なつやすみ

@satou_siro

大月物語

 星が夜空をかざり、そよ風が海をすべっていく浜辺。月が辺りをほのかに照らし、波が音が一つの音色に聞こえる。彼ら二人しか知らない穴場のスポットだ。

「ねえしょうご、誰のことを考えているの?」

「たろう、お前のことだよ」

しょうごは海を見つめながら真面目な表情で言った。ただの照れ隠しだ。彼女に顔を向けながらそんなきざな台詞を言うのはに恥ずかしい。そんな台詞言われた方も恥ずかしい。太郎は顔を赤くしながらしょうごの顔を軽く叩いた。

「そういうのはイケメンがいうから決まるんだよ。お前みたいな地味眼鏡がそんなこというな!」

たろうの声には怒気はなく、むしろ喜んでいるように聞こえた。満更でもないのだ。しょうごはゆっくりとたろうの背中に手を回すと、つよく抱きしめた。耳元で好きだよとささやくとたろうも好きだよと言葉を返す。二人は何度も何度も好きだよとささやき、愛を確かめ唇を重ねた。


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 二人がはじめて出会ってから6年の月日が流れていた。2020年に行われた東京オリンピックは4年前。平成は6年前に終わり新しい年号を迎えていた。たろうの年齢は三十歳に迫り、学生だったしょうごも今ではすっかり社会人だ。

「今日ねはじめて魚さばいてみたんだよ。ほらみて。」

 たろうが自分でさばいた魚の刺し身を自慢げにしょうごに見せた。とても上手に出来たとは言えないが、前と比べれは驚くほどに腕があがっている。一ヶ月ほど前までは包丁を握ったことすらもなかったのだ。

 一ヶ月前しょうごとの結婚生活が始まり、料理の勉強を始めた。当初はどうして私が料理をしなきゃいけないんだ、共働きなんだからしょうごも料理をしろと半ば怒っていた。しかし、料理をはじめてみると意外に楽しく、今では仕事が終われば笑顔でスーパーをおとずれる。

「魚をさばくのって大変なんだね。背骨とか中骨とか血合い骨とかいろいろほねがあって取り除くのにすっごい時間がかかるんだよ。それに内蔵とか血合いとか取らなきゃいけないし、うろことかもあったりするし、もっと簡単にさばけたらいいのに」

 たろうが魚の調理の大変さをかたるが、しょうごは刺し身に夢中でたろうの話を全く聞いていない。それでもたろうは話を続ける。たろう話してになり、しょうごが聞き手になる。二人の会話は決まってこのパターンだ。

 「そういえば、しょうごさ結婚式に呼ぶ人どうする?」

 刺し身に夢中だったしょうごの手がとまった。

「そうだね、そろそろ結婚式に呼ぶ人に招待状送らなきゃいけないね」

 もともと二人とも友達が多い方ではなかったので、招待状を作るのにはさほど時間がかからないだろうと見込んでいた。だからこそ今までずるずると時間を伸ばしていたが、さすが作らなきゃいけない時期が迫ってきていた。

「わたしとしょうごの共通の知り合いは絶対に呼びたいよね。えーと、まずはトラでしょ。それからのとでしょ。あとだれだろ」

「やなせとたなかとかどうだろ」

「あいつら人の祝い事とかこないでしょ。とういかブス二人こられたら結婚式よごれるわ。祝儀だけ口座に振り込んでほしい」

 鬼のような声でたろうが笑う。人のことを馬鹿にしている時の彼女はおそろしく怖い。笑顔で淡々の馬鹿にするのが不気味にさえ思える。

 「たかはしとかさとうさんとか連絡がつけば呼べたんだけどね」

 「そうだね、あの馬鹿二人今どこで何やってんのかわからんもんね」

 たかはしは生活保護の施設を追い出されたあと友達の家を転々とし、いつしか連絡先が分からなくなっていた。さとうも俺はまっとうに生きると言い出し、実家を出て就職先の寮に住むという話をしてから、ぱったりと会議に上がらなくなってしまった。

 「まあころしても死ぬような奴らじゃないし、どっかしらでぐうたら生きてるんじゃね。まあわたしの人生じゃないしあいつらがどこで何しようとどうでもいいわ」

 口では冷たいが、たろうの表情はすこしだけ寂しそうにも見えた。

「まあ昔の会議のメンバーで今でも連絡とれる人には誘ってみるよ。たぶん10人くらいにはきてもらえると思うよ」

「そうだねネットの知り合いが10人もきてくれるなら、わりかし多い方だわ。というかたかはしとかさとうとか私達が結婚するってことを今知ったら驚くんだろうなあ」

「そうだね、たかはしとかさとうさんは披露宴とかに祝儀払わずタダ飯食べにきそうだし」

「ああ、あいつら絶対するわ。ろくなことしねえよあの二人。よばなくて正解だわ」

 本人たちのいない前での散々の悪口は、この日の夕食が終わった後も続いた......。


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 たろうの30歳を迎える前日に結婚式が行われた。30歳になって結婚式をするのは恥ずかしい、30歳を迎えて愛を見せびらかすなんて可哀想で陰湿なばばあのすること、とたろうが言ったのだ。そこで結婚式場の空きがあるのがちょうど、たろうの誕生日の前日だったのだ。 

 二人の愛を祝う結婚式は散々なものだった。しょうごの弟しんごが小便を漏らし、漏らした小便の掃除をしているそばで今度は大便を漏らし、そのまま会場内を練り歩く暴挙にでた。結婚式の余興ではぶったが自身のラップを披露し、会場の空気はひえひえ。最後には下半身を露出し両家の親族が激怒。また呼ばれてもいないはずのノベスケがどこで聞きつけてきたのか当日参加。ブーケをしにものぐるいでつかもうとして、トラが骨折。

 当然両家の親族や来賓はとんでもない結婚式、誰だこんなやからを呼んだのはと怒っていた。ただ、しょうごとたろうは怒るどころか、終始笑い「おもしろければいいじゃないか、最高」という態度。二人の態度が親族や他の来賓の怒りをさらに買ったのはいうまでもない。

 それでもしょうごととたろうにとっては、最高の思い出になった。

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「ええ、家に帰ってきたら首をつっていたんです。理由は分かりません。一週間前に結婚式を行ってとても楽しそうにしていました。結婚したばかりで新しく料理の趣味も出来て悩みもあるようには思えませんでした。首をつる当日だってスーパーにいって夕食の食材を買っていましたし。自殺はとても思えません」

 瞳にたまった涙をこらえて、声をふるわせしょうごが話す。まさかたろうが死ぬなんて。

 仕事が終わり家に帰ると、リビングでたろうが首をつって死んでいた。一時間前今日の夕食はとっておきだから、とラインを送ってきていたのに。そろそろ子供がほしいねなんて話もしていたばかりだ。

 そんなたろうが自殺する訳ない、自殺に見せかけた他殺だと警察に何度も訴えたが相手にされなかった。マンションの監視カメラには不審な人物はおらず、現場検証でも他殺らしき物証がなかった。誰がどう見たって自殺であることに間違いない。

 ただたろうの遺書にはこう書かれていた。


 「さとうもたかはしも消えた訳じゃない。消されたんだ。さとうもたかはしも殺された。そしてわたしの番が回ってきた。でもそれは前からずっと分かってた。いつかは私のばんだって。ずっと黙ってた。ごめん。一週間だけの新婚生活だったけど、すごく楽しかった。ありがと。しょうご。愛してる」


二章に続く

 



 




 






 

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