第四節

   1


「ァ……」

 声が出ない。

 痛みが躰を動かさない。


 でも。

 固い決意が、叛逆する。

 いつかの明日を迎える為に、シロは立ち続ける。

「……ァァァアッッ!!」

 そして、その闘志はやがて、受け継がれ……。


「シロさん!!」

 背中から、聞こえた。


「……ッッ」

 喉が焼け、声が出ない。

 だがそこには確かに、かばんが居た。

(何で来たんだ……クソ、声がッ!!)

 彼の目に反し、彼女の眼は真っ直ぐと敵を見据えていた。

 覚悟を決めたと解る、真っ直ぐな眼。

「大丈夫です。僕らが助けます」

 言葉は何処か、安心するような声だった。

 見た目は華奢な少女の筈なのに、その言葉は落ち着き、百戰錬磨の勇者のような異風な感覚があった。

 彼女の手元には、何かが掴まれている。


 紙飛行機。

 真っ直ぐに折られた、前に向かって飛び続けるかと思われる位に精密に。

 パチッと、手慣れたようにマッチを擦り、そこに火が灯る。紙飛行機の翼の端に灯すと、かばんは真っ直ぐと構えた。

 だが、メタリックボディの黒セルリアンはその行動を阻むかのように、失った両腕では無く頭部の先から黒い光弾を放つ。

(危ないッ!?)

 シロは咄嗟に身を乗り出そうとしたが、全身に走る痛みが彼の脚の力を緩めた。彼は前のめりに地面に倒れてしまう。


「アライさんにお任せなのだ!!」

 そんなシロと黒セルリアンの間に身を割って入ってきたのは、アライグマだった。

 彼女は手に持った青い結晶を放たれた黒い光弾の前に翳す。


 放たれた光弾をまるでその青い結晶で受け止めるかの様に翳したアライグマ。その瞬間、シロにとって思い掛けない奇蹟が起きた。


 キュゥゥゥゥ……。

 結晶は黒い光弾を吸い上げ始め、爆破することもせずにその中に取り込む。

(あの結晶は、一体……)

「やっぱり、思った通りでした……そしてっ!」

 続くかばん。

 彼女の火の灯った紙飛行機は、シロやアライグマの脇をすり抜け、黒セルリアンの脇を通過する。黒セルリアンはその火の灯った紙飛行機を目で追い続けた。

 だが、黒セルリアンは突如ブースターを起動させ、その紙飛行機目掛け飛び出す。

 喰らいつこうとしているのか、頭部にあるはずも無い口が機械的な構造なのかガチャリと音を立てて開く。

 バクリッッ!! と紙飛行機をブースターで飛び上がりながら空中で噛み付くと、その勢いのまま地面に着地しようとした。


 その時だ。

 ズゴゴゴゴッッ!!


 突如、黒セルリアンの巨体は柔らかい地面に嵌り込み、沈みだしたのだ。

(えっ? えっ?)

 幾度となるラッキーのような展開に、シロは思考が置いて行かれる。

 その時、ふとかばんとシロの脇の地面がボコボコッと迫り上がり始めたのだ。

「っぷはぁ……、作戰成功だねぇ、かばんさ~ん」

「やっぱりフェネックは凄いのだ!!」

「時間がありません。今のうちにシロさんを連れて此所を離れましょう!」

 かばんとフェネックはシロの両脇に立ち彼に肩を貸す。アライグマは結晶を構え第二波の警戒を怠らなかった。

 だが、怠らなくとも、逃げ出す獲物は逃さない。

 直ぐさま光弾を頭上に集約し始めた。

(マズい!!)

 焦りが走るシロ。

 だが、かばんの目は、何かを真っ直ぐと捉えていた。


 ……。

 黒セルリアンの動きが止まる。

 その光景は、困惑するシロの頭を更に真っ白にした。


 突如として、光弾の集約が消えたのだ。

 否。

 消えさせたのだ。


 目の前を通り過ぎる、もう一つの灯された紙飛行機が。

(……真逆ッ!?)

 シロはバッと飛んできた方向を見据える。

 そこでは、ホンノリと瞳に輝きを灯す、大きな耳を風に靡かせる少女が一人。

 そう、もう一つの飛行機を投げたのは……サーバルだった。


「今だよ!!」

 サーバルの叫びに、かばん達は戰線を離脱しようと駆け出す。

 絶好のチャンスを生み出すその算段。

 きっと、其れを思いついたのはかばんだろう。

 シロは、かばんを見つめていた。

(勇気……か)

 ふと思い浮かべた言葉。

 最も繋がりが深いながらも、最もヒトを強くする言葉。

(あぁ、ま、悪くない因果か)


『――仕方なイ。少し手を貸しますカ』


 バシュゥゥンッッ!!

