エピローグ そして隠居魔王は、微睡みの中へ?

狼谷 龍の見た景色

 まだ、春の日差しを残す朝日に、俺は小さく欠伸をした。

「なんや? もう起きたんか」

 赤川の言葉に、俺は眠気眼で返事をした。

「……まぁな」

「なんやねん、その気ぃ抜けた返事。龍宮寺さんの件が終わったからって、気が抜けてるんとちゃうん?」

 返事の代わりに伸びをして、俺は肩の関節を鳴らす。呆れ顔で赤川がこちらを見ているが、知ったことではない。

 ……ようやく、また悠々自適の隠居生活に戻れたんだ。気だって抜けるだろ。

 図書館の窓の外から、運動部の朝練の声が聞こえてくる。ランニングをしているのだろう。窓際までよると、テニス部が走っていた。掛け声を出している中に、上野の姿が見える。

 上野は俺の姿に気がついたのか、こちらに向かって手を降ってきた。手を振るタイミングで、お団子ヘアーが揺れる。それに手を振り返していると、脇腹を突かれた。

「何だよ?」

「べーつーにー」

 隣に来ていた赤川に気づいたのか、上野は赤川にも手を振っていた。赤川も、俺には見せない笑顔で手を振替している。

 視線を図書館備え付けの時計に向けると、約束の時間が迫っていた。

「なんや? もう帰るんか?」

「今日は大野と約束があってな」

 ……正確には、堀田ともだけど。

 だが、そんな細かい説明、いちいちしなくとも赤川には伝わるだろう。これから美術室に行き、約束していた絵のモデルになるのだ。

「……狼谷の、ドアホ! いけずっ!」

 ……いけずは関西弁で悪人とかならず者って意味があったが、そこまで言われんといかんのか?

 よくわからんと思いながら、赤川に手を振って図書館を後にする。

 ……そういえば、こんな朝だったな。

 ピカチュウ、もとい龍宮寺が囲まれているのを目撃したのは、確かこんな朝だった。ちょうど窓の外に意識を向けたのもこの辺りだったなと思い、視線を送る。

 

 するとそこで、ポケモンバトルが繰り広げられていた。

 

 ……いやいや、何でだよ!

 ピカチュウを囲むようにして、摩天楼中学校の制服を着た何人かの生徒が、放物線状に広がっている。

 分かり辛いが、その中に竹刀を持った女子生徒と、薙刀を持った摩天楼高等学校のセーラー服を着た女子生徒も混じっていた。二人はどうやらピカチュウを守るように前に出ているらしい。

 通常、ポケモンがトレーナーの前に出てバトルが行われるので、構図的には逆だなと、場違いにそんな事を考えてしまう。

 ……いやいや、何やってんだよ岩崎姉妹!

 見て見ぬふりをしようとも思ったが、顔をそむけようとしたそのタイミングで、ピカチュウ少女と目が合ってしまう。少女は先程まで涙ぐんでいたが、俺の顔を見た途端、太陽も裸足で逃げ出す程、輝いた笑みを浮かべた。

「せ、先輩! せせせせんぱーいっ!」

「うるせぇ! 大声で呼ぶなっ!」

 後、ぴょんぴょん跳ねるな。

 思わず窓際まで移動して、反応してしまう。俺の声に、岩崎姉妹が気づき、何故だか奴らも手を振ってきた。

「あ、まおー先輩!」

「か、狼谷? 狼谷、見てるか! 私はここだぞっ!」

「いいからお前ら、早くその混乱止めろよっ!」

 そう叫んでから、俺は走り出していた。

 ……今日はたまたまだ。たまたま知り合いがいたから、たまたま成り行きでこうしているだけだ!

 誰が見ているわけでもないのに、俺は心の中でそう言い訳をする。そして走りながら、大野と堀田への言い訳も考えていた。

 現場に到着すると、騒ぎを聞きつけたのか上野の姿もあった。校舎、図書館の窓からは赤川、美術室からは、鼻をかいている大野と、眼帯姿が様になってきた堀田の姿もある。

「あ、まおー先輩だっ!」

「狼谷のドアホ! またいらんことに首つっこみよってっ!」

「――何で、あなたがそこにいるのかしら?」

「……まおー先輩、約束守ってくださらないみたいですね。弓お姉様」

「お姉ちゃん! まおー先輩来ちゃった! 来てくれちゃったよっ! どうしよう?」

「かかか狼谷! な、何故ここに? はっ! つ、ついに私に会いに来てくれたのかっ!」

「せ、せんぱーいっ! た、助けてくださーいっ!」

「うるせぇな! いっぺんにしゃべるなっ!」

 姦しすぎて、誰が何を言っているのか全くわからない。そしてそんなタイミングで、俺のスマホが鳴った。不知火先輩からだったので、先月の後始末がまだ残っているのかと思い、出てみると気だるげな声で――

『また、五月もお願いしよ――』

 速攻で電話を切った。

 全く、どいつもこいつも、鬱陶しい。

 俺はもう、無事怒涛の『勇者』討伐も終え、『魔王』として任期を勤め上げた。『ご隠居』としての勤めも果たしたはずだ。

 ……今後は、悠々自適の隠居生活が待っている、そのはずだったのに。

 いろいろと、言いたい事が山積みだ。文句は一体誰に言えばいい? クレームぐらい、聞いてくれるんだろうな?

 沸々と怒りが沸き起こる。

 だが、何にも増して、俺には言わねばならないことがあった。

 それは――

 

「……誰が『魔王』だ。もう隠居しとるわっ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

隠居魔王の成り行き勇者討伐 倒した勇者達が仲間になりたそうにこちらを見ている! メグリくくる @megurikukuru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