第7話 探索ギルド 受付②
2日後、十分な休息を取ったおれは、いつものようにチュタを知り合いのパン屋に預けると、仲間との集合時間に先んじて、探索ギルド本部のアトリウムに赴いた。
目的はもちろん救助手当ての受け取り処理と、あの女の身元確認申請。
アトリウム内の売店で買った軽食を頬張って、もうすっかり日課になった、掲示板のチェックを行い、貼り付けられた依頼や情報に目を通す。
『緊急――第4層の城壁付近で行方不明になった探索者の捜索依頼』
『経験不問! 新規クランメンバー募集! アットホームなクランです』
『ガイウス・カッシウス・イリアエヌスを二人委員に! 彼こそが公職にふさわしい!』
『我らがパルミニア市議員コルネリウス・テリウス。魚醤を大量誤発注! 彼の新しい奴隷は数字が苦手!』
今日も下らない話題ばかりだった。
おれは掲示板を後にし、受付の列に並んだ。
他のチームと違って、こういったギルド関係の雑務や交渉ごとは、リーダーのおれが全て受け持つことになっていた。責任感というよりは、あの二人には任せられないから仕方なく、といったほうが正しい。
ダルムントはお人好し過ぎるところがあるし、ニーナはムキになりやすい。アイラが居たときは彼女に頼むこともあったが……今はおれが、全部ひとりでやっている。
「やあサーラ、今日も元気だね」
「あ、ロドリック……おはよう……ございます」
先ほどまで笑顔で受付処理をしていたサーラが、おれを見た瞬間ぴっと背筋を伸ばした。彼女がこんな風に事務的な対応を心がけようとするときは、大抵客にとって面白くない話をしなければならないときだった。おれは言った。
「先日の件、何か問題でもあった?」
「ええ、そう……ですね。ちょっと、問題が、発生してまして……」
「そうか、問題ね……まあ大丈夫、よくあることさ。もし申請書類に不備があったのなら書き直すし、必要なものがあれば自宅に取りに帰ってもいい。今日はあいにくパーティーメンバーと迷宮に潜る約束になってるが、幸いまだ時間はある。ゆっくりやろうじゃないか」
おれはにこやかに先手を打った。交渉をするに当たって重要になる事柄は、笑顔と脅しだ。おれは剣の柄にさりげなく手を掛けておくことも忘れなかった。
「書類に、不備はありませんでした。もちろん私どもの事務処理にも、不備はございません」
「だったら何が問題なんだ? もったいぶらずにさっさと言ってくれ」
「えっと、そのですね……」
サーラは視線を落とし、おれの剣の動向を確認しながら、慎重に、そして素早く言葉を紡いだ。
「先日、ロドリック様のパーティー『馬の骨』が救助されました女性は、私どもの調査の結果、探索者ギルドに所属しておられないことが確認されました。したがって迷宮探索における安全衛生に関するクラウディウス法、第25条2項によって、救助手当ての支給は行われないことが決定されたと同時に――」
「おい、待て……」
「え――決定されたと同時に、同事案における当ギルドの免責事項も、同法第30条2項に規定されておりまして――」
「だから待てって言ってんだろうが!」
おれはどこかに用意した台本を読み上げるように、一方的に話を続けようとするサーラを怒鳴りつけた。
一瞬だけアトリウム中がしんと押し黙った気もするが、すぐにまた雑踏に包まれたため、それも定かではない。だが、異変を感じとった衛兵が、槍の穂先に巻いた布を取っ払ってこちらに近づいてくるのは確認できた。
「なあ、別にどうしようってわけじゃないんだ。だけど……頼むよ、おれとお前の仲だろ? せめて、もうちょっとだけ、分かりやすく説明してくれ、じゃないと、おれも他のパーティーメンバーに、説明がつかない」
おれは両手を上げて、敵意がないことをアピールするように、ゆっくりサーラに語りかけた。
「ええ、わかった。ごめんなさい、ロドリック」
サーラは、こっちは大丈夫だから、と衛兵を手で制しながら続けた。
「最初に言っておくけど、あなたが先日連れてきた女性、昨日のお昼ごろ意識が戻りました。それでね、いろいろと調べてみたんだけど、やっぱり、探索者ギルドの登録者だとはいえなかったわ」
「それは印章指輪もギルドの登録証も持ってなかったっていう意味でか?」
サーラは首を横に振った。
「ううん、むしろこういうケースだと、そんなの持ってる人のほうが稀よ。パーティーが壊滅して、なんとかひとり生き残ったってときに、登録証や印章指輪のことを心配するような人なんて滅多に居ないもの」
「だったらどうして、彼女がギルド員ではないと分かるんだ?」
「ごめんなさい、それは言えない。ただ、そういう物に頼らなくても、当ギルドの正式なギルド員かどうかを、見分ける方法があるってこと」
検討もつかなかった。魔術によるものだとしても、探索者ギルドお抱えの魔術師がそれほど多く居るとは思えないし、何よりそんな魔術をしかけられているのなら、気づく奴だって中にはいるはずだ。
「もういい、わかったよ。じゃあせめて、彼女の氏名と住所を教えてくれ」
おれはこれ以上、探索ギルドに対してごねるのは止めにして、当初掲げたもう一つの目的を果たすべく切り替えた。
「残念だけど、それもできないの」
しかし、それもあっさりと打ち砕かれた。
「どうして? 意識は戻ったんだろ?」
半ば諦めの境地で尋ねると、サーラから予想だにしなかった答えが返ってきた。
「彼女、記憶がないのよ。住所はもちろん、自分の名前だって覚えてないわ」
徒労に終わるとはこのことだ。ほれみたことかと腕を組む、ニーナの堂々たる立ち姿が頭に浮かんで、おれはまた大きくため息をついた。
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