四月五日
仙田和高様へ
お手紙をくださりありがとうございます。
また、こちらからのお返事が大変遅くなりまして、申し訳ございません。
正直なところ、返信があるとは思っていませんでした。
私と仙田さんがお会いしていた頃から随分と時間も経っております。
手紙を送ったのもほんの思いつきのようなもので、てっきり私のことも忘れられていると思っていました。
果たしてこの手紙は本当に仙田さんからなのだろうか、と疑ったほどです。
それでも信頼しようと思ったのは、失礼なのですが、仙田さんのご家庭の事情が詳細に書かれていたからです。
もしただの
私には及びつかない理由があるのかもしれないけれど、今はひとまず、そこまでは考えず、貴方が仙田さんと信じてお書きいたします。
さて、最初にお伝えしておかなければならないことがあります。
私は今、Y市にはおりません。東北のとある村の、
戦争も起きていないのになぜ、と思われるかもしれませんね。
先日、といっても三か月ほど前のことですが、Y市内で銃撃事件があったことを仙田さんはご存知ですか?
国内に潜んでいた工作員が、国軍の幹部を狙われ、国軍の兵士も入り交じり、市街地で銃撃戦が行われました。
私の父は、事件のとき偶然その傍にいたらしく、国内の情勢に強い危機感を抱いたらしいのです。
同じような事件が起こったときに、家族全員を守ることができるのか。
不安を抱いた父は、急いで手筈を整え、東北へと来ることになりました。
実家はまだ残っており、父の雇った警備の者が手入れを行っています。
仙田さんが送ってくださった手紙は、その職員の方が受け取り、村へと転送してくださったのです。
私のもとに手紙が届いて、私としてもできる限り早めに返事をしていますこと、わかってくださればと思います。
それにしても、仙田さんはとても律儀ですね。
昨年の秋に手紙を送ったのは確かに私です。ですが、お話するのも、相当久しぶりだったはずです。
私たちが同じ学校に通っていたのは小学校の頃のことですし、それから先では確か、一度も会うことはありませんでした。
そう考えると、もう十年以上前のことになりますか。
星を見る約束、確か、二十歳になったら一緒に天体観測をする、というお話でしたね。
子どもの頃の話です。明日の遊びを約束するような感覚だったかと思います。
それを思い出してくださるとは。
いえ、何も呆れているわけではありません。むしろ、とてもうれしく思います。
私は今、村に近い地方都市の郵便局で、臨時職員として働いております。
少し寂しい街ですが、こちらもやはり星空が大変美しく見えます。
西部の島嶼地域というのが、不勉強ながら私にははっきりとはわかりません。
仙田さんの見ている星空とどれくらいの違いがあるのでしょうか。
いつかお逢いできたらうれしい。
そのときを待ちわびて、この手紙はこの程度で締めさせていただきます。
どうか無理のなさいませんように。
二〇××年 四月五日 門井波南
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます