第5話 覚悟を決めないといけないかもしれない。

「連れ戻したい?」

 ヒカリは驚いたのか、顔を上げてきた。

「無理だとしても、何とかしたい」

「何とかしたいって、そういうことをするのは簡単じゃない」

「簡単じゃなくても」

「それなら、まだ、分裂した世界を元に戻す方がいい」

「元に、戻す?」

 顔を上げた美鈴が口にする。

「そう。元に戻す。これも簡単なことじゃないけど、鴨宮美鈴を鴨宮美鈴がいないとされている世界に移すぐらいなら、そうした方がいいと思う」

「僕は、美鈴と同じ世界なら、手段はどっちでもいい」

「その言い方は、佐々波時也と鴨宮美鈴は同じ世界にいるようにしたいという意思が強いということね」

「そうだね」

 僕は首を縦に振り、ヒカリはため息をこぼす。美鈴は目の前のやり取りをまだ飲み込めていないのか、ただ視線を動かすだけだった。

「美鈴」

「時也?」

 美鈴の反応に、僕は手を差し出す。

「いずれ一緒に同じ世界で会おう」

「時也、どういうこと?」

「それはその、こうやって、いつでも会えるようにしようってこと」

「時也と離ればなれにならないように?」

「うん」

 僕のうなずきに、美鈴は顔を綻ばせる。同時に僕の手を握り、立ち上がった。

「わたしはまだ、何かするとは言っていないけど?」

「僕の予想だけど、神様は、分裂した世界を元に戻そうとか考えてる?」

「勘が鋭いわね」

 ヒカリは声をこぼすと、雲がいくつか浮かぶ青空の方を見上げた。

「この空間、わたしが作ってみたんだけど、どう思う?」

「どう思うって、まあ、綺麗だなって」

「そう感想をもらえるだけで、作った甲斐があったと思うわね」

 ヒカリは僕と目を合わせる。

「神様はどうして世界を分裂させたのかわからない。そして、分裂した世界をどうしたいのかも」

「このまま、その、今の状態だと、時也や美鈴はどうなっちゃうの?」

「わからない。ただ、わかっていることは、わたしたちが何もしなければ、どちらの世界も滅んでいたこと、神様はおそらく、分裂した世界を元に戻そうとしているかもしれないってこと」

 ヒカリは言うなり、片足を上げ、水しぶきを飛ばす。

「ただ、神様がやろうとすることは推測することしかできない。知ろうとするのは罪深いことだから」

「それでも、知ろうとしたら?」

「知ろうとする者の存在を抹消する」

 ヒカリは淡々と答える。

「理由としては、今まで神様の行いを知ろうとする者を聞いたことがないから」

「それって、ただ、そういうことをした人がいないってことなんじゃないの?」

「違う。神様は全知全能だから、何でもできる。わたしたち、神様に仕える者の存在を消すことも」

「消すって、それって、例えば、ヒカリさんが神様のやろうとすることを知ろうとしたら、ここからいなくなっちゃうの?」

「それだけじゃない。あなたたちがそれぞれの世界で、お互いの存在を周りの皆が知らなくなったように、神様が存在を消すと、わたしとかはいなかったことになる」

「だから、『今まで神様の行いを知ろうとする者を聞いたことがない』ってことか……」

 僕は自分で言うなり、神様の力というものに恐ろしさを抱き、身震いしてしまった。

「神様は怖い存在なんだね……」

「でも、神様の怖さはそれだけだから」

「いや、それだけでも充分だと思うけど……」

「それなら、諦める? あなたたちが同じ世界で再び一緒になること」

 ヒカリに問いかけられ、僕はすぐにかぶりを振る。

「諦めるっていう選択肢はない」

「時也は昔から諦めが悪いんだよ」

 美鈴はヒカリと向かい合っている僕の前に割って入ってきた。

「美鈴」

「時也はね、小さい頃に美鈴がなくした猫のキーホルダーをずっと捜してくれたんだよ。結局は見つからなかったけど、時也はずっと諦めなかったんだよ」

「それはもう、昔の話だって」

「昔の話だけど、美鈴はその時一生懸命捜してくれる時也のことを今でも覚えているよ」

 美鈴は言うと、ヒカリと目を合わせた。

「だから、神様が怖いからっていう理由だけで、諦めるということはしないんだよ」

「わかった」

 ヒカリはうなずき、美鈴を避ける形で、僕の方まで回り込んでくる。

「忠告しておくけど、下手すれば、あなたたちの存在すら消えてしまうかもしれない」

「それは、神様に直接聞くってことでいいんだよね?」

「それ以外に方法はない」

「そうか……」

 僕は頭を巡らすなり、覚悟を決めないといけないかもしれないと思い始めた。けど、自分はいいとして、美鈴は大丈夫だろうか。

 気づけば、僕は美鈴に視線をやり。

「大丈夫だよ」

「僕はまだ、何も」

「時也のことだから、美鈴のことを心配してくれたんだよね?」

「まあ、その、うん」

「ありがとう。でも、大丈夫だよ。美鈴は時也といつも会える世界を望んでいるから」

「美鈴……」

「ということは、あなたたち、二人とも覚悟ができてるってことでいいのね?」

「うん」

「はい」

 示し合わせたわけでもなく、僕と美鈴は揃ってうなずく。さすがに幼なじみだけはあるなと勝手に感じていると、美鈴は笑みをこぼした。

「何だか久しぶりだね」

「何が?」

「こうして、二人で何かをしようってことだよ」

「いや、別に僕らが何かするわけでもないし」

「何かするんだよ。神様に聞くのはヒカリさんだけど、時也と美鈴はただ他人のフリをするわけでもないから」

「というより、二人でっていうところを強調してるけど、わたしも入れて、三人にしてほしいんだけど」

 見れば、ヒカリが不満げな表情をしている。

「ごめん」

「謝ったって、何も出ないから」

「そうだよ。謝ることはもちろん、必要だけど、それだけじゃダメなんだよ。だから」

 美鈴はおもむろに僕の手を握ってくると、今度はヒカリの手も掴み。

「な、何?」

「ごめんね、ヒカリさん。だから、これからは三人で、えっと、分裂した世界を、何だっけ?」

「元に戻す」

 僕が付け加えると、「そうだ、そうだ」と美鈴は陽気そうにはしゃぐ。

「鴨宮美鈴はなにがしたいのか、わからない」

「そういう固い呼び方はいいよ。単純に美鈴でいいよ」

 美鈴は口にすると、「ねっ、時也」と声をかけてくる。僕が首を縦に振ると、「ほら、手を繋いで」と急かしてくる。

「わたしが佐々波時也と?」

「そうだよ。それに時也は時也でいいよ」

 美鈴はどうやら、僕やヒカリと手を繋ぎ合わせて輪を作りたいようだった。

「だって」

「だってって、わたしはまだ意味がわかっていない。鴨宮、ううん、美鈴がしたいことが」

「まあ、美鈴はこういうところがあるから」

「時也、美鈴のこと、バカにしてる」

「ごめんごめん」

 僕は言いつつ、ヒカリの手を握る。

「それじゃあ、みんなで頑張ろうー!」

「頑張ろうー」

「頑張ろうー?」

 戸惑ったような様子のヒカリと、楽しげな美鈴。

 僕は目をやりながら、二人とともに、両手を高く何回も上げていた。

 上は雲が所々に浮かぶ青空。

 加えて、太陽が燦々と照りつけてきて、眩しさを感じずにいられなかった。

 僕はじっとりと滲み出てくる汗を拭わずに、美鈴の行いに付き合い続けた。

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