遺稿

■ 09


 部長から文芸部のことを託された翌日、陰鬱な気持ちを抱えながらも佐藤は文芸部の部室に足を踏み入れた。

 すでに部長が鍵を開けてある扉を開けると、佐藤は埃臭い空気を胸いっぱいに吸い込んだ。そのどこかに、鶴織の匂いが残っていると信じて。

 佐藤がスクールバックを置き、椅子に座ろうとしたその時、一陣の風が吹き込んだ。

 その風はカーテンを大きく膨らませ、窓際に乾いた音を生み出した。

 佐藤が思わず窓の方を見ると、乾いた音の音源が風にあおられていた。いつも鶴織の前にあった原稿用紙だ。それが、今日は窓際の机ではなく、その横の机――いつも佐藤が座ってた椅子の前にある机の上に移されていた。

 佐藤がその原稿の束を手に取ると、一番上にメモが張り付けられているのに気が付いた。簡単なメモだった。差出人は書いていない。――だけど予想できた。

「佐藤さんへ

   読んでください。自信作です。」

 そのメモを見た途端、佐藤の中で何かが切れた気がした。

 膝の力が抜け、原稿用紙を胸に抱え込んでその場にへたり込む。視界がぼやけ、嗚咽が止まらない。

 佐藤はそうして、しばらくの間泣いていた。

 やがて、涙が枯れると、心の中の陰鬱さが晴れていた。本のタイトルを追うだけでも億劫だったのが、今では手に持っているこの原稿を読みたいと思えるほどになっている。佐藤は床に座り込んだまま、ページをめくるのさえももどかしく原稿を読み始めた。やたら古い、端の方が黄ばんだ原稿用紙だった。

 そして、原稿用紙の最後のマスに到達する。物語は途中で途切れていた。それでも、佐藤は満足感に包まれていた。

 原稿用紙に刻まれた一語一句、余白に至るまで鶴織の息遣いを感じる。鶴織の存在を升目の中に感じ取った。そして、佐藤の中にはある感情が芽生えていた。

 ――文章を書きたい。このことを、原稿用紙の中に遺したい。

 原稿用紙の束を持ったまま立ち上がり、佐藤は壁際の棚からまだ何も書かれてない、まっさらな原稿用紙を取り出した。

 筆箱を開き、ペンを取り出した佐藤はまず、思いついたタイトルを一番初めの行に書き込む。

 その瞬間、ひときわ強く風が吹いて原稿用紙の端がめくれ上がった。

 カーテンが大きく膨らみ、バタバタと音を立てる。

 手元の原稿を押さえながら佐藤が窓の方を見ると、鶴織の姿が一瞬だけ見えた気がした。けれども、次の瞬間には風の中にかき消されてしまう。

 校内のどこからか、吹奏楽部のそろった演奏が聞こえてきた。

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鶴織さんと僕 ターレットファイター @BoultonpaulP92

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