第14話 応報

 いつも通りの夢。焼けた街。死体の山。少女と目が合う。

 いつもどおりでない展開。少女は逃げない。微笑んでいる。その両隣には二つに分かれたダンが半分ずつ立っていた。

 気分が悪くなり、ゲインは吐いた。そして目に付いた何もかもを焼き払って目の前から消し去った。焦げた臭いが鼻につく。

 夢で臭い──そんな馬鹿な。違和感で跳ね起きる。

 「どこだ、ここは」

 思わず声が出た。そこは見知らぬ草むらの中だった。腕を這い上がってきていた虫を叩き落し、頭についた土を両手で払った。

 両手。切断されたはずの自分の腕がくっついていることに気付く。それを皮切りに記憶が段々と蘇ってきた。復元した腕はやや日に焼けた肌が露出していた。外殻は砕け散って肉が露出し、腕と槍との結合部分も消えて元の通りになっていた。自分の体のあちこちを触り、変質が治まっていることを確かめる。

 周囲は明るく、頭上には太陽が昇っている。既に片が付いた後であることを察して、ゲインは途方に暮れたような気分で再び寝転んだ。

 誰かの足が目に入る。

 そちらに顔を向けると、木の幹を背にアシュレイが座って俯いていた。腕といわず足といわず服が切り刻まれていて血が滲んでいたため死んでいるのかと思ったが、肩は微かに上下し、静かな寝息も聞こえていた。

 何の前触れもなしにその目が見開かれた。灰色の瞳がしばらくゲインの顔を見つめ続ける。何の反応も示さないことから、ようやく寝ぼけているのだということに気付いた。

 「よう」

 「ああ」

 声をかけると、いかにも寝起きらしい不機嫌そうな声で返された。

 「何がどうなった?」

 「覚えていないのか?」はた迷惑な男だとアシュレイが吐き捨てた。「黒いほうの女はあんたが殺した。あれは、その代償だ」

 アシュレイが責め立てるように腕を持ち上げて遠くを指差した。その先には目を覆いたくなるような破壊の跡が広がっている。焼けた山林。焼けた家屋。焼け残った黒っぽい何か。まだ鎮火しきってはいないのか、弱々しく白い煙が上がっていた。どうやらあれが焦げた臭いの正体らしかった。

 昨晩の出来事を完全に思い出し、おおよそを察したゲインが寝返りをうって溜息を吐いた。喉が渇く。酒が飲みたかった。

 「懺悔か?」アシュレイが言った。

 「そんなんじゃねえよ」

 この結果を引き起こしておきながら許しを請うなど、そこまで開き直ることはできない。まったくの善意ではなかったが、下心だけでもなかった。結果としては大勢が死んだだけに終わった。

 「考えても仕方ないとは分かっちゃいるがな」

 「下らない悩みだ」

 アシュレイが一蹴する。ゲインは視線だけ動かしてそちらを見た。ここ数日ですっかり見慣れたいつも通りの決然とした表情をしている。

 「そうか?」

 「ああ。実に下らない。殺したのはあの女だ、あんたではなく。責任の所在など、追いすぎても堂々巡りになるだけでしかない」

 自分のことながら現金というほかなかった。他人に少しばかり肩を持たれただけだというのに、幾分か気分が晴れたような気がしていた。

 ゲインは立ち上がって体中の土を叩き落とした。腕を回し、腰に手を当てて仰け反り、関節を鳴らす。

 「さて……この状況、どう申し開きしたもんかね」

 アシュレイも立ち上がる。「白い方の女が後片付けだとさっさと退散したぞ」

 「まあ、そうなるか」

 そうであれば、ひとまず悪いようにはならないだろう。借りができたということは後々に更なる厄介の呼び水になるだろうが、今は先のことは考えたくなかった。

 「まったく嫌になるぜ」

 「そうだな」

 アシュレイが渋面を浮かべるゲインに近づき、尻を蹴り飛ばした。

 「痛ってえな、何だよいきなり」

 「危うくまとめて殺されかけたが、それは水に流してやる」

 「じゃあ、何で蹴ったんだよ」

 「今のは燃やされた形見の弓の分だ。さあ、ぼけっとするな。期日が迫っている、街に戻るぞ」

 「やれやれだな。こんな辺鄙なところまでやってきて、死ぬような目に遭って、それからとんぼ返りか。いったい俺はここへ何をしにきたんだろうな」

 「仕事だろう。結果は捗々しいものではなかったがな」

 ゲインが唐突に動きを止め、顎に手を当てて考え込んだ。

 「どうした?」

 「いや、何か忘れてる気がしてな。なんだったかな。お前さんのさっきの言葉に引っかかったんだが」

 アシュレイが腕を組む。「……仕事?」

 「ああ、それだ。思い出した」

 ゲインは昨日まで集落が存在していた辺りまで戻ると、煙に咳き込みながら周りをきょろきょろと見回した。やがて周辺の地形から、寝床として借りていた家──その残骸を発見して駆け寄る。

 まだ燻る木材を槍でどかし、蹴飛ばし、その奥にあるはずのものを探した。灰を足で払ってようやくのことで掘り起こす。出てきた物を見て、ゲインはがっくりとうなだれてへたり込んだ。

 報酬の銀貨。全て炎の熱で溶け、土や木灰の混じった一塊の歪な板金に変形していた。

 背後から押し殺した声が聞こえた。アシュレイが俯き、肩を震わせていた。やがて堪えきれなくなったのか声を上げて笑い出した。ゲインもつられて笑った。力なく、乾いた笑い。そのうち本当におかしくなって腹の底から声が出た。

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