第21 章 隼人の想い。
第二十一章 隼人の想い
1
A boy meets a girl.
出会いは不意にやってくる。日光駅だった。世界遺産に登録されている日光だ。
駅は小さく平凡だった。おどろいていると「霧降に行くの」と声をかけられた。ドキっとするほどきれいな女性だった。声をかけておいてハニカンデいる風情。いかにも日本の女性らしかった。
フロリダから成田。成田から東京。そして浅草駅。日光。
日本の風景も女性もアメリカとさほど違いがない。そう思っていた。
それが……。運命の女性に出会った。トキメイタ。それを顔にだすまいとした。さりげなく装うのに苦労した。
それが直人の恋人。中山美智子との出会いだった。
好きです。ひとこと告白できたら……。直人のことを忘れずに想い続けている彼女に、それはいいだしかねた。
彼女も日本人。ぼくも日本人なのだ。感情を抑える、むやみに発露しない。そういう日本人なのだと、おもい知らされる。ひかえめな、こころの動きだった。
キリコのこころもわかっていた。だまって、ぼくと美智子をガードしていた。わざとハシャイデいるようなときもあった。
「隼人にだかれて死ねるとはおもわなかった。うれしいよ……」
たったそれだけのことばに万感の想いをこめて、キリコは死んでいった。キリコは大和ナデシコ。ひかえめな忍ぶ女、古い日本のシキタリをまもりぬいた、ケナゲナ女だった。立派だったよ。
美智子は……彼女はぼくを見てない。ぼくをとおして直人を見ている。もうぼくはフロリダにもどりたくはない。どうしょう。
霧降の山藤。
美智子と見たい。山藤を眺めている。それは直人の記憶でもある。これからのぼくと美智子の記憶を、直人よ、ぼくらと共有してほしい。
キリコよ、ぼくらの記憶のなかで、きみは永遠に生きている。光りと闇の戦いがつづくかぎり。ぼくらは生きつづけなければいけない。それが、後から来る光の戦士の励ましとなる。
2
オニガミはじぶんたちの正体を見ることのできるものを。この世から抹殺しようとしている。じぶんたちと結ばれることをこばむものは許せない。じぶんたちの子を受胎しないものは単なる餌だ。
血を吸ってやる。生かしてはおかない。オニガミはそう思っているのだ。美智子が危ない。東京の『鬼門組』はまだ存続している。日輪教も無傷だ。
いままで通り危ない。直人にかわって、守らなければ。ぼくに直人が託したメッセージをひしひしと感じる。直人の願いがわかる。美智子を守ってくれ。美智子を守るように。そしてなによりも、ぼくも彼女を愛している。ぼくはフロリダにもどりたくない。
ぼくはこのまま日本にいたい。そして、美智子を守りたい。ぼくはいつまでも彼女のそばにいたい。そばにいたい。いっしょにいたい。
彼女の笑顔を見ていたい。
彼女の奥ゆかしく、神秘的な、控え目な笑顔。
彼女と話しをしていたい。
彼女をこの胸にだきしめたい。
彼女とキスしたい。
キスしたい。キスしたい。
3
中山美智子主演の新作『戦火の村で』は撮影当初から苦難つづきだった。
内乱の国で報道カメラマンが射殺されるというショッキングな事件をモデルとしている。その国のテロ組織がこの撮影の邪魔をしている。潜入して妨害している。そんな風評まで流れている。だが、隼人は鬼神の残党のいやがらせだと確信していた。美智子の再誘拐もありうる。負傷から回復した隼人は美智子と行動を共にしている。ボデーガードにあたっていた。
キリコが生きていれば、ふたりでその任にあたっていた。
キリコは、霧降の攻撃で。鬼神に倒された。もう、三人で寝食を共にすることはない。
もうキリコはこの世界にはいない。
かわいそうな、キリコ。
キリコと先に会っていたら。
美智子との出会いがなかったら。
ぼくはまちがいなくキリコと結ばれていた。
美智子は撮影の合間には、隼人との会話をたのしんだ。美智子は闇にいきるオニガミと隼人たちの戦いの詳細は知らされていない。撮影の合間には、美智子は隼人と会話をたのしんでいる。
おおぜいの仲間の犠牲の上に、このしばしの平和がある。隼人は移りゆく日本の季節をたのしんでいた。
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