 突然だった。

 飛行機を目で追いやるだけの黒セルリアンは、突如として黒い光弾で紙飛行機を攻撃したのだ。

「なっ!? つ、次のは!!」

 紙飛行機が壊されたサーバルは、急いで次の紙飛行機を飛ばそうと構えようとする。

 だが。


 重厚な胴体に似合わぬ素早い動きで穴から抜け出し、黒い光弾をサーバルが隠れる木陰の元に撃ち込んだ。

「キャァッ?!」

 サーバルの足下で爆発した光弾は、地面を抉り爆風を辺りに吹き上がらせた。

「サーバルちゃん!?」

 心配の声を上げるかばん。

 だが、其れもまた命取りとなる。


 その声に反応してか、黒セルリアンはかばん達に向けてもその光弾を放つ。

「のだぁっっ!!」

 直ぐさまアライグマは間に割って結晶で吸収し、何とか防ぐが、その反動か彼女の躰は大きく仰け反り結晶を投げ出してしまった。

「アライさん!?」

「結晶が……ッ!?」

 アライグマを心配するフェネックだったが、それ以上にアライグマは手の中で憶えた違和感を直ぐさま思い出し結晶に目を向ける。

 グチュグチュッと奇妙な音を立て、黒く変色し変形し始める結晶。

「こ、このままじゃ……」

「――ッッ!!」

 直ぐさまシロは前のめりに倒れ込みながらにその爪で結晶を砕いた。

「よ、良かったのだぁ~~~……じゃないのだ!?」


 安堵しきるには未だ速い。

 シロ達に向けて、再度光弾の収束は始まっていた。


「……ッ」

 シロは咄嗟に周りを見渡す。

 来訪者風情である己の為に、ここまで危険な中に飛び込んできてくれた彼女達。だが、それも今となっては自分の足手まといが生み出した悲劇の壇上と化してしまった。

 だが、それでも……今その勇気を失う訳には行かない、と。


 例え自分がどうなろうとも、今怯えている誰かに手を伸ばさなくて、いつ伸ばすのか、と。

 闘志が再び、燃上がる。


 だが、最早その身で何が出来ようか?

 きっと、また違った時間稼ぎ。

 其れくらいだけど、それでも……此所でやらずに、誰がやるのだと。


「……シロさん!?」

 シロは、かばんやフェネック、アライグマの前に出る。

 たった一つの身で、そのボロボロの躰で、立ち塞がる。


「っ……ダメです!! 逃げて下さい!!」

 かばんの訴えなど、届かない。


 それ程に、その背中は、覚悟を決めていた。


 だけど、それでも。

 巡る思いは、目まぐるしく回る。

 解答の無い世界は、彼女達に無理難題の応酬を迫る。


 絶望の中で、何を見出せというのだ。

 奇蹟を信じなければ……何も動かせないのか。


 だが、その解答を得る前に、既に審判は下され始めた。


 目の前に迫る黒い光弾。

 シロは最期の力を振り絞るように身の中に残る全てのサンドスターを肉体に捧げる。

 差は歴然。


 ……だった。

「……ッ」

 ふと、かばんの足下には何かが転がっていた。

(これは、確か……)

 咄嗟に彼女は其れを握りしめ、立ち上がる。


 華奢な腕ながらも、力一杯に、彼女は其れを投げた。


 たった一つの、拳大の歯車を。


 シロの横を通り過ぎ、迫る光弾の前に投げ飛ばされた歯車。

 キュィィィィィィィィィ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ッッ!!


