第4話 謎の女①

「お、やっと目が覚めたか」


 目を開けて、最初に確認できたのはダルムントの鍛えぬかれた裸体だった。そして次に確認できたのは、おれとダルムントが、絡み合うようにして地面に横たわっているという、受け入れがたい事実だ。


「おれたち、どうなった? 助かったのか?」


 おれは自らのケツが無事なことを確認すると、ダルムントを押しのけて、辺りを見回した。よく見知った場所だ。


 そう、第3層の休息所、通称『泉の広場』だ。


 無機質な石レンガに囲まれた部屋の中央には巨大な柱があって、隅っこにはバケツがぽつんと置かれている。

 もちろん泉なんてありゃしない。あるのは一対の机と椅子、それに治療師が使うことのできる簡易的な祭壇だけだ。


 じゃあなぜ泉の広場なんて御大層な名前をつけられているのかって?

 それはまた、気が向いたら話そう。

 とにかく、今重要なのは。おれとダルムントが寝ていたのは、まさにその、簡易祭壇の中心だったってことだ。


「まだ動かないでよ、治療の途中なんだから」


 祭壇の脇でニーナがひざまずき、巫女服に着替えて、ヴェステ神に祈りを捧げていた。


 この祈りの儀式こそ、治療師の最も重要な役割だった。

 治療師は文字通り、仲間の傷を治療することができるのだが、それにはいくつか条件がある。その一つがこの祭壇。

 祭壇を通じてヴェステ神の力を借りなければ、いかな治療師と言えども奇跡は起こせない。

 祭壇は各層にだいたい一個ずつ、探索ギルドの互助会費で設置されている。


 そしてもう一つ重要になるのが儀式。

 ヴェステ神は気難しい性格なので、定められた手順と作法に則らなければ祈りを聞いてもらえないらしい。そしてこれがまた、複雑かつ手間がかかるんだ。


 つまり何が言いたいのかというと。

 治療師が祈りの儀式を開始している時点で、ある程度の危機は去ったということだ。じゃなきゃ、こんな悠長なことやってられないだろ。

 何が起こったのか途中から全く記憶にないが、どうやらおれたちはシルフに殺されずに済んだらしい。


「もしかして、おれ、土壇場で秘められた真の能力に覚醒して、妖精種どもを一閃の下に屠ったのか……」


 考えられるのはそのくらいだった。おれが呟くと、ニーナが思わず呪文の途中に吹き出した。


「ばかじゃないの? そんなわけないじゃん、笑わせるのやめてよね。あと人差し指で終わりなんだから、それまで黙っててよ」


 おれは肩をすくめてまた寝そべった。左手を見ると、確かにほとんど再生しきっていた。ダルムントにいたっては、もう治療の必要はないように見える。終わったならさっさと消えてくれないか?


「ニーナ、ありがとう」


 おれは呟いた。久しぶりにニーナのこと、ちょっとだけ愛おしく思えた。

 いつもなら後ろで一つ結びにしてる灰色の髪が、今は解かれ鎖骨にいくつか房になってこぼれている様も悪くない。

 ダルムントと見比べてってわけじゃなく。治療してもらうときは、いつもそういう気持ちになる。


「もう、ロドリックのばか……」


 ニーナは顔を赤くさせた。おれは満足して目を閉じ、また少しだけ寝ることにした。

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