最終章 Heroic_V.S._Threat.

第一節

   1


 ブラックホールは、徐々に膨らみ上がって行く。加減の知らない暴王が世界その物を喰らい尽くそうとしていた。

「サァ、僕は認められましたヨ……貴方という世界を壊シ、僕は認められたんダ!! もウ、僕を否定出来る世界は無イ!! 僕ハ、僕ハ……ッ?!」

 空中高く、高らかに勝利の宣言を行おうとしていた黒かばん。

 だが、ふと拡張を続けるブラックホールが停止した。


「ナッ!? 一体何ガ!?」

 膨れ上がったブラックホール。

 突如として稼働を停止し、その表面に亀裂が走る。


 バギバギバギィィッ!! と音を立てて、黒い球体は崩壊を始めたのだ。

 亀裂から黒い殻が剥げ、内側からは途轍もない光が放射されている。眩いばかりの光は、黒かばんの視界を細めた。

「ガッ! 熱イ!! な、なんだこれハ!!」

 細めた目で光の中心を見た。


 そこには……倒したはずの少年がいた。

 眩い光の中で、立ち上がっている少年がいたのだ。

 驚くべきは其処だけでは無かった。

 躰の傷は消え、そして――腕が復活している。


 失ったはずの片腕が、半透明ではあるが確かにそこに、輪郭を残し存在しているのだ。

 光の腕を確かめ、何処か落ち着いた表情で彼は立っている。


 まるで風船が割れるような勢いで放出され続けた、光の暴発。それはやがて、彼のもう片方の腕に乗せられた歯車へと収束していった。


「……、」

 黒かばんは、厄介な光が消えたのと同時に地上に降り立った。

 シロは、横目に彼女を確認する。

「どんな奇蹟を使ったのかは知りませんガ、所詮は生き返っただケ……またすぐに否定してあげますヨ」

「……、」

 黒かばんは、彼を見据えてはいた。

 だが、何処か疑問が満ちてる。


 そもそも、彼はどうやって蘇った。

 何故、五体満足以上の状態で、落ち着いていられるのか。


 先程までその力の差を知ったはずなのに、何故……怯えないのか。


「光は、絆だ」

「……ハァ?」

 彼の言葉に、首を傾げて返す。

 何が言いたいのかなど、解らない。先程までシロにとって理解不能だった現実が、相対すように黒かばんにも襲いかかった。

「想いは繋ぎ、願いを繋ぎ、絆を繋ぐ。例え、命の灯火が消えても、想いは消せない」


 歯車を握る。

 彼は握った腕を引き、そして黒かばんへ向けて吐き捨てた。

「お前にこの絆は、砕けない」


 瞬間、握った歯車を天高く上げた。


 刹那。

 歯車は先程以上に輝きを放ち始める。

 彼の手の上で回転しだした歯車はやがて粒子の状態へと分解され、光の粒子は銀河のような円状を若し、更にそれが重なるように交わった。

 クロスした銀河円の粒子は、大きく広がり始め、シロの躰を包む。


(待ってて、かばんちゃん)

 光の粒子に包まれながら、少年は思い馳せる。

 己の世界の少女に向けて。

(会いに行くから)


 ビュォォォォォォォォォォォォォ――――ッッ!!

 まるで法則性を保つようなその粒子の銀河。それは彼を包み込みながら急速に回転する。

 そして、光の銀河粒子は彼へと収束し出した。


 体は発光をさせたまま、黒かばんの目の前に顕現した。

「……なんダ、その姿ハ!!」


 シロの躰は……彼女の目に映る彼の姿は今までのシロとは異なっていた。

 躰にはしる水色のライン。瞳は青く輝き、その姿は天を覆う青空と、白き鬣が浮遊する雲のように見えた。

 まるでそれは、大地を見守り、世界を繋ぐ空その物。


「……、」

 その姿に黒かばんは一瞬驚きながらも、所詮は虚仮威こけおどしだと言い聞かせる。

 足を踏み込み、その姿を観察しながら攻撃場所を探す。


 そして。

 まるで時間が止まったかのような世界で、黒かばんは奇襲を掛けた。

 背後から首を狙う、手刀突き。


 彼女の性質を考えれば、喉を刈っ切ることは簡単だ。

 硬化した腕が、彼の喉を狙う。


 瞬間。

 秒針の動かない世界で、シロはその手刀を避ける。


 躰を捻り、振り返り様に拳が……振るわれた。


「が、ゴバァァッッッ?!」

 黒かばんの躰が吹き飛ばされ、地面をスリップしながら転がる。

 躰を跳ねさせ立ち上がり、突然の動きに脳が遅れて追いついた。

(なんダ、今のハ!)

