第5話 謎の女②

「終わったわよ」


 2度目の目覚めは、ニーナの華奢な後ろ姿に出迎えられた。

 ダルムントはもう居なかった。どうせそこらで小便でもしてるのだろう。


「巫女服から着替える前に起こしてほしかったな。最近君の――」


「無駄口叩いてないで、ちょっとこっち来て」


「はいはい」


 まだ少しふらつく足取りで立ち上がり、なんとかニーナについていく。


「リーダー。もう大丈夫なのか?」


 柱の影に居たのは、一足先に治療を終えたダルムントと――。

 あのとき、気を失う直前に見た、ローブ姿の人影だった。


「こいつ、女だったのか……」


 柱にもたれかかるようにして眠っているそいつの、長い金髪と、服越しでもわかる大きな二つの膨らみを眺めながら、おれは口笛を吹いた。


「あんたたちが倒れたあと……この女が、どういう方法を使ったのか知らないけど、突然現れて、シルフを追っ払ったの」


「へえ……それで、こいつは何者なんだ?」


「さあ? 結局その後、この女も倒れて、私はあんたたち三人を引きずりながら、必死でここまで撤退してきたってだけ。ねえダルムント、この子、あれから目覚ました?」


「いいや」


 女の手首から脈を計りながら、難しい顔をしていたダルムントが答えた。


「ずっとこの調子だ。あいにく脈は正常だが、揺すっても叩いても一向に目を覚まさん」


「ってわけ、私の治療じゃ外傷だけしか治せないし、魔術的な要因が関係して目を覚まさないのなら、ロドリックにしかわからないでしょ」


「ふむ……そういうことなら」


 おれは女の周囲を取り巻くエーテルに目を凝らしながら、つま先からてっぺんまで、じっくり舐め回すように観察してやった。

 とは言っても所詮おれの目で補足できるエーテルの機微は限られている。結局、魔術的見地からわかったことは一つだけ、こいつが確かに魔術師であるということくらいだ。


「見てみろ、といってもお前らには見えないだろうが、こいつはかなり上位の魔術師だぞ」


「どういうこと? なんでわかるの?」


「意識が無いにも関わらず、周囲のエーテルを支配下に置いて纏っている。こんな芸当できるのは、宮廷魔術師の中でもほんの一握りくらいだ。下手すりゃこのままの状態でも、ちょっとした魔術くらいなら防げるかもな」


「ふうん、それで、なんで目を覚まさないのかは、判ったの?」


「それはわからん」


「はあ」ニーナはわざとらしくため息をついた。


「ロドリックってほんと肝心なところで、いっつも使えない男だよね」


 おそらくニーナの言葉には、ベッドの中でのおれの行為も含まれていたはずだ。それに関しては申し開きするつもりもない。だが、おれがこの謎めいた女から知りえた情報は、何も魔術的なことだけではない。


「とにかく、このまま放置するわけにもいかないし、一旦地上に戻るか」

 おれは言った。


「せっかくここまで来たのに帰るっていうの? しかもこの女を背負って? 地上まで?」


「昇降装置を使えばすぐ戻れるだろ」


「4人分の使用料を払ったら、ギルドから支払われる救助手当じゃまかなえなくなるわ。命をかけて迷宮に潜ったのに、赤字になっちゃうんだよ?」


「さっき戦ったシルフの羽を売れば、十分黒字だろ」


「そんなの、拾ってきてるわけないじゃない」


「どうして? 忘れてたのか?」


「はあ? 何その言い方。私はあんたたちをここまで運んでくるので精一杯だったって言ったよね?」


 議論が脱線しかけたところで、ダルムントが割って入った。


「俺たち探索者は助け合ってこそ、更なる高みを目指せるのだ。それにどういうわけか知らんが、この女は俺たちを一度は救ってくれた。恩には恩で報いねばならんだろう」


 ダルムントが歳に似合わない真っ直ぐな瞳で諭すも、舌打ちと鋭い眼光がニーナの答えだった。


「安心しろよ、赤字にはならない」


 おれは言った。それから屈みこんで、女の胸元に隠れた一本のネックレスを引っ張り上げた。


 ヘッドについたペンダントは、見るからに豪奢な装飾で彩られていた。それにこの紋章……どこかで見た覚えがある。


「こいつ、結構いいとこのお嬢ちゃんかもしれないぜ。救助手当てとは別に、かなりの額の謝礼が期待できそうだ」


 おれはニヤリと笑った。ダルムントは何故か目をぱちくりさせながら、唇をゆがめていた。ニーナはニーナで諦めたように首を振って言い放った。


「あんたが得意気な顔をするときは、碌なことにならないから気をつけろって、アイラが私たちに言い残していったわよ。まさにこのときのことを伝えたかったのね」


 思ってもいなかった者からの誹謗中傷に、おれは肩をすくめてみせるしかなかった。

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