、力加減なんかを覚えていけ」


 おれは、ざっと『発光』についての注意点や用法を説明したあと、一番気になっていたことを尋ねてみた。


「それで、魔術を使ったことで、何か記憶が戻ったりはしたか?」


「いいえ、それが、何も……」


「そうか、まあ、仕方ないか」


 おれは肩を落とす振りをした。


「そんなこといいから、魔術の御指導が終わったならさっさとここを離れましょ。明かりに吸い寄せられた夏の虫みたいに、初心者たちがわんさか集まってくるわ」


 ニーナは周囲に目を配りながら言った。こう見えてニーナは人見知りするところがあって、知らない人間から話しかけられることを嫌う。特に若い男は苦手なようで、おれも打ち解けるまで随分苦労したもんだ。


「そうだな、じゃあ、他に何か魔術について聞きたいことがあるなら、道すがらってことで」


 そう言うと、おれは手を叩いて一歩踏み出した。


「さあ行こう」

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