私とオタクコンテンツ
@livesparrow
メディア有害論と癒し
『脳内汚染』という本がある。アニメや漫画、ゲームといったオタクコンテンツの危険性を脳科学の観点から主張する内容の本である。同書はオタクコンテンツに対し不信感や嫌悪感を持つ層からは歓迎されたが、それ以外の層からの評価はおおむね否定的であった。
同書を自分が読んだのは中学2年の冬のことである。当時いた学級は授業妨害が日常的に行われるなど学級崩壊一歩手前の有様だった。授業妨害を行うのは特定の生徒数人だったが、彼らはいずれもテレビゲームにのめり込んでいるという話を小耳にはさんでいた。そのような状況下で同書を読むと、「ゲームのようなオタクコンテンツにのめり込むと反社会的行動に走る→授業妨害の原因もオタクコンテンツ→オタクコンテンツは有害」という図式が頭の中で容易に成り立ってしまう。かくして自分は「オタクコンテンツ=悪・有害」、「オタクコンテンツにのめり込む人=反社会的人物」という信念を抱くようになった。
その後高校に入学。自分がいた学級にはオタクコンテンツが好きな友人グループが形成されていた。また、所属していた文芸部もオタクコンテンツの愛好者だらけという有様だった。しかし、彼らが授業を妨害したり、校内外で反社会的行動を行っているという話はほとんど聞いたことがなかった。それどころか彼らは自分より高い学業成績を修め、学校生活にもほどよく順応していた。自身の持つ「オタクコンテンツにのめり込む人=反社会的人物」という信念と大きく乖離する光景である。
人間は自分の信念に合致する事物や情報に触れると気持ちよさを覚え、逆に信念に反する事物や情報に触れると不快感を覚えるという。この場合、信念に合致する事物や情報は「オタクコンテンツにのめり込む人は反社会的である」という内容のものを指す。一方、信念に反する事物や情報は「オタクコンテンツにのめり込んでも人は反社会的にならない」という内容のものを指す。
高校時代、眼前で繰り広げられていた光景は、まさしく後者の範疇に入るものだろう。オタクコンテンツにのめり込み、なおかつ反社会的行動を繰り返す人など、自分の身の回りに一人もいないではないか。自身の信念と齟齬をきたす光景に出くわすたびにフラストレーションがたまっていった。とはいえ、人間は一度持った信念をなかなか変えることができない生き物である。
手っ取り早くフラストレーションを解消する方法としては、「オタクコンテンツにのめり込み、なおかつ反社会的行為を起こした人物」に関する情報を集めることがあげられる。端的に言うなら「オタクコンテンツのせいで凶悪事件が起きた」という言説探しである。実例として高校時代の2007年9月に発生した、京都府京田辺市で警察官が娘に殺害された事件(京田辺警察官殺害事件)が挙げられる。各種報道によると、殺人犯の少女はゴア描写が含まれるアニメなどのオタクコンテンツに耽溺していたという。自身の品性下劣さを開陳するような大変厭らしい話だが、こういう報道を目にするにつけ、自分の信念はまちがっていなかったということを感じ、自身の抱いていたフラストレーションも解消していった。
また、「オタクコンテンツは青少年に悪影響を与える」と主張する本に触れることも、フラストレーションの解消に一役買った。例えば柳田邦男の著した『壊れる日本人―ケータイ・ネット依存症への告別』や魚住絹子の著した『いまどき中学生白書』を読んで、オタクコンテンツが有害であると日本ジャーナリズム界の重鎮(=柳田邦男)や教育関係者(=魚住絹子)も主張している以上、自身の信念は間違っていないと強く感じたりもした。
同時に、自身の信念をいかにして周囲の人間に啓蒙するかということも考えるようになった。例えば、『壊れる日本人―ケータイ・ネット依存症への告別』を文芸部の推薦図書の一つに選んだりもした。また、オタクコンテンツが社会に災厄をまき散らすさまを描いた小説を執筆したこともある。
余談だが、高校1年の頃文芸部の部長に「『ひぐらしのなく頃に』って漫画がありますけど、あれって青少年の凶悪犯罪を誘発するような残酷な内容なんですよね。『週刊文春』にそういう記事が載ってましたよ。」と真顔で尋ねたことがある。部長からは「それは作品について理解できていないからだ。この作品は命の尊さを描いている作品だ。週刊誌の報道を鵜呑みにし、表面的な残酷描写に惑わされる君はおかしい。」という旨の返答をいただいた。けだし正論である。
その後、紆余曲折を経てオタクコンテンツに対し抱いていた信念は徐々に薄らいでいった。しかし今もなお、「オタクコンテンツ=悪・有害」、「オタクコンテンツにのめり込む人=反社会的人物」という信念を完全に捨てきれてはいない。アニメを見る行為に対し負の感情を抱くことがあるということがその証左である。結局『ひなこのーと』も『この素晴らしい世界に祝福を!』も『亜人ちゃんは語りたい』も負の感情のせいで見ることができなかった(追記:『このすば』は1期1・2話のみ視聴。アクア様マジ駄女神。)。やはり人間は一度持った信念をなかなか変えられない生き物なのだ。
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