 接触した瞬間だった。

 黒き光弾と、歯車が接触した瞬間。

 甲高い音が響き渡る。


「な、何がおこったぁぁのだぁぁぁぁぁぁ~~~~~~」

 突然の高音と、無限にも及ぶ光の応酬。


 彼女達の周りを視界さえ白く染める光が満たし、気が付いたときには光弾も消え……そして。


 シロの躰の傷どころか、服までも元の状態に戻っていた。

「……ぁ、ああっ!! しゃ、喋れる!! 痛くない!!」

「一体、何が……」


 ――。

 黒いセルリアンは、更に再び光弾を撃ち放つ。

「うぉっ!?」

 突拍子も無い攻撃に驚くシロ。

 だが、その攻撃さえも、歯車は空中で眩しい光に変換していた。


「真逆……これって」

「フィル、ター?」

 ギュンギュンッ!! と、目の前で全ての攻撃を輝きに変換し、その輝きはかばん達へ直接送り込まれていた。

 何か言い知れぬ力が、彼等の中へと満たして行く。


「「……、」」

 シロと、かばん。

 彼等は互いに頷く。


 最早、その奇蹟をなんと形象しよう。


 シロは、一歩前に乗り出し、その腕の中に歯車を掴んだ。

「さあ、第二ラウンドだ!!」


   2


『な、なんですカ……アレハッ!?』

 何処かの虚空空間。

 そこで、黒き闇の使者は、その光景に目を丸くしていた。


『フィルターその物が具象化!? いえ、アレは本来カーテンのような物だったはズ……真逆』


 彼女はふと、此所に来て初めて苦々しい顔を浮かべる。


『此所に来て、第三者の介入ガ?』


   3


「オラァァッッ!!」

 再び意気を吐き出すシロ。

 十二分に満たされたサンドスターが、否応なしに彼の躰から巻き上がっていた。


 バゴンッ!!

 地面を抉り、飛び出す。

 メタリックボディの黒セルリアンは頭部から光弾を撃ち続けるが、先程までのシロとは段違いに速い。

 徐々に近づくシロに対し、黒セルリアンはブースターを稼働し加速しようとする。

 だが。

「遅いッ!!」

 ズドォォンッッッ!! と、強い衝撃が黒セルリアンの頭部に走る。

 振り下ろした拳が、最早黒セルリアンの認識を凌駕する世界で動いていたのだ。


 連撃は続く。

 着地して直ぐシロは、黒セルリアンの周りを土煙を巻き上げる勢いで走りだした。

 ビュオンッビュオンッと風が切れ行く音を置き去りに、シロはその加速の中で黒セルリアンに飛び込み、爪でギャリギャリギャリィィィッッ!! とその装甲に傷を付け出す。

 何度も、何度も何度も何度も。

 その修復が追いつかない連鎖世界で爪と拳を振るい、やがて黒セルリアンはその収束が追いつかなくなり始めた頃。


「サーバルちゃん!!」

 かばん達は先程の被害に遭ったサーバルを探しに来ていた。

 草陰だった場所を探し回るかばん達だったが、ふと上から声がした。

「うぅぅ……かばんちゃ~ん!!」

「むぎゃっ?!」

 突如上からかばんに抱き付いてくる影。言わずもがな、サーバルだった。

「無事だったんだね……いてて」

「ご、ごめんね!! 咄嗟に木の上に登ってたんだ」

「サーバルちゃんらしいや」

「えへへ~……そ、そうだ!! シロちゃんは!!」

「もう、大丈夫だよ」

「え?」

 かばんが目線を其方側に向ける。

 釣られたサーバルも、かばんと同じように其方に目線を向けると、そこには……。


「オラァァッッ!!」

 確実に圧倒し、拳を放ち黒セルリアンを仰け反らせるシロの姿がそこに在った。


「固いのは変わんないか……」

 拳を放ったシロは、ブンブンッと余裕で拳を振るい、黒セルリアンを見据える。


   4


 片腕のみの拳に、メリケンの容量で歯車を握りしめる。


 戦況はどうだ?

 敵は両腕を破損。

 頭部からの光弾と、ブースターを使った突進を使う鋼鉄の城。


 シロは、敵を睨み付け……走る。

 魂の回答は決まっている。


「……ッラァァッ!!」

 ――――――――――――――――。


 走り向かうシロ。

 敵からは降り注ぐ雨の様な大量の光弾。

 地面に付着する瞬間には爆破を起こし、地面を抉り上げる。


 シロは唯走る。

 光弾の雨を避け、地面を喰う爆風を避け、敵へと向かう。


 だが。

 ビュオンッッッ!!