 彼の変化。そして、彼女に追いつく程のスピードと、装甲諸共吹き飛ばすパワー。格段に今までのシロとは違う。何処か落ち着き、先程までの情熱が透明な程に静まり還っている。


(僕と同じフェイズに到達しタ……と考えて方が良さそうですネ。どうやったかは知りませんガ、流石は僕の天敵ダ)

 その現象の根底を理解しようとはしなかった。

 例えどれだけ力が飛躍しても、それでも倒すべき敵だ。法則など必要ない。死角とそこから狙える速さ。後はその力に拮抗以上の強さを見せる爆発的な暴力。


 それを備えているのは、お前だけじゃない、と。

 彼女の暴力は彼に襲いかかった。


 大きく両手を広げ、彼に向かって飛び掛かる黒かばん。

 彼がその両手を見上げていると、直ぐさま膝を顔面向けて撃ち放った。


 ドガァァァッッ!!

 両手に意識が逸れていれば、死角は簡単にできる。彼女の戰闘の特性は余りにも突飛した物だった。

 モロに顔面に喰らったシロは、勢いのある飛び膝蹴りの力に推され躰がビュオンッ!! と、勢い諸共吹き飛ばされる。

 地平線を低空飛行する躰。黒かばんは直ぐさま彼へと追いついた。彼女の躰は空を眺めて滑空するシロと地面の間を抜け、またもや死角を狙う。


(もらっタッ!!)

 刃の形状となった拳をその背中に突き刺そうと放つ黒かばん。

 だが。


 轟ッッッ!!


 放った刃は、直前で躰を捻ったシロに躱され、彼の裏拳が彼女の顔面を捕らえる。

「ガッ……ァァッッッ!?」

 グニャァッと彼女の顔にめり込んだ裏拳。

 歪んだ場所からまるでバネのように黒かばんは吹き飛び、地面を削り吹き飛ばされた。


「……っと」

 シロはその勢いを使って軽やかに地面に着地する。

 拳を握り開いて躰の状態を確かめ、吹き飛んだ彼女の方向に目を向けていた。


 眺めた先は土煙を立て、彼女の姿は目視出来ない。

 そんな中で彼の瞳はその動向に青い輪を描き、まるでレンズのようにその土煙の中を覗き見た。

「……、」

 土煙を見つめているシロ。

 だが、突如彼とは真反対の方向……彼の影の中から、ズボォッと泥のような物体が迫り上がる。

 そこから音も無く姿を現したのは黒かばんだった。影から出る彼女の動きに気が付かないのか、彼はそのまま土煙の先へと注視していた。


(お前じゃ僕の姿は見つけられなイ……)

 徐々に影の中から迫り上がる黒かばん。

 両手を刃にして、真っ直ぐ彼の喉元を狙う。


 瞬間。

 刃を振るう彼女よりも早く、シロの蹴りが黒かばんの腹部を突いた。


「……ガッッ!?」

 彼女はまたもやその勢いに吹き飛ばされ、地面を何度もバウンドする。その果てに地面から吐出した大岩に彼女の躰は激突し、その勢いを止めた。

「カッッ……ァァ、カハッ、ゴホッッ!!」


 完全なる不意打ちだった。

 なのに、敵は涼しい顔で華奢な躰を豪快に蹴り飛ばしたその足を、スゥ……ッと地面に降ろすだけだ。

「……ふザッけんナ」

 何か黒い液体を口から吹き出していた彼女は、その泥を片手の甲で拭い、彼を睨む。


「僕を何処まで否定する気ダ」

 先程とは一変し、その殺意に何処か怒りが交わっているようにも見える。

 それもその筈。今の彼には何故かその怒りや殺意が相反するように見えない。以前のシロとは明らかに違い、怒号や咆哮が全くない。


 寧ろ、真反対。

 密猟者を吸収し、その暗殺アサシンスキルを身に付けているはずの黒かばんが激昂し、感情的で非情に対する怒りを隠さないシロが静寂なのだ。


 戰況がまるで一変し、その畏怖すら感ずる落着き様に何処か煮え切らない黒かばんだった。


 世界その物。

 黒かばんという思想が成り立った世界を否定する存在。

 それが相手であると、彼女としての認識があった。


 それはつまり、彼処まで激怒し、怒りで襲いかかる。真っ直ぐで突き刺すつもりの尖った口撃は彼女にとっては初めてであり、それを打ち壊すことこそ存在証明だと唱えているのかも知れない。


