眺める女性

スパイシー

眺める女性

 この話は、確かな俺の実体験。そして、高時給に比べて、客入りの少ない田舎のコンビニのバイトをやめた理由でもある。たまに来店する固定客も、バイト仲間も、上司も気に入っていた俺が、迷いもせずやめるほど衝撃的な体験だ。

 些細なことではあったが、俺はその出来事に明確な恐怖を抱いたんだ。あんなに怖気を感じたのは、生まれて初めてだった。

 正直、この体験を一人で抱えるのはとても辛くてとても苦しい。最近は夜に眠ると、息が出来なくなるほどに滅入ってしまっている。

 だから、聞くだけで良い。それだけで、俺はきっと解放される気がするんだ。

 どうか最後まで聞いて欲しい。





「おはようございまーす」

「はい、お疲れさん」


 俺は軽快な音を奏でる自動ドアを潜り、レジにいた店長にバイト特有の挨拶をした。にこやかに返してくる店長は、どこか少しやつれているように見える。

 でもそれはいつものことだから、気にせずに着替える為に事務所へと入った。


「いやぁ助かったよ、君が来てくれて」


 店長も事務所へと入ってきて、そう言った。


「いえいえ。困ったときは頼ってくれて大丈夫ですよ。俺結構余裕あるんで」

「ほんと助かるよ……」


 店長の言葉からわかるように、本当は今日は俺のシフトでは無い。

 今日来るはずだった大学生が、急に体調を崩したとかで、急遽俺に代わりの連絡が来たんだ。ちょうどその時、俺はゲームをしていただけだったから、快く引き受けて今ここに至る。

 正直金は欲しいし、特に問題は無い。


「というか店長、今日はいつからっすか?」

「あはは……じつは朝の9時から……」

「ええ!? もう夜中の12時ですよ!?」

「そうなんだよね……だから、表は任せても良いかい?」

「もちろんですよ! 誰も来ないとは思いますけど、カメラでも見といてください」


 ぶっ通しで、15時間。しかもまだあがらないときた。はたして大丈夫なんだろうか、この店は。

 とにかく今は仕事、と、俺は通常業務を終わらせていく。と言っても、ほとんど店長がやってくれていたので、残っているのは軽い品出しと店内清掃くらい。


 俺はその一部である、雑誌の陳列に向かう。深夜のコンビニでは、これが結構面倒くさい。

 窓の外を眺めながら、雑誌を一つ一つ確認して交換していく。何気なく眺めている外は、道路を一つ挟んで、いつも通り暗い木々が鬱蒼と生い茂っているだけだ。人気はなく、相も変わらず客が来る気配はどこにも無い。広く無い駐車場にも、店長の車がぽつんとあるだけだ。

 このコンビニは何のためにあるのだろうか。客が来ないのに、どこで売り上げを出しているのだろうか。何故潰れないんだろうか。


 なんて、くだらないことを考えながら、業務を終える。改めてレジに立って、時計を確認。代わったシフトは後一時間。さあ、苦痛の時間の始まりだ。

 眠気と戦いながら、この何もしない何も起きない時間を、ただただ過ごす。店長は疲れているだろうし、声をかけるのもかわいそうだと思って、向こうから声をかけられるまでは放っとく。当然、近くに俺がいても休めないだろうから、事務所には入らない。


 そんなこんなで暇をもてあまし、意味も無い店内清掃三周目を終えたところで、交代の社員とアルバイトが入ってきた。

 俺は小さくため息を吐いて、二人と挨拶を交わし、交代で事務所へと入る。店長も俺と同じように、いや、俺よりもはるかに大きなため息を吐いてから、着替えを始めた。

 そこで、店長は俺にこんなことを聞いてきた。


「そういえば、さっきお客さん来た?」

「え、来てないっすよ?」

「じゃあ、君の友達とかは?」

「来て無いですけど……?」

「そっか、じゃああれは見間違いかな」


 その店長の言葉に俺は首をかしげて、聞き返す。


 俺はこの時のことを、後から酷く後悔した。

 聞くべきではなかったんだ。その先を。


「なにがですか?」




「いやね。雑誌売り場の窓の外から、ずっと君を眺めていた女性がいたから、君の知り合いかなと思ったんだ」

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