第三節
1
『いやァ、やっぱり凄いですネ。鍛え甲斐があると言う物ですヨ!!』
暗闇の何処かで、その戰場を見つめる一つの影が、メタリックなボディのセルリアンに引けを取らぬ獅子に拍手と賞賛を送っていた。
『待ち遠しいですねェ! 溜まらないですねェ! 君は何処まで強くなり、いつ僕を君の闘争へと引き摺り込んでくれるんですカァ!!』
満面の笑みだ。
気色が悪い程に口角の吊り上がった、悪い笑顔。
求める闘争は近い。
単純な力に、人間的知性を兼ね備えたあの強者は、鍛え抜かれた力となったとき……黒かばんはその力に衝突する。
求めていた闘争が、欲していた物が、その手に入る瞬間が待ち遠しくて待ち遠しくて仕方が無かった。
子供のような純粋な目で、キラキラと輝くような瞳で、濁った世界の中で、ジッと見つめている。
『あぁ、でモ……』
その不敵な笑みのまま、少女はクスクスッと微笑み交じりに吐き捨てた。
『僕のビショップが、その程度だとは思って欲しくないナァ~』
黒く濁った笑顔が、闇の中で笑い続けていた。
2
片腕を破壊した所で変わらない。
それは、在る意味シロがよく知っていることだった。
「……っとぁっとぉ!!」
もう片腕から放たれる黒い光弾は飛び退き続けるシロに容赦なく放たれる。地面を抉り、爆風を巻き起こす。更には胴体のブースターが起動し巨体に似合わぬ高速移動で突進してくる。
殺意の上がったその攻撃はまさしく学習するセルリアンという黒には同意義の動きだ。
(やっぱ黒はイヤだなぁ……、人の科学を知ったらとんでもない科学兵器に化けそうだよ)
人だからこそ知る、負の面。
その体現に近い目の前のメタリックボディの黒セルリアンは、コーカサスの硬い腕をシロの頭上から振り下ろしてきた。
「危ねっ?!」
ビュンッ!! と飛び退いたシロだったが、その瞬間セルリアンのブースターが発動し、シロの躰が吹き飛ばされた。
メキメキィィッッ!!
突進してきた黒セルリアンは、その重厚なボディをシロの躰に軋む音を響かせる。質量は真に
「……っ」
何とか反芻し立ち上がれば、構えを取り直し駆け抜ける。
だが、たかがヒトと獅子の脚。
科学の先端兵器とも言えるブースターは反応よりも早くシロに接近していた。
ガゴォォォッッ!!
コーカサスの腕がシロを鷲摑みしてくる。直ぐさま背中と片腕で防いだシロだが、肉に食い込んでくる爪が彼の口から小さく悲鳴を漏らさせた。
「ガッ、アァッッ!?」
馬力が違う。
獅子の野性解放に、科学の結集たるペンチプレスは容赦なく無機質に潰しに掛る。其れと共に、腕の中では黒い粒子の収束がキュインキュインッと音を立てて集まり始めていた。
「クソがッッ!!」
三本爪から逃げようと躰を引こうとも、爪先が釣り針のように逃げる躰に抉り込む。逃げ場を失ったシロ。
躰を動かそうとすれば緩んだ瞬間を更に力強く鷲摑みにしてくる爪。
逃げ場の失ったシロに対し、黒セルリアンは無慈悲にもその光弾を超近距離で撃ち放った。
バゴォォォォッッッ!!
「し、シロさぁぁぁぁぁぁん!!」
小屋からは、彼に向けられた叫びがあった。
シュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……。
無慈悲に放たれた光弾は、その腕の中で大爆発を起こした。
硝煙が巻き上がり、中から出て来たのは溶岩のように溶け果てた黒セルリアンの腕。そして……、地面を抉り削り飛ばされたような場所で、膝を突いた誰か。
そこには、上半身の服が焼けただれ、火傷のような赤黒い傷が躰中に犇めくシロが居た。
「カホッ、ッケホ!!」
放たれた瞬間、気管だけは守らんと瞬時に片腕を顔に覆わせて居たのだろう。焼け爛れの痕は上半身前部の胴体のみだった。
「そん、な……」
遠巻きから見ていたかばんでも、その悲惨さはわかる。
血が流れていないのでは無く、流れる血管でさえ焼け爛れ流れ出す道を塞いでいる。出血多量で死ぬことは無くとも、次期に彼の躰が死滅していく。
例え、医療の人間では無いかばんがそこまでの理解が無くとも、目に捕らえるその痛々しい傷の数々に絶句しない訳も無い。
無理に関節を動かせば、焼け爛れ死滅した細胞が砂利のように躰の中で神経を痛めつける。
それでも、立つのだ。
シロは。
「……ァアッ!!」
肺の痛みを抑え込み、気迫の声を黒セルリアンに向けて、構える。
死と隣り合わせに立ちながらも、彼は選択肢と捉えていなくとも、当たり前のように戰う道を取るのだ。
(悪い、かばんちゃん。折角産まれてくる子供が居るのに、抱きしめられなくなっちゃいそうだよ)
帰るべき場所への、慟哭。
(でも……)
約束したのに、努力を惜しまなかったのに。
でも。
(きっと帰る。必ず……だから、今だけは戰わせて欲しいんだ)
意志は決まっている。
そこまで頑なで、頑固で、真っ直ぐな一つの意地。
(明日笑える筈の子の、未来を守る為に!!)
決意は揺るがない。
敵は見えている、ハッキリと。
ならば、最早。
獅子を楔で縛ること無かれ。
3
「……、」
遠巻きに見ていた四人は、その光景になんと声を出して良いのか解らなかった。
それでも、問いたいことが山程あった。
何故自分たちの為に戰う。
遠く離れた世界に住む物が、何故そこまで戰う。
ただ、その解答はどことなく理解していた。
其れを識っているはずなのに、識っているからこそ。
「皆さん」
行うべき選択は、決まっていた。
かばんの心に、その次の言葉を理解しているかのように、三人は黙って彼女の顔を見る。
「僕に考えがあります」
その言葉を待っていたかのように、頷いた。
「僕たちで、彼を……救いましょう」
さあ伸ばせ。
来訪者を乖離させるか、否。
同じ生きている者だ。
ならば、見捨てる訳には行かない。
伸ばせ、明日へ。
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