第二節
1
「……君はその孤独と向き合えるのかい?」
シロの問に、彼女は目を丸くした。
「孤独と、向き合ウ?」
本当に、解らなかった。
セルリアンだから、とか。
密猟者だったから、とか。
きっと、そのどちらにも当てはまり、どちらとも当てはまらない、純粋な疑問。
「…………………………………………ハァ?? 何を言ってるんですカ? 僕は純粋に強い生物のあり方に戻そうト――」
「でも結局さ、その先に待ってるのは孤独な死だろ? 君が求めた闘争もなく、君が欲した戰いもない、独りぼっちで誰も知らぬ間に息を引き取るだけだ」
そうだ。
彼の言葉は、彼女が辿り着く結末。
彼女が勝利した先に待つ、運命的な結末。
それはつまり、『望まない死』だ。
「……何ガ、言いたイ」
ワナワナッと、彼女の肩が震える。
怒りが満ちて行く様な、その感情が高ぶる様な――震えた声。
初めて彼女が露わにした、明確な激情。
「解るだろ? 君は結局、この小さな戰いに勝利して、仮にもその結果が君の言う世界の獲得だったとしても、その先に待つのは君が望まない死に方なんだ。誰にも看取られず。願った死を望めない。例えその幾千とも続くだろうその戰いの何処かで負けても、勝っても……待ってるのは君の敗北なんだ」
「……つまリ?」
「お前は、その考えを持っている時点で、時代の、世界の……敗北者だったんだよ」
何かが、切れた。
ブチンッッ!! と、音を立てて、彼女の奥に眠っていた何かが切れた。
言い分は間違っていない。
彼女を待つのは、望まぬ死。
例えセルリアンとして長く生きられても、孤独の世界に彼女は勝てない。
語らう相手も居ない。
その思想を唱える相手も居ない。
その主張を聞く者も居ない。
孤独は、彼女を理不尽へと押し込める事となる。
辿り着く先は、無限地獄の果ての、自殺だ。
「……ッザッけんナ!」
震える拳。
そして、突如として視界から消えた彼女は、初めて怒りを露わにする様な、眉間に皺を寄せ、歯を砕く勢いで噛み締めた激怒の顔で、空中に浮遊する様な状態から、シロの顔に拳を振るった。
「世界の敵であるお前ガッッ! 僕を知った様な口で言うナァッッ!!」
ガボォォォンッッ!!
腰の入った拳が、シロの頬から金属同士を勢いよくぶつけた様な音を響かせる。
殴られた彼は、その場から飛ばされまいと足をしっかりと踏み込み、直ぐさま彼女へと振り返り、勢いのままに再び彼女に拳を飛ばした。
「テメェを理解しなきゃ、テメェの敵は務まらねぇだろうがッッッ!!」
「ガッッッ?!」
彼女の躰はギュルンッ! とその空中で何回も回転を始める。シロは直ぐさま彼女の襟元を掴み回転を止めると、その勢いのまま彼女の躰を地面に叩き付けた。
「ごハッ……ッッ!!」
背中から地面に突き落とされた黒い影は、目の前から眩しい程巨大な輝く拳が近づく瞬間を目にし、
「……ッッッ!?」
ビュオンッッッ!! と風を切って飛び退いた。
彼が放った拳が地面に付着した瞬間、地面は吹き飛びクレーターを生成している程だった。
当たり前のように戰いながら、無意識で有りながら……その規模は計り知れない。
「……お前が、あの子と違う考えでよかった」
シロは、殴り飛ばした地面を見つめ、ふと吐き捨てる。
「お前が、あの子とは違う想いを持っていて良かった。お前が、あの子とは違う言葉を吐いていてくれて良かった。お前が……、そんな風に残酷で、良かった」
拳をゆっくりと引き上げ、彼女を見据える。
両手で飛んでくる瓦礫から身を守る様に立つ彼女は、その隙間から彼の姿を直視し続けていた。
きっと、彼女は陰湿だ。
死角から堂々と攻撃したり、相手の弱みを容赦なく突き刺す。
残酷で狡猾。真に彼女らしい。でも、あの子では無い。
だからこそ、彼は思った。
「お前があの子と違うって……お前を心から殴れるって、思えて良かったよ」
