太陽が昇る

阿房饅頭

太陽が昇る

 曖昧な水底のような、ガラスの溶液にに閉じ込められたような感覚。

 ごぽりと私は息を吐いた。

 何故だろうか。

 それが非常に幸せに思ってしまう私がいる。

 人間としてはそれがおかしいということはわかっているのだ。

 けれども、非常に幸せなのだという思いが私の中を駆け巡り、増幅された電気信号のごとく痺れのようなものがあふれ出てくる。

 ふと自分の髪を触る。

 一本だけ抜けると白金のごとく儚い色をした髪が見える。

 外に私はむけると、そこにはオレンジ色に染まった空が見える。

 何故だろうか。そんなものを私は見たことがなかったはずなのに。

 それに、私は何でここにいるのだろうか。

 ああ、そうだ、思い出した。私は作られた人造人間(ホムンクルス)だった。ガラス管の中で人の精子から作られた人でないモノ。


 それが何だ。

 私は初めての太陽を見ているのだ。

 目の前の薄い膜のようなガラスと水を突き破った。

 捨ててある白衣のようなものと干からびれた人間が薄汚れた壁に横たわっている。ミイラという言葉が浮かび上がる。


 その白衣の人間の顔は表情がないはずなのに無念をして倒れているように思えた。

 私のようなものを造ろうとしていた人間だからロクでもない人間だろう。

 造られた人間を一人、こんな寂れた試験管のような浴槽のようなところに入れて造っていたのだから。


「あぁ……あぁああ……」


 声を出すと頼りない少女の声が蚊のように小さく聞こえた。

 私はどうすればよいのだろうか。 

 自棄になり、ミイラの白衣をまさぐると鏡があった。

 そこには微かに膨らんだ胸と死にそうな顔をした少女の裸が写っている。青白く、

 非常に貧相な姿に私はため息をつく。

 白金の髪は耳を覆うほどまでしか伸びておらず、暫くは切ることはいらないと思われる。

 ふと手鏡を裏に向けると、くだらない言葉が残っている。


『我が娘のことを忘れるな。幸せな娘の顔を忘れてはいけない。あの人の娘を忘れない』 

 

 私はこのミイラの娘の代わりだったのだろうか。


「私は人の代わりでしかない」


 ミイラの白衣を私はまとい、呆然と空を見上げる。

 太陽がもう沈むのだろうか。


 カシャンと何かの物音が聞こえる。

 そこにはレザーアーマーをきた黒髪の男がいた。

 私は彼をじっと見つめる。



「何でこんな山の上の遺跡に女の子がいるんだ」


 知らない、と私の方が答えたい。けれども声帯が生まれたばかりのような状態では、かすれた声しか出ない。

 なのに、ある言葉だけははっきりと喋れた。



「我が娘のことを忘れるな。幸せな娘の顔を忘れてはいけない。あの人の娘を忘れない」


「んん? 何を言っているんだ?」

 彼は訝しげに私の言葉に答える。

 手鏡の後ろの言葉を守らなくてはならない。どうしても。


 頭の中によぎるのは愛されていた私の元になった少女を見つめる笑顔の男の姿。

 その横には白金の髪の女性。

 幸せな家族。

 私は彼らのために生きる。

 だから、


「助けて」


 しっかりとした言葉。

 か細くも弱々しくもはっきりと聞こえた私の声。

 ゆっくりと登る太陽。

 やってきた男の姿は何故か、ミイラの男と重なる。


「くっそ、何でこんな貧乏くじ引くんだよ。遺跡探索に来たら、女の子とか。ああ、もうっ」


 私はロクでもない人造人間なんだろう。そんなことは今ここに生まれた時からわかっている。

 どうしようもない男から生み出されたどうしようもなく、ロクでもないお荷物。それが生きようとして、わがままを言い始めたのだ。

 さて、そんなモノに手を差し出す人間なんてロクでもないやつなんだろう。

 けれども、その男を私は信頼できると思ってしまったのだ。


 「あーっもう! どうにでもなれ!」


頭を掻きむしりながらも、彼は私の手を引いた。

 私の白金の髪が太陽に照らされて明るくなっていく。


 太陽が昇る。

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