「……ッ!?」

 頬を光弾が掠める。

 寸前で顔を反らしたが、彼への的はゆっくりと絞られていく。

 握りしめた歯車を、再び構える。


 走り抜け、駆け抜ける。

 荒れ狂う様に押し寄せる光弾達を、彼はその歯車で殴った。

「オラァァァッッ!!」

 歯車に接触した瞬間、光弾は霧散し、黒から白へと変換される。連続で押し寄せる光弾の雨をシロは駆け抜け、殴り続け、真っ直ぐと進んでいた。


 突如。

 黒セルリアンに動きがあった。


 まるで機体を前に傾ける様な、前屈みの姿勢。

 光弾の雨が止まった瞬間、それは迫ってきていた。


 あの巨大の衝突だ。

 ビルその物が押し寄せる様な恐怖に、彼はその足を緩めない。

 グッと握りしめた拳を振り上げ、光弾の雨を征した少年は鋼鉄の突進に向かって拳を振り上げた。


 轟ッッ!!

 嘗て無い程の鋼の強引な衝突音が、辺りに響き渡る。


 衝突し続ける拳と鋼鉄の肉体。

 黒セルリアンの背中のブースターの勢いは衰えず、かつシロの踏み締めた足も緩む事は無い。シロの行動その物は、装甲列車を生身で殴り飛ばそうとする無謀に近い。

 なのに、彼の挑みは留まらない。


「黒がなんだよ……」

 白き獅子の、躰から浮き上がる輝ける粒子達が、膨れ上がる。


「セルリアンがなんだ……」

 地面が迫り上がる程の力を、彼は躰の奥底から噴き出していた。


「お前らが勝手に、あの子達の道を塞ぐんじゃねぇッッッ!!」

 ピシィッ!


 嫌な音が、セルリアンから響いた。

 それは、セルリアンの表面、鋼鉄の装甲からだった。

 割れたのだ。

 彼の拳によって、セルリアンに傷が付く。


 瞬間だった。

 彼が振り抜いたその拳によって、黒セルリアンのその巨体は初めて負けた。


 一寸。闇の中でその口角が高く跳ね上がった。


 大きく仰け反る黒セルリアン。

 シロは振り抜いた拳を直ぐさま振り上げ、降ろす。

 力を込めた拳は、セルリアンに再起の隙など与えず、振り放つ。


 轟ッ!! と、響いた音は、何度も、何度も鳴り響く。

 止まらない拳は、次第に黒セルリアンを勢いと力だけで押し出して行く。


 何度も何度も何度も何度も、拳が振るわれて行く。


 ――生きとし生ける全ての命は、正義の味方シロに弱さを赦さない。


 護ると誓った者の拳は、常に強さを求め続ける宿命だ。

 それは、彼も解って居る。

 護る者が弱くては、何も護れない。


 だから、彼は正義を行き、力を行く。

 彼の人生にとって、その道に当たり前の様に阻む必要条件。

 だが、時に衝突するだろう。

 それは未来も同じであり、世界として存在するのはもしかしたら“正義など無い”か、“正義しか無い”か、なのかもしれない。

 となれば、衝突するは必然。

 敵がどんな相手であれ、彼は正義を謳う限り拳が茨を突き抜ける。


 認められない物も在る。

 護れない事は赦されない。


 でも、行くのだ。

 それでも、彼は選んだ。


 もしかしたら、今の彼の選択はパークの一〇〇を超えるフレンズも、七〇億を超える人類も、その全ての命を背中に背負い歩む選択なのだろうか。複雑に行き交うパラレルワールド全ての選択も担っているのかも知れない。

 重荷は、彼に重くのし掛っているか?


 否。

 少年は、きっと、小さな少女達の明日しか知らない。

 そんな選択を見えない場所でされていたとしても、彼はきっと変わらないのだ。


 何故なら、彼のヒーローとしての本質。

 それは、『たった小さな笑顔を全力で護る事』だけだから。


 だから豪語しよう。

 彼は強いのだ。


 当たり前の様に彼は守り抜いてきた。それが列強でも、崖っぷちでも、どれだけのギリギリの場所に立っていても、


 ――たった一つの目的を見失わない。


 だから。

「オラァァッッ!!」

 拳を何度打ち込んだのだろうか?

