ゴーレムと蚕室
第6話 探索ギルド 受付①
ヴンダール迷宮は今から約5年前、迷宮都市パルミニアのほぼ中心部に忽然と姿を現した。
この言い方だと語弊があるかもしれないので補足すると、円形競技場の建築現場で、基礎工事を請け負っていた業者3名の命と引き換えに、崩落した地中から迷宮は発見された。
競技場の事業主は、カッシウス・ヴンダールという新貴族の男だった。齢70を過ぎて死期を悟り、今までの人生で溜めに溜め込んだ財産を、最後に世話になったパルミニア市民のために使おうと、円形競技場の建設に着手したのだが……結果としてその善意は報われなかった。
迷宮が見つかったことにより競技場の建設は取りやめになり、迷宮の権利ごと、土地は中央政府が買い上げることになった。ヴンダールの財産はまた増えることになったが、その翌年には迷宮探索事業の一部を、民間に委託することが評議会で可決され、ささやかな観光業を生業としてきたこの静かな都市は、押し寄せるごろつきどもによって、その姿を一変させることとなった。
幸運なのはその混沌と変わりゆく街の姿を、ヴンダールは見届けなくて済んだということ。
不幸なのは、彼が死んだ原因は、怒れるパルミニア市民による暴力だったということだ。
そういった現地の事情など全く興味のない中央政府と皇帝は、慣例どおり迷宮に、その発見に最も貢献した者の名前をつけて祝福した。それがヴンダール迷宮。すなわちおれが、今しがた出てきた場所だった。
「おかえりなさいませ、パーティー名と、リーダー名の確認を行ってもよろしいでしょうか?」
おれは迷宮を出た先に広がる、迷宮探索者互助協会――通称『探索ギルド』の庁舎アトリウムに設けられた受付机の前に立っていた。
「パーティー名は『馬の骨』、リーダー名は〝ルキウス・エミリウス・ロドリック〟だ」
嘆息交じりに答えると、おれはニーナに預けておいた印章指輪を受け取って、受付嬢に提示した。
「はい、確認取れました。改めましてお帰りなさい、ロドリック」
「なあ、このやり取りって本当に毎回必要なのか?」
「もちろんよ! それが私たちの仕事だもの」
この受付嬢の名前はサーラ、ちょっとした顔見知りだ。チャームポイントは内巻きの明るい赤毛と、元気な笑顔。ちなみにすべて本人が言い出したことだ。おれとしてはそんなものより、その胸のでかさを一番に押してやりたい。
「仕事熱心で結構。じゃあ、その熱意で以って、ちゃちゃっとこいつの処理もやってくれるか?」
そう言いながら、おれはサーラにもよく見えるように、背負った大荷物を揺らして
「ほら」と顎で指し示した。
「あら! 守銭奴で有名なロドリックのパーティーが人助けなんて! もちろん救助手当てがお望みなのよね?」
「ああそうだよ、一応生きてるとは思うが、目を覚まさないんだ。そっちで治療と身元確認も頼む」
「りょーかい!」
サーラは大げさに敬礼すると、机に置いた鈴を鳴らしながら、身を乗り出して衛兵を呼んだ。
「彼女を医務室まで運んでちょうだい」
雑踏をかきわけて駆け寄ってきた衛兵に、サーラがそう言ったので、おれはそいつの腕に女を放り投げた。若い衛兵はよろめきながら、数歩下がって体制を立て直すと、無言でコクリと頷いて立ち去っていく。あいつ、彼女に変なことしなけりゃいいけど。
「救助手当てはいつ支給される?」
「うーん、一応彼女の身元が判明してからってことになるけど、目が覚めなくても多分、明日あさってには割り出せると思うから、そのときだね」
「わかった、じゃあ2日後にまた来る。そのときに、彼女の住所と名前も教えてくれ」
「いいけど……もしかして家族からもお金を請求するつもり? ほんとえげつないね君らは」
サーラがおどけた様子で、目を瞑ってぶるぶる震える振りをした。
「自由民としての当然の権利よ!」
おれが冗談を皮肉で返すより先に、ニーナが頬を膨らませて、ぷいっと横を向いた。
沸点が低くて冗談が通じにくいのがニーナの欠点だ。小さい胸はこの際、個性としてごまかしてもいい。
なだめ役のダルムントは、さっきの衛兵のケツを舐め回すように見つめていて、話には参加してこない。
本当にこのパーティー、このままで大丈夫なのか? おれは不安を吐き出すように、大きくため息をついた。
「飯でも食って、今日のところは解散しよう」
そう言って、二人を外へ連れ出すので、精一杯だった。
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