重なる足音
@mahara
重なる足音
夜道の足音は恐怖をそそる。
夜道を一人で歩いていると、周囲には誰もいないのに“自分以外の足音”が聞こえる。
そんな経験はないだろうか。
一説によるとそれは自らの足音の反響音であると言われている。
夜道の静けさ、環境音の少なさ、そして孤独感が反響する足音を際立たせている――と。
しかし本当に“いる”としたら――
“自分以外の誰かが背後にいる”としたら――
そう考えると振り向くことができなくなる。
もしも背後に“それ”がいたとしたらなにか取り返しがつかなくなると、そう思うのだ。
それは現実逃避に似ている。
しかし目を背けようと、現実は何も変わらない。
そこにいるものは、見ないでも、そこにいるのである。
◆
こつり、こつりと靴音が夜道に響く。
「……おそくなっちゃったな」
疲労の溜まった重い足を引きずりながら帰路につく青年が一人。
街路樹に挟まれた舗装道を歩いていた。
「頼ってくれることはありがたいけれど、毎回こうも残業が続くと気が滅入るなぁ……」
頼まれたら断りづらい性格を、ていよく利用されているのだろうか――
青年はトボトボと歩きつつバイト先への愚痴をこぼす。
ちかちかとチラつく古びた電灯の下、青年は腕時計を見やる。
「時間は……零時過ぎか。さすがにこの時間だと誰もいないな。早く帰らないと」
疲れはしているがその足は止まらない。
一秒でも早く家に帰って落ち着きたい――という気持ちはもちろんあった。
しかしなにより青年の心を支配していたもの。
それは“恐怖”――
ひと気のない道は物騒だ。
男だとか大人だとか関係なく、“ひと気のない夜道”というのは根源的な恐怖を誘う。
なにがあると言うわけではない。
ただこの漠然とした恐怖から解放されたい。
それだけだった。
――こつり。
ぴたり。
青年の動きが止まる。
しかしそれはほんの数秒であり、すぐにまた歩き始める。
――こつり、こつり。
周囲には誰もいない――はず。
それなのに“誰かの足音”が聞こえる。
自分以外の誰かの足音が――
「……気のせいだ」
青年は今度は立ち止まらなかった。
気のせいだと言い聞かせつつその足を進める。
――こつ、こつ、こつ、こつ。
「気のせいだ気のせいだ……!」
小声で自分に言い聞かせる。
これは自分の足音だと。
自分の足音が反響して二重に聞こえているんだと。
振り返ることなくその足を前へ前へと進める。
一刻も早くこの場から離れるために、この恐怖感から逃れるために。
ひたすら前だけを見て小走りに前進する。
――こつ、こつ、こつ、こつ。
しかし速度を上げれば上げるほど増してくるその音。
自分の背後に誰かがいる――
その疑念は払拭しようとすればするほどますます青年の脳内で膨らんでゆく。
ぴたり。
青年は足を止めた。
そしてもう一つの足音も止まる。
――いっそ……振り返るか?
後ろに誰かいるのかいないのか。
いないことを確認すればこの不安感は払拭される。
――しかし本当に誰か――“なにか”がいたなら?
もしも本当に自分を追うなにかがいたならどうするか。
「……誰かいるんですか?」
青年は前を向いたまま背後に声をかける。
返事はない。
振り向くしか確認するすべはない。
――青年は意を決した。
「……ぐっ!」
歯を食いしばりつつ、背後には何もいないことを祈りつつ――振り返った。
「……いない」
そこには――誰もいなかった。
「……ははっ。18にもなって何やってんだ。自分の足音にびびって怖がるなんて恥ずか」
『ねぇ』
女の声。
女の声が、した。
『ねぇ』
――俺の、背後から、女の声がする。
背後――さっきまで前を向いていた側。
そちら側から声がする。
それも、至近距離。
『やっと』
さっきまで青年の前方には誰もいなかった。
振り向いてからも、街路樹の陰から誰かが飛び出してきたような物音もしなかった。
つまり“いた”のだ、最初から。
“彼女”は青年の背後で歩いていた。
青年の背中に、ぴったりと貼り付いて――
『やっと 気づいてくれたね』
重なる足音 @mahara
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