 その巨体が愈々以て機能不全を起こし出す。

 荒れ来る嵐の様な猛攻に、セルリアンが処理を熟せずパンクしてしまっていたのだ。


 そんなセルリアンだったが、とにかく距離を取ろうという認識だけは残っているのだろう。バッ!! とシロから離れる様に浮き出した。


「流石に石を壊さないこといけないな。でも……もう一つ方法が見つけられて良かったよ!!」


 遠ざかろうとする黒セルリアンに向けて走り出す。

 初速で追いついたシロは、振り上げた歯車を、黒セルリアンに押し込んだ。


 瞬間。

 サンドスター・ロウが咽せる蒸気のように噴き上がった。


「うぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーッ!!」

 氷を熱鉄球で溶かすかのように、勢いよく蒸気を上げるセルリアン。バタバタと暴れ回るその巨体に、彼は両脚で掴み逃がさない。

 歯車から勢いよく純粋なサンドスターが噴き出し、溢れ……そして。


 決着した。


 黒セルリアンは、跡形も無く消えたのだ。

「……、」

 シロは、歯車を片手に、空を見上げる。

 先程まで修羅のような場所と成り果てたその平地は、今はもう静寂だけが包み込んでいる。


 彼は、その母なる大地に、仰向けに倒れた。


「……疲れた」

 天を眺めた少年は、鼻で笑う。


   5


 ズブズブと、泥のような粘着質な液体が足下を満たす。

 暗黒空間。


『あ~あ、負けちゃっタ』

 何かに腰を下ろし、手に持っていた棒らしき物をバギリィッ!! と片手でへし折る。手の中で折られた其れは、投げ捨てるように沼の中に沈んでいった。

『少し規格外はあったけど、でも、ようやく覚悟が決まってくれたようだネ』

 フフッと微笑みを零す、赤延々と鈍い光が瞳から漏れていた。


『それじゃ、こっちも準備しなきゃネ』


 ……。


『嗚呼、楽しい楽しい殺し合いゲームが……始まるヨ♪』


   6


「取り敢えず、一段落……かなぁ」

 小屋の中、シロはドッと重たい一息と共に吐き捨てていた。


 先程の黒セルリアンさながら、その重たく疲れがのし掛かる躰は、小屋の壁を背もたれにして項垂れている。今まで戰ってきたセルリアンとも違う新種。

(こうは言いたくないけど、まるで人の兵器を模したような奴だったな……)

 倒した所で、疑問が拭える訳では無い。

 ただ、シロとしては、最早解答は出ているに等しかった。


「お疲れ様です。シロさん」

「あぁ、かばんちゃん。お疲れ様。サーバルちゃん達に怪我が無くて良かったよ」

「本当にですね……あ、そうでした」

「ん?」

「先程のセルリアン……シロさんは何か解りますか?」

「あぁ……」

 其れを生み出した奴の事は推測出来るし、アレが何をもした物なのか、其れも部分的だが人の技術だとは解る。

 だが、其れを伝えるには少々負い目が大きかった。

(責任感もそうだし、一層人の事を嫌われたくも無いんだよなぁ……でも、黙ってるのが正解なのか?)

 悩ましい顔で、一寸彼女の顔を覗き込む。

 真剣な目で覗いてきて居るでは無いか。一寸私情に囚われながらも、彼はまた大きく息を吐き捨てた。


「……わかんない」

「ほ、本当にですか!?」

「うん、流石に俺にも解らない……」

 誤魔化した。

 上手い事など言えない。気の利いた言葉など思い付くはずも無い。だから、不器用なりに誤魔化した。

 ただ、それでも、彼なりの信念はあった。

(孰れ、知る事になるだろうね。人の事も、世界の事も……でも、そこにこれ以上水を射す訳には行かないよ。だって、この子達の世界なんだから)