最早姿が似ていても、中身は別物。
その踏ん切りを付けている彼は、最早加減を為る必要は無い。
「迷い無く、お前を殴れる……ッ!」
強き獅子が、高らかに宣告した。
けど。
「ナんだヨ……ソレ」
言葉が、綻ぶ。
「ナんなンだよ……ソレはァ!!」
激情が、身を支配する。
「いちイちいチいちいちイチ……ッッッ!! 目障りなんダよ!! その言葉ガ! その態度が! その全部ガ! 気にくわナいッ!!」
ガサガサガリガリッと、髪を掻き乱し頭皮に当たる部分がガリガリと削れ黒い粒子が霧散する。ガンッガンッ!! と地団駄を踏めば亀裂が地表を走る。ダンッ!! と八つ当たりで近くの木を叩けば、木には風穴が空きドスンッと倒れ行く。
そして。
「ア~ァ、面倒だァ……」
項垂れた。
前のめりに沈み込み、ダラリッと腕を振るう。
呆れた様な声で、彼は吐き捨てたのだ。
「オマエは殺すヨ。もウ、興味とカ、闘争とか関係無しニ……殺しておク」
「同意見だよ」
「別に同じ事求めてないヨ。たダ、やっぱりオマエは天敵だっタ……でモ、生かすべき天敵じゃ無イ」
彼等の間には火花がチラつく。
両者が睨み合い、最早加減をする考えも無くなった。
不意に風が止む。
拮抗し続けた二つの意思は、決別を果たす。
次の瞬間。
轟ッ!! と音を立て、二人は衝突した。
真正面から。
「……ッ!?」
腕等でのぶつかり合い。
この時、シロはその顔を見て初めてその状態で大きく目を見開いた。
(虚ろな目……ヤベェなこりゃぁ、密猟者って云う眠れる獅子を起こしたってレベルじゃねーな?)
腕の衝突直ぐ、黒かばんは動いていた。
シロと相対した腕にナイフを突き刺す。
血が噴き出す腕お構いなしに、腕に突き刺したナイフを軸代わりに彼の躰を引き寄せ顔面に頭突く。
直ぐさま、もう片方の手にナイフを出現させ、今度は太股に容赦なく突き刺し、第二の軸として足を掛けた。
「……がッッ?!」
シロは悲痛の声を上げる暇が無い。
愉しむことをやめ、殺す為の本質だけを浮き彫りにした黒かばん。その格差は余りにも圧倒的だった。
片手を腕に突き刺したナイフに掴み、片足を太股に刺したナイフの手持ちへと掛け、横喉に掛けて膝を打ち込む。
シロは片腕片足を奪われている。更に突き刺した方の腕から攻撃する黒かばん。彼の反応は彼女の暗殺速度に追いつけず、直ぐさま第三の攻撃が打ち込まれる。
それは、彼女のもう片方の手から、脳天目掛けナイフを突き刺すと云う物だった。
シロは咄嗟に躰を大きく揺らし、痛みを無視して彼女の体勢を崩す。突き刺してきたナイフを寸での所で避け、目の前で体勢を崩した黒かばん目掛け彼の頭突きが炸裂する。
彼女とは違い威力のあるその頭突きは、彼女の手と足をナイフの取っ手から突き放すことに成功した。
直ぐさま彼はナイフを抜き取り躰が自己修復に入るが、頭突きした黒かばんの姿はもう無い。
彼女は飛ばされて着地と同時に既に彼の横へと回り込んでいたのだ。
「……くそっ」
「遅イ」
冷酷な瞳は、彼の横腹に腕丸々突起状に変化させた槍を刺し込んだ。
グシャァァァッッ!!
血飛沫がシロの横腹から噴き出す。
血を浴びた黒かばんは今も尚その冷酷な瞳を崩さない。
シロを遊び相手から、殺すべき対象として認識している。
まるで計画的な殺意の応酬に、流石のシロも対応しきれないのだろう。
更にはその衝突は常人の規模では無い。
行っている事は人間の技術とは云え、この攻撃を常人が浴びれば一瞬で肉体は粒子の世界まで分解されるだろう。
冷静な表情は崩れ、次第にその慣れぬ痛みによって苦悶の顔が幾度も浮かび上がる。
だが。
「……ッ」
シロも引き下がらない。
突き刺してきた腕事、その豪腕で掴み、逃がさぬ様に固定した。
彼は、もう片方の拳を轟ッッ!! と唸らせるが如く振るい上げ、彼女に狙いを定める。
「――ッッッラァァァッ!!」
ボゴンッ!