 だが、先程までとまたもや一変している存在。

 シロ。


 先程までの情熱は彼の何処に閉まってしまったのだろうか。


「……、」

 シロは、静かだった。

 本当に、本人なのかと疑う程に静かで、余りにも落着いていた。

 半透明な片腕は、まるでそれを物語るかの様に静かに粒子が揺れ流れる。


 そして。

「……全部」

 答えた。


 その言葉を聞いて、黒かばんは顔を落とす。

「……かハッ」

 俯いた口元の口角がガクンッと上がる。

「ハハッ……アーッハッハッハッハッハッッ!!」

 ニヤリッと不気味な笑みを浮かべた口から、またもかばんと似ているとも思えない笑い声が響き渡った。

「あァ……最ッ高だよオマエ!! 本当に僕を悉く蔑ム!! 痛ぶル!! 苛つかせル!! それはナンダ!? 正義論でも唱えてるつもりですカ!! そんな醜い時代の遺産を食い潰して生物の本質を塗りつぶして何が愉しいんですカ!! 世界は闘争という命の活気を閉ざシ、生きる力さえ奪い取ル!! 飼い慣らされた犬は家主を守る為に噛み付いても戰える力を持っていますカ?! 否、持ってなイ!! 動物園という檻の中で一生を終える動物達はその私生活を堂々と見つめられて満足していると思いますカ?! 否、されてる訳がなイ!! 世界という社会ハ、醜い時代ハ、僕らの本当の生き方を奪い続けてるんダ!! そんな世界の中で生きていテ、僕らは満足カ? 僕は違ウ……醜い豚のままで満足に暮らすよりモ、僕は不自由だとしてモ、生きていると実感出来る闘争の道を行ク」


 彼女は、叫んだ。

 きっと、今まで一度も揺るがなかった、彼女の言葉。

 セルリアンの独自思想と云うよりは、きっと飲み込んだ密猟者の考えがそのまま組込まれているのだろうか。

 もしくは、取り込み、吸収し学習する黒セルリアンの本来の特質なのだろうか。


 だが。

 その実態がどうであろうとも、彼女は彼女なのだ。

 望むは闘争。

 生と生の殺し合い。


 其所こそが、彼女の生きる意味。


 それが彼女にとっての事実だった。


「そっか……」

 そんな彼女の言葉を、シロは淡白に切り捨てる。

「でも、その先に何があるんだ?」


「……エ?」


 彼女から出た、一番に意味の含まれない言葉。

 純粋に、その言葉への疑問が言葉となって気道の隙間をすり抜けて吐き捨てられていた。


 対するシロは、何処か哀しそうな瞳で彼女を見つめていた。

「正直。お前の言葉ってのは何処か理に適ってるんだよ。ムカつくけど、そういう意味でも正解に近い言葉を付いているんだと思う」


 対となる世界。その世界の敵が、突如彼女の言葉に共感した。

 今までのシロでは思いもよらない、同情が彼女に吐き捨てられていた。


「ァァ……アァァ……ァァァァアッッ!! 知ったんですネ! 君が護ろうとする世界がどれだけ醜悪デ、どれだけ醜いカ……やっと理解してくれたんですネ!!」

 その同情に、彼女は歓喜の声を漏らす。


 その世界を護るには、その価値が見合わない。

 本当の意味で、寝返るべきだと、思いが通じたと、彼女は願って疑わなかった。


 けど。

「けどさ、君が若し……世界の全てと闘争を終えたら……君はその中で何を思うんだ?」

「……ハ??」


 シロは、彼女の目を見て……そして語り出した。

 彼女の求める理想は、人間という存在も、動物という存在も、それ根本としての弱肉強食のピラミッド階級を強く押し上げ、その結果生物本来のあり方に戻る考えだ。

 本来、人間はその統率力と組織的武器開発という生物に類を見ない同調的な主義を進み、結果として最高位へと上り詰めた。


 でも。

 それが一変し、統率を削除した世界。

 人間が個人として生物の競争社会に入り込み、その闘争を繰り広げた先の世界。

 例え、小さな協調が産まれても、世界にはなんの意味も無い。


 繰り返し行われて行く血みどろの現実。


 結果的に世界の何処にも平和が無くなった場所で、人類は繁栄する筈もない。

 強者が結果的に残っても、彼女の理論が通ればその全てもまた消え一人に成る。

 動物に関してで言えば、初段階の時点で人間が食糧に有り付く為に先に殺戮の被害に遭う。


 きっと、人間は先に動物を殺し、そして同種の殺し合いを始める。

 残虐非道が合法化した世界で、彼女はきっとその闘争を肌に実感してそのギリギリを愉しむのだろう。矛盾する理論を放棄しても、彼女はきっとあらゆる闘争の中でその笑顔は絶えることはない。

 更にその中に野生暴走というチケットを組込まれたのなら、最早世界の崩壊は数えられる内に始まる。それこそバイオテロに等しく、世界は生物に喰らい尽くされるだろう。

 豪腕の男が小さな子供の首を意図も簡単に捻り切る。

 華奢な女が四肢を捥がれる様な痛みを淡々と続けられる。

 産まれ行く運命だった生命が、たった一本のナイフで顔面事母体を貫かれる。


 その先、若し彼女がその闘争社会に打ち勝ったなら……その果てに待つのは――。


「もう一度聞きたい」


 少年は、静かに聞いた。

「全てを殺し、全てを壊し、全てが消えた世界で……君はその孤独と向き合えるのかい?」


 少年は、真に彼女に問う。

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