 だから、だからこそ、決めた。


 己が行うべき、選択を。


「ごめん、かばんちゃん。少し、話があるんだけど、良いかな?」


 少年は、彼女を再び呼ぶ。

 そして。

「俺は、元の居場所に戻るよ」

「……えっと、それって」

「うん。俺の世界」

「そう、ですか……寂しく、なりますね」

「あはは、何か、ごめんね」

「い、いえ!! それに、色々と助けて頂きましたし、寧ろ申し訳ないと言いますか……」

「そんな事無いよ。僕だって君たちの勇気に救われたんだ。あっ! 案外これでウィンウィンの関係かもね♪」

「うぃん、うぃん……?」

「うん、互いに得が在るって事さ。欲しい物は互いに貰えて、これで満足。ウィンウィンってね!」

 両手をピースし、指先をカクカクと曲げる。

 ニカーッと微笑みを浮かべるシロに、かばんも真似を為るように両手ピースでカクカクと曲げて真似ていた。


「……えへ、えへへへへ」

「ハハハ、ハハハハハ」

 その動きに、何かおかしくなってしまったのか、顔を見合わせて笑う。

 彼にも、彼女にも、既に強ばった表情は無く、純粋な笑顔で互いの笑顔を浮かべていた。


「なになにー! なにやってっるの~!」

「アライさんにも教えるのだ~!」

「お~、面白そうだねぇ~」

「おっ、じゃあ皆もさ、こう指を二本立てて」

「曲げたり伸ばしたりするんです」

「カニみたいなのだ!」

「カニはチョキチョキだよ、あらいさ~ん」

「し、知ってるのだ!!」


 シロと出会って、未だ長くは無い。

 だけど、長くも感じていた。

 そんな旅から数時間、その別れ際に、少年少女は小さな出来事の中で微笑み合っていた。


   7


「じゃあ、俺は行くよ。皆は朝までは小屋の中に居ると良いよ」

 シロは、躰を起こし、扉の前で柔軟をしていた。

「あ、待って下さい」

「ん?」

「ちょっと、しゃがんで頂けませんか?」

「え? あ、はい」

 シロは、しゃがみ込んで、かばんと顔との目線を合わせる。

 そして、何故かシロは無意識に瞳を閉じてしまった。


(あれ? 目を閉じる必要なんか在ったっけ? と、と云うかこれは……所謂顔を寄せて下さいという奴なのでは!? いや、だ、ダメだ俺!! 俺には元の世界にマイスウィートハニーが待っているんだ!! こ、こんな所で浮気をしたら……で、でも、かばんちゃんには変わりないんじゃ無いか? そ、そうだ、この子もかばんちゃんだ!! こう、そうだ!! これは間接キスなんだ!!(?) つまり、かばんちゃんなんだ!!)

 思考回路が煩悩まみれなのか、別方向に加速し出す妄想。

 だが、頭や首元で何かが触れたような感触の後に「もう良いですよ」と彼女の声が帰ってきた。


「……ん? これって」

「えへへ、実は、前に図書館で呼んだネックレスという物を試してみたくて」

 彼の首元には、あの歯車に紐を通して首に掛けられた即席のネックレスが掛っていた。

「折角此所で出会えたのも何かの記念かも知れませんし、これから何があるかも解りませんので、其れは御守りとして……どう、ですかね?」


 首元から下げられた、拳大の歯車。

 シロの胸元では、小さくも見えてしまう。

 そんな歯車に、彼は手をかざし、小さく微笑んだ。

「ああ、ありがとう。これで百人力だ」

「其れは良かったです」


「良かったね! かばんちゃん!!」

「うん、ありがとうサーバルちゃん!」

(あ、やっぱこのコンビ尊い)


 首元に下げられたネックレスは、彼の胸元で揺れていた。

 そして、扉を開け、外を見渡す。


 日が暮れ、夜は目の前だ。

 直ぐにでも、真っ暗になってしまうだろう。

「じゃ、また会おう、皆」

「はい、お元気で」

「今度は遊ぼうね! シロちゃん!!」

「また遊びに来るのだ!」

「来るのか行くのか解らないけど、いつでも待ってるよ~」


 皆の言葉が温かく響く。

 きっと次は無いかも知れない。でも、そのもしもの奇蹟の中で、再び出会えたら、また沢山話そう。

 いつかの思い出として。


「ああ、じゃあねっ!!」


 彼は、ダンッ!! と駆け出した。

 軽いフットワークで駆け抜けていくその様を、かばんはいつまでも見守っていた。

「……、」

「かばんちゃん、どうしたの?」

「いえ、ただ……」

 小さく、彼女は微笑んだ。


「きっと、また会えるような気がして」


   8


 シロは、道を駆け抜け、山を登り出す。

 斜面は高くなり、登るのも困難だろうが、彼は直ぐさま身の中から輝きを放ちだし、加速して行く。


「さあ、俺達も決着を付けるぞ!!」

 ブォンッ!! と勢いよく山を駆け上がるシロ。


 そして。

『さあ、デスマッチが……もうすぐそこですヨ!!』

 王座のような椅子から、高らかに両手を開き立ち上がる黒きかばん。


 敵は理解したか。

 戰う理由は見出したか。

 その果てに何を掴む。


 獅子と人の本能。

 混じりけの無い、純粋な欲望。


 さあ、互いを喰らえ。


 最終決戰を……決着を付けようでは無いか。

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