過去との手紙

白川 夏樹

僕はいつか思い出すだろう

『過去に手紙を送れる』

 皆さんの家や、その近所で噂になっている不思議な現象ってありますか?

 僕の家にはあります。それがこの『過去に手紙を送れる』というなんとも不可思議な現象なのです。

 今回は僕が体験したその現象について話そうと思います。



「過去に手紙を送れる?」

 その噂を聞いたのは僕がちょうど30歳になった時、いつもより酷く酔った親父の口からでした。

「そうだ、この家の裏に小さい川があるだろ。その川に手紙を瓶に入れて流せば過去に届くってわけよ。……たしか先々代は江戸時代の殿様と文通したとかしてないとか」

「それで親父は手紙送ったの?」

 僕は流石に信じていはいませんでしたが、酔った親父に合わせるように問いました。

「そりゃもちろん。昔の俺に当時の宝くじの当選番号を教えようとしたんだ。結果はこのざまだけどな!」

 ハッハッハッハと高笑いしながら親父はタバコを吸うためかベランダへと向かいました。

「やれやれ」

 僕は主に親父が飲んでいた酒のグラスを片付け、既に寝ているであろう妻の居る寝室へ向かいました。


 この田中家には、俺と妻と親父の3人しか住んでおらず、近辺にほかの家もないという状態でした。

 その夜は、ただ開けた窓から噂に出てきた川のせせらぎが、僕に存在を知らせるように響いていたことをよく覚えています。


 それから一ヶ月後くらいのことでしょうか。その時期は仕事で、納期が迫ってきていてとても忙しい期間でした。その日も会社での激務を終え、家に帰ったのはだいたい夜中の3時くらいでした。

 その時の僕は会社での愚痴を誰かに言いたいくらいストレスが溜まっていたにも関わらず、親父も妻も既に寝てしまっていてとてもムシャクシャしていました。

 それで気づいたら僕は紙とペンと瓶を持って例の小川のそばに立っていました。

『仕事が忙しい。誰かに愚痴を聞いてほしい。』

 僕はそう書いてその手紙が入った瓶を小川に流しました。

「……何やってるんだろう」

 我に返った僕はそう呟いて、もう寝ようと家に戻りかけた時、

 カラン。

 という音に振り返りその光景を見た時、自分の目を疑いました。そこには上流から流れ着いたであろう手紙入りの瓶があったからです。


『はじめまして。手紙が届いてびっくりしています。これも何かの縁、あなたの愚痴をお聞かせください。」

 下流に流したメッセージが上流から返ってくることはもちろん異常なことだったのですが、その時はあまり気にもせずに愚痴を書き殴った紙をまた便に入れて流しました。するとさっきと同じように返事が帰ってきました。

 僕はその夜、奇妙な現象によって繋がった見知らぬ人と、夜が明けるまで文通を続けたのです。


 その夜から、僕は毎日会社から帰ったらその小川へ行って、彼と文通することを続けていました。文通の途中で知ったのは、彼の名前はマナブと言い、苗字は同じ田中だったということです。

 あの噂を信じれば、僕が文通をしているのは、過去のこの家に住んでいた人ということなのかと思い親父に聞いてみました。

「マナブ? そんなご先祖さま、この家にはいないな。なんでそんなことを聞くんだ?」

「いや、別に気になっただけだから、気にしないで」

 その時はなぜだか僕らの文通が知られるのはいけない気がして、咄嗟に話を濁しました。


 ご先祖さまでないなら一体誰なんだろう?そう思っている時、例の彼からの返事に信じられないことが書いてあったんです。

『実はこの川で過去の人と手紙がやり取り出来るって聞いたのは僕の父からなんです。なんでも、父も誰かと手紙のやり取りをしていたみたいで』

 その父の名前ってもしかして……。その返信は、僕には書けませんでした。その代わりに、

『君のお父さんってどんな人?』

 と聞くことに留まりました。それ以上深く話を掘るのは、ルール違反のような気がしましたから。

 帰ってきた返事には、

『僕の父はいつも仕事が忙しそうで、小さい頃あまり構ってもらえなかったことを覚えています。でも、今まで父を恨んだことなんてありません。だって少しぶっきらぼうだけど良いところがいっぱいありますから。いつもは言えないけど。明日はいつもの感謝を伝えようかなと思っています。』

 と書かれていました。僕はその夜、小川のそばで1人、静かに泣きました。

 過去に手紙を送っていたのは向こうの方なんだと、その時に初めて気づきました。

 その夜を境にいつか知るはずの見知らぬ彼からの手紙は途絶えました。


 その数日後、妻から妊娠したことを告げらました。妻から命名を任せられた時は、とても悩んでいるふりをしましたが、実はもう『マナブ』に決めていました。既に決まっていたという方が正しいかも知れません。

 彼が産まれてきたら精一杯甘やかそう。愛情を注いで休みの日にはたくさん遊ぼう。これから生まれてくる彼に教えて貰った温もりを、今度は僕が返す番だ。そう思いました。仕事で構えなくなるなんてことがないように……。


 いかがでしたか?これが僕の体験した不思議な現象の全てです。

 もしかしたらあなたの周りにも、不思議なことが起きるかも知れません。

 その現象は、あなたに何かを伝えようとしているのかもしれないですね。


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