彼女の顔面向けて、力強い一発が放たれた。
が。
ギャイギャリギャリィィィ!!
彼女は顔を半分削ってまでも彼に喰らいつく。
最早、互いに防御は無い。
純粋な殺し合い。
彼女にとって最も望んでいた物が、皮肉にも望まぬ形で得てしまっていた。
「――、」
最早動きは機械的だ。
顔半分を削られながら、彼女のもう片方の腕が彼の喉をガシィィッ! と掴み掛かる。
だが、シロは直ぐさま殴りかかった腕を引き、今度は彼女の肩目掛け撃ち放つ。
喉元を絞められる前に彼は、一辺倒の力で彼女の肩を壊した。
ドゴォォォォォンッッ!!
付け根事ゴッソリと拳砲によって抉られた腕は、ダラリと地面に落ち溶ける。
片腕と顔半分を失っても尚、其所から瘴気を漂わせギロリッと睨み付ける目は止まない。
「――、」
「……、」
視線は交われど、意思は交わらず。
寡黙な二匹は、狂える程の暴力の連鎖を続けていた。
2
衝突は繰り返される。
黒かばんは腕や躰を無くそうとも、内側に押し込んでいたサンドスター・ロウによって復元される。更には自分が作り上げた永久機関が彼女に絶えず力を注ぐ。
シロは例え幾ヶ所が傷つこうとも、恩恵によってサンドスターが即時自己再生を果たす。
両者、防御無き攻撃のみ。
大地は痛みを築き、今はもう嘗ての面影を見ない。
黒かばんは……躰中にナイフを突き立て、急所を狙い、関節を砕き、首や顔面に向けた攻撃。その数幾数十万回。
シロは……拳による鉄拳、掴み飛ばし、蹴り飛ばし、腕関節を撃ち抜く。その回数幾数十万回。
痛みなどとうの昔に消え去り、夜が更けても尚戰いは鎮まらない。
耐える事の無い衝突は……、終わらないと思われた。
――パキィッ!
その音は、シロの奥から響いた。
(な……んだ?)
激闘の中で、彼は確かに聞いた。
何かが、割れる様な、亀裂が入る様な音。
彼は、その奥底の中で響く鈍い音……その正体をジワリッと感じ始める。
黒かばんを殴ろうとして振り上げた腕。
だが、まるで一瞬。
体内の奥から、ドクンッと警告音が鳴り響いた。
(真逆ッッ?!)
一瞬の衝動に拳が空ぶる。
突然の彼の失速に、黒かばんは隙を突く様に飛び跳ね、回転を混ぜ込んだ脚で彼を蹴り飛ばす。
ゴバァァッッ!!
彼の躰が容易に吹き飛ばされる。
「……ッケホッ!」
地面を転がり、飛び上がった瞬間だった。口元から鉄の味がする何かがデロリッと垂れる。粘着質の高いそのヘドロの様な物を拭い、彼は実感する。
(あぁ……限界、なんだな)
心中の中に居る、かつての戰友が消えかけているのが解る。もう、残された時間は少ない。
(だからって、どうやって倒せば良いんだっての……)
攻略の糸口が見付からない。
どれだけ打撃を加えても、無限ループ。
終わり無き闘争と思われたが、着々と終わりが近づいている。
だが、それこそ己が望む終わりでは無い。
敗北者では居られない。
彼はもう一度、彼女を睨み付け、再度勝利の法則を組み上げる。
(真正面でかち割っても、もう無意味。時期に俺が押されて終わる。なら、今のうちに決定打を打てなければ敗北だ。どうせ奴の事だ、感づくだろうな。だから、それよりも早く先手を打つには……っ!)
彼は、ある事に気が付いた。
その瞬間、小さく息を吐き、そして口元を歪め、不敵に笑ってみせる。
何処か、誰かに似た様な不敵な笑顔で、彼は折れぬ信念を持って立ち続けていた。
ダンッ!!
一歩、彼は地面に亀裂が走る程に脚を踏み込み、全身のサンドスターを放射する。
迫力として現れる程に、大気を押し出すか如く震撼する。
「……、」
黒かばんもまた、その覇気に押し返す様に構えたまま彼を睨み、ブオンッ!! とサンドスター・ロウを放出する。
刹那。
彼等の延長線。
接点で衝突する。
轟ッッッ!!
