第3話 ちゃんと勉強しておかないと、いい大学入れないよ。
学校が終わり、夜になっても、ヒカリは現れない。
家にある自分の部屋で、夕飯を終えた僕はベッドに寝転がり、スマホをいじっていた。
「もしかして、幻覚でも見ていたのかな……」
自分自身に問いかけるも、返事はどこからもない。
だいたい、世界が分裂だの、神様に仕える者たちだの、とあるソシャゲーの設定みたいだ。ただ、問題なのは、現実かどうかということであって、僕は巻き込まれてしまったということだ。世界の分裂という異常事態に。
「考えても、仕方ないっか」
僕は悩むことを諦め、スマホを開こうとする。
同時に、SNSアプリの着信が鳴る。相手は「明海姉」と出ていた。大学一年の姉、佐々波明海だ。
「何?」
「いやー、出来の悪い弟が心配で、ちゃんと勉強してんのかなーって、思って」
「あのね……」
僕は俯いてしまうも、すぐに顔を上げ、口を開く。
「姉さんこそ、こんな夜中に何の用事? ちょっとしたことなら、SNSにコメントすれば済む話だと思うけど」
「ひどいなー。せっかく、弟想いの姉さんが電話してあげてるっていうのに、時也はいつからそんなに冷たい人間になったんだろうね……。姉さんは悲しいよ……」
「茶番はいいから」
僕は明海姉に適当な返事をし、本題を始めるように促す。
「で、何?」
「時也って、幼なじみとかいたっけ?」
明海姉の質問は、僕にとって、思いがけないものだった。
「姉さん、今何て?」
「その反応なら、あたしの変な記憶違いかな……」
スマホ越しから、明海姉の首を傾げてそうな声音が届いてくる。
「まあ、いいやいいや。今の質問は忘れて。というより、変な質問だったね。ごめんごめん」
「いや、その、うん。別に大丈夫だから。うん」
「もしかして、時也。心当たりある?」
「ないない。僕にはそういう幼なじみとかいないから」
「そうだよねー。何かね、記憶の断片っていうのかな、そういう形で、時也の幼なじみがいたような感覚がうっすらとあってね、これって、何だろうって思って。それで、電話してみたってところ」
「そうなんだ」
「夜中に変な電話してごめんねー。勉強の邪魔しちゃったねー」
「姉さん。それ、僕が勉強してないと思って、わざと言ってるでしょ?」
「わかった? で、実際は?」
「悔しいけど、姉さんの想像通り」
「ダメだよー。一年の時からちゃんと勉強しておかないと、いい大学入れないよー」
「余計なお世話だって」
「まあ、あたしも一年の時はそこまで勉強してなかったからねー。二年から塾行って、後はコツコツ受験勉強に勤しんで、今の大学に入れたからねー」
明海姉は続けて、「それじゃあねー」と言うなり、電話を切ってしまった。
僕はスマホを枕のそばに置くと、仰向けになり、天井についている照明をぼんやりと眺める。
明海姉は美鈴のことを頭の片隅で覚えていたようだ。ヒカリが話していた世界の分裂は、僕以外の人間にも影響があったということか。いや、単に偶然、明海姉がヘンテコな電話をしてきただけかもしれない。
けど、僕は美鈴がいたことをちゃんと覚えている。
「もう、いいや」
僕は起き上がると、かぶりを振り、ベッドから離れた。気分転換に勉強でもしようと、散らかった机へ向かう。
もはや、ヒカリが現れることはないのではないか。
僕は内心で感じつつ、数学の授業で出された宿題に取り組み始めた。
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