彼らは星を見る約束をしたらしい
泉宮糾一
二月十日
はたして君は今も変わらず、元気にしているだろうか。
長い間連絡をせず、心配をかけたであろうことをまず謝りたい。
君からの手紙が届いたのは昨年の秋のことだった。
僕が返事をしなかったものだから、君はもしかしたら、軍の規律か何かで届かなかったと思ったのかもしれないね。
大丈夫、すべて目を通している。国軍の兵士といっても、民間人との関わりが断絶されてしまうわけではないからね。
それをどうして、返事をせずにいてしまったのかというと、ひとえに忙しさのせいだ。
三年前、徴兵制による訓練期間を終えた僕たち兵士予備隊には選択肢が与えられた。
一般市民として元の生活に戻るか、このまま軍部に所属するか。
ほとんどの者は、基地を去った。あとに残った僕は変わり者の部類だ。全体の、一割にも満たなかった。
僕がどうして残ったのか、説明するのは難しい。自分のことなのに何故、と思われるかもしれないが、自分のことこそ、説明しにくいこともあると思う。
強いて挙げるならば、戻る家がなかったことか。
君は知っているかわからないが、僕の父親は僕の徴兵期間中にに逮捕された。往年の女好きが災いして、手ひどい裏切りに遭ったと聞いている。
母はすでに離婚しており、気づいたときには相手を見つけていた。ただ一度、休暇中に顔合わせをしたが、自立して生きろと言われたきりだ。
このような経緯で、僕は家族から離れることになった。帰る家は、探さない限りないも同じだ。
とはいえ、それが必ずしも兵士になることの理由であるとはいえないだろう。
同じように親元を離れて、それでも絶対に兵士にならない人はいる。
逆に兵士になろうとしている連中の多くは、家族や友人、自分の守りたいもののために戦うと宣言していたりする。
僕は戦いたいというわけでも、国を守りたいわけでもない。
客観的に言えば、ただ、自分の居場所がほしかったんだと思う。
そのためには、一人で黙々と打ち込めるものが必要だった。
こんな説明では、君は納得してくれないだろうね。
こうして手紙を送ってくれた君を図らずも避けてしまっていた。
それに加え、僕の
兵士としての生活は、想像していたよりもずっと過酷だった。
この国にはまだ戦争に巻き込まれていない。しかし世界情勢は依然不安定なままだ。
防衛のための訓練で毎日、なけなしの体力が削られていく。
頭が真っ白になるくらい、せわしなく働いて、肉体を虐めて、日々を過ごす。
時には基地間を移動し、国土のどこにいても対応できるように身体を調整した。
弱音を吐いたら引きずり降ろされる。生き残るためにはひたすら耐え忍び、強くなるしかない。
まともな目的意識もないのに、内側にいると不思議と染まってしまうものだ。
自然と思考は、職務のことから離れなくなってしまった。それ以外何も考えられなかった。
良し悪しを忘れる、動物的な、空白の日々を過ごした。
とはいえ、最近は少し事情が変わってきた。
僕は今、国内西部の
軍の施設になった観測台は、衛星が捉えたデータを解析し、各地域の基地へ送信している。
ここ防衛基地は、名目上は観測台を守る為に存在しているが、戦闘能力はほとんどない。
もしもこの場所に本当の緊急事態が訪れたら、本土から救援部隊が送られてくる手筈となっている。
防衛基地は本格的な戦闘までの繋ぎとして、
囮、などと書くと君はまた不安に思うかもしれないが、いかに少ない被害で敵を攪乱するか、が僕らの最重要課題だ。
偽造信号による情報の
何より、戦闘行為自体は皆無だ。なにしろ
平時はとても、平和なものだ。
僕
君の手紙には、懐かしい話がいくつも書かれていた。
僕らの故郷、Y市のこと。H連峰に囲まれた風景。
子どもの頃の僕らが、その価値も知らずに走り回っていた寺社仏閣の光景が、
自分が学生だったということを、最近はつい忘れてしまっていたようだ。
君は確か、星のことに詳しかったよね。
こちらでも、観測台が置かれるだけあって、肉眼でも十分に星が見通せる。
空を邪魔するものは何もない。
日々の業務が終わり、ほっと落ち着くと、僕は毎日のように空を眺めている。
いつか星を見る約束をしたことを君は覚えているだろうか。
いつかこの約束を果たしたい。そのためにも、お互いの
これからも、状況の許す限り手紙を送ってくれると嬉しい。
良い生活を願う。
二〇××年 二月十日
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