第4話 君はただ、神様に従うだけってこと?

 気がつけば、僕は水面の上に立っていた。

「ここ、どこ?」

 見渡せば、上は雲が所々に浮かぶ青空、下はそれらを映し出すほどの透明さが奥まで広がる。どちらが本物の空かわからないほどだ。今いる場所はどこかにある綺麗な湖の浅瀬なのだろうか。

「ここは間違っても、ウユニ塩湖じゃない」

 不意に、聞き覚えのある声がしたので、僕は振り返った。

 視界に映ったのは、裸足で立つ白いワンピース姿のヒカリ。いつの間にいたのかわからない。

「ウユニ塩湖?」

「後でネット見ればわかると思うから、その説明は割愛」

「だったら、言わなくても」

「知ってるかと思ったから」

 ヒカリは言うなり、僕に近寄ってくる。途中、水が跳ね、音もしたので、海か湖なのではと脳裏によぎった。

「ここは海でも湖でもない」

「じゃあ、どこ?」

「あなたの世界と鴨宮美鈴の世界を結ぶ空間」

 美鈴の名前が出てきて、僕は「えっ?」と驚きのあまり、間の抜けた声をこぼしてしまった。

「今、あなたは熟睡中。つまりは、ここでのことは夢の中で起きた出来事ということになるわね」

「夢の中?」

「これが、あなたを鴨宮美鈴と再会させる方法」

 ヒカリの声に、僕は今さらになって自分の格好を確かめてみれば、パジャマ姿だった。考えれば、最後の記憶は、部屋の明かりを消して、ベッドで横になったところだ。

「それで、美鈴はどこに?」

「あそこ」

 ヒカリがおもむろに指を差す。

 僕はすかさず、顔を動かし。

「美鈴……」

 距離として、数メートルぐらい。

 背中まで伸ばした黒髪に、ほっそりした体型でネグリジェを着たひとりの少女。小顔で、瞳は僕の方を捉えていて、見開いている。間違いない、彼女は僕の幼なじみ、鴨宮美鈴だ。

 美鈴は僕が佐々波時也とわかったのか、駆け込んでくる。水しぶきが飛び、少しぐらい濡れても気にしないといった感じで。

「時也!」

 美鈴は僕の正面に抱きつくと、泣いてしまった。

「美鈴、寂しかった。時也が急にいなくなったと思ったら、周りのみんなが時也のこと、忘れていて、まるで、あの世界では時也がいなかったことになってるみたいで……」

「そっちの世界ではそうなってるんだ……」

「時也の世界は?」

「僕の方は逆で、美鈴がいない世界になってる」

「美鈴がいなくて寂しかった?」

「寂しかったというより、急なことであまりにもびっくりして……」

 僕は言うなり、顔を上げてきた美鈴の目から零れ落ちそうな涙を指で掬い取る。

 何はともあれ、僕は美鈴と会うことができた。

 だが、それだけだ。

「君は、僕と美鈴を会わせて、これからどうするわけ?」

 僕はそばにいるヒカリへ視線を移す。

「どうもしない」

「どうもしない?」

「神様は世界が分裂したことにより、影響を受けた人間をフォローするようにしか言っていない」

「美鈴は、時也と同じ世界に住めないの?」

「今のところは」

 ヒカリがかぶりを振ると、美鈴は僕の方へ潤んだ眼差しを送ってくる。

「時也、美鈴を助けて」

「落ち着こう、美鈴。まだ、ダメだって決まったわけじゃない。いつか必ず」

「別々の世界にいた人間が同じ世界に住むというのは、簡単にできることじゃない」

 ヒカリは両腕を背に回すと、僕らの周りを歩き始めた。水面にいくつもの波紋を作りながら。

「あなたは、今いる世界にいなかった人物がいるようにするとなると、どれくらい影響があるのか、わかる?」

「わかるって、それはまあ、色々な人の記憶とか」

「人の記憶だけじゃない。というより、世界そのものを変更しないといけない」

 立ち止まったヒカリは足元の方へ目をやる。

「ちょっとでもおかしなところが残ったら、世界がおかしくなる。現に今、世界が分裂したことで、わたしたちがフォローしなければ、どちらの世界も滅亡していたかもしれない」

「そう、なんだ……」

「それぐらい、わたしたちの働きが重要ってこと」

 ヒカリは僕と、そして、美鈴の方へ視線を動かした。

「あなたたちを会わせることで、少しでも精神的な動揺を抑えて、世界がおかしくなる要因を少なくする作用がある。あなたたちにとっては、感動的な再会かもしれないけど、わたしにとっては、こういう場を設けることがちょっとした作業のひとつにすぎない」

「ヒカリさんは、美鈴と時也をまた離ればなれにしてしまうの?」

「今日は離ればなれになっても、また明日会えるから。ううん、毎日、この場であなたたちが会う機会を作るから」

「それって、美鈴は、時也とは夢の中でしか会えないってことだよね……」

「今はそれぐらいのことしかできない」

 ヒカリは目を逸らし、俯き加減になってしまった。

「君はただ、神様に従うだけってこと?」

「神様に仕える者として、逆らうことはできない。分裂した世界を独断で戻そうとか考えるのは重い罪」

「そんな……」

 美鈴は僕と夢の中でしか会えないことにショックを受けたのか、膝から崩れ落ちてしまった。僕はしゃがみ込み、彼女の両肩に手を乗せ、ただ、黙ってそばに居続ける。

「ただ、神様が何もしないということはないはず」

「僕がいる世界や美鈴がいる世界、どちらとも、分裂したことで色々問題が起きてるからとか?」

「だと思う」

 ヒカリはおもむろにうなずく。

 神様は、世界の分裂で悪いことが起きたところは、何かしら対処を行うだろうということか。

 とはいえ、僕と美鈴を別れさせてしまったことは、憤りを感じてきた。

「僕は」

 立ち上がるなり、僕はヒカリと正面を合わせる。

「美鈴を自分のいる世界に連れ戻したい」

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