鈍い音が、響いた。
半透明の拳と、彼女のナイフが重なったのだ。
鈍い音が響き渡った後、拮抗するかと思われた。
だが。
バシュンッ!! と 突如シロの半透明の片腕が消失した。
「……ッ?!」
驚いたのはシロでは無い、黒かばんだ。
突然の事に彼女は勢い余り、そのまま彼の横を通り過ぎてしまう。
「しマッ!?」
直ぐさま体勢を立て直し振り返ったが、追撃が来ない。
当の本人はその勢いのままに真っ直ぐ進んでいた。
だが。
「……ッッッ!?」
黒かばんもその思惑に気が付いた。
「くソッ!! そういう事ですカッッッ!!」
彼女も直ぐさま彼を追うまいと、地面を吹き飛ばし加速する。
徐々に詰まって行くその差。
だが、彼の行いは逃げでは無い。
寧ろ、最も彼女が恐れる事だった。
(お前との会話は無理だった……ずっと積み上げてきた戰いの死角……、端からコレを壊せば済む話だったよな!!)
視線の先にあるのは、黒かばんが考案した半永久的サンドスター・ロウ生成機だった。
(まずイ!! 意識から削がれていた筈なのニ、この土壇場で思い出しますか普通ッ?!)
黒かばんも後方から加速し手を伸ばす。
速さは黒かばんが上だった。
力が抜け出しているシロにとっては、今の黒かばんから逃げる力は残っていない。
距離は着々と、どちらとも近づいていた。
黒かばんの手か、シロの速さか。
加速した世界の中で、ギリギリまで近づいた黒かばんの腕が、彼の服を掴もうと、グッと伸ばす。
(……取りましたヨ)
彼女が、彼を握ろうとした瞬間だった。
スカッ!
「……ッッッ!?!?」
掠った。
いや、黒かばんが彼の服を掴もうとした瞬間、彼が一気に減速し、その手よりも後ろに流れたのだ。
「なんでこの瞬間ニ……ッッ?!」
加速世界の中で、彼女が振り返った瞬間。
全身が青く輝く獅子が、地面を踏み抜いていた。
――バゴォォォォッッッ!!
地面が抉れ、突風が巻き上がる。
彼の、たった一度の踏み込みの、その力強さを物語る様な爆発。
「――ッ」
声が、出なかった。
シロ渾身の蹴りが、彼女を巻き込む。
彼女を巻き込んだその蹴りが、音速を超え、半永久生成機へと向かった。
「………………ァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアッッッッッ!!」
黒かばんがその脚を地面に突き刺す。
ガリガリガリィィィィッッッ!! と地面を抉り減速しようとするが、シロも負けじと力を振り絞る。
「ああああああああああああああああああああああああああああああっっっっ!!」
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!」
黒かばんと、シロ。
彼等の躰は――。
半永久生成機に衝突した。
彼の蹴りと、生成機に挟み撃ちになった黒かばんは、怒号を放ちながら彼の脚を押し返そうとする。
だが。
「ガ、ァァァァァァァァッッッ!!!!」
突如黒かばんが悲痛な叫びを上げる。
彼の蹴りが入った腹部から、何かが蒸発し溶けるような音が響いていた。
それは、彼の肉体がフィルター状態だったからこそ出来る、唯一の必勝法。
生成機と彼女を打ち砕く為の、彼の秘策だった。
そして、友の最後の命の灯火……。
彼女の悲痛な叫びが響き渡る中で、生成機は耐えきれずミシミシィィッッ!! と音を立て始める。
そして、その衝撃に耐えきれなくなった黒セルリアンの半永久的サンドスター・ロウ生成機は、少年の蹴りによって破壊され、暴発した。
「アァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ――ッッ!!」
全てを貫いた彼が、地面を削り蹴りを追えて着地する。
痛々しい声が背後から響き渡り、溜め込まれていたエネルギーの暴発と共に彼女は巻き込まれた。
「ハァ、ハァ……」
少年の躰から、輝きが抜ける。
光の粒子が、彼から離れだし、躰を走っていた青い配線も消え、片腕が消失し始める。
獅子は、膝を突き、抜け落ちる力を眺め、吐き捨てた。
「……ありがとよ」
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