どうしてこうなったと叫んでもクソ野郎は全く聞き入れてくれない
びたみん
戦場の鈍色
火照った頬に白い雪が落ちる。
熱で溶けては肌を撫でて滑り伝う。
汗や汚泥、乾きこびり付いた命の朱を少しずつ流していく。
嗚呼、このまま忘れてしまいたい……
このままどうか全てを洗い流して欲しい。洗い流せないのならばその冷たい白を覆い隠してしまうのでも構わない。
何でもいい。
誰でもいい。
兎に角今この時、忘却という逃げ道を無心になって進みたい。
叶わないと知っていても尚、そう考えてしまう程に自分は疲れているのだと戦火の残る戦場で女はようやく悟った。
女の名をグレセリア・リヴァネス・リヴリンドと言う。
場所は戦場。
立っていた土煙は勝敗が決すると共に降り始めた雪に押し込められ、今は白い雪がしんしんと空から舞い落ちてくる。
まだ地面を覆い隠すには至らない雪は斑に無惨な現状を覗かせている。死体死体死体、折れた剣、槍、弓矢、杖、松明、旗、小山になってまた死体、死体死体。そして舞い落ちた端から雪を染め上げていく黒血。
白、茶、赤。どんよりと落ちて来そうな曇天の灰。
何もかもが自分を責め立てているような気がする。何もかもが倒れ落ち、地に付す中立っていたのは女だけ。
女将グレセリア・リヴァネス・リヴリンドのみであった。
戦争。
その言葉を実感し、真にその恐ろしさを知る者はいなかった。
つい一年前までは。
グレセリアが所属する国を【シュバル】と言う。旅人の多く訪れる観光都市であり、青い色彩の街並みを持つ美しい国だ。
王政の【シュバル】は長い歴史と平和を実現した国で、王政でありながら各都市の代表を民選で決定する体制を持った国である。
王は外交を担い、国の運営に決定権を持つが各都市の代表、議員15人で構成される議会の決定には従わなければならない。議会は14都市の代表議員及び、議員としての権利を持つ王1人の15人で構成され、且つ議会の進行及び取り纏めを行う宗教代表者の法王が議長の役割をもって執り行われる。
権力や土地を分割し運営自体を各都市の負担にすることによって王家の財政負担を減らし、王家以上の影響力を持たないよう分散させる狙いがあり、それに加えて民選による選挙制で国民自身が政治に加入し影響を与えられるという保証が国民のフラストレーションを抑える。
勿論それ以外にも目的やメリットは無数にあり、何事も二面性があるように裏を返せばそれらは全てデメリットになり得る。
危ういようでいて、その実長い平和を実現しているその制度はこの国において正しく機能し、一番合っている方法だったと言えよう。
だったとは、つまり過去そうであったことを表す。
それは突然の出来事に思えた。
一部を除いた国内の誰もがそう感じただろう。
心の準備が出来ていたのは仕向けた者と、その者たちとの繋がりによって齎された忠告を耳にした者、情報に敏感な一部の権力者のみだった。
国民は疎か、軍部の者や王家まで気付かぬよう秘密裏に織られ続けていたのであろう反旗はある日王都の襲撃によって初めて御披露目となった。4都市の独立宣言に、王政の撤廃を求めて起こされたその内紛は瞬く間に拡大した。
何とか縁の深い都市へ王族を逃がしたその僅か数日後、その都市は寝返り王族皆を弑逆した。寝返り、といった表現は正しくない。元より逆賊として虎視眈々と王の首を狙っていたのだ。
そうしてシュバルは王を失ったどころか、その血に連なる者全てをもう取り戻す道すら失った。
全14都市の内反旗を翻したのは5都市。残りの9都市を抑え込むには代表である王家の全てを速やかに排除する必要があり、その目論見は呆気ない程簡単に成功した。王の首が落ち王家の全員が晒し者にされた上殺害されてはもうトップはいない。戦争は収束すると思われた。
しかし事はそう単純ではない。長く続いた王政は円熟しており、機能も申し分なかった。それを破壊された国民の怒りはそのまま各都市の代表に「降伏はあってはならない」と、絶対抗戦の意思を表明させるに至りバラバラと連携の取れない連合軍の様相を成したまま、数度の大合戦を経た後各地での小競り合いを繰り返す段階になった。
誰しもが疲弊し、都市の代表も幾人か討死しその顔がすげ代わる。
小さくなった戦火はそれでも燃え続けた。
そして軍人であるグレセリアは今日も戦場に立った。
そして今日も生き残れた事実を噛みしめる。
来る日も来る日も訪れる死の足音に追い付かれた者達を眺めながら思うのだ。
もう、何も残っていないと。
どうしてこうなったと叫んでもクソ野郎は全く聞き入れてくれない びたみん @vitamin_
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