第二節
1
「あったのだー!!」
声を先ず上げたのは、アライさんだった。
彼女が指差す先には、小さな小屋が見える。
「アライさんナイス!!」
「な、ない……す??」
「あ、最高って意味なんだ……」
「そ、そうなのか!! アライさんは最高なのだ!!」
突飛のシロの言葉に、少々首を傾げながらに自慢げに宣誓するアライグマ。そんな彼女を余所に、かばんとサーバルは古小屋の扉を開け中を覗き見る。
「あ、あのぉ~」
「誰かいませんかー!」
……。
音は無い。
帰ってくる声も無い。
「誰もいないみたい、だね」
「なら、少しだけ借りよっか~」
「良いんですかね?」
「こんな事態なんだし、大丈夫じゃな~い?」
「そうだよ! それに、誰かが居たらちゃんと話せばわかって貰えるはずだよ!!」
「そ、そうだね」
小屋の入り口で三人が相談をしていると、遠くで高らかに笑っていた少女が駆け寄ってくる。
「アライさんを置いて行くななのだ~!!」
因みに、後ろからは同じく白き少年も。
「お、おいてかないで~」
五人は改めて中を確認し、入り込む。
木の床に登り、その何処かに腰掛けた少女達と少年一人。一息付けるからか、皆から同様の溜息が同時にドッ! と吐き出されていた。
「……あ、そうでした。シロさん」
「ん? はいはい……」
シロは呼ばれるがままかばんの元による。
「この歯車なんですけど……」
「ああ、これがどうしたの?」
「シロさんに持っていて欲しいんです」
「俺に? ……って言っても、そうだよね。結局俺が持ってた訳だし……でも何なんだこれ、本当に?」
訝しげな顔でその歯車を見つめる。
「シロさんが持ってた訳では無いんですよね?」
「うん。俺がここに来るときは……そういえば、今更だけど槍も何もかも置いてきて修行してたんだよなぁ……」
ふと、この世界にくる前の情景を思い返す。
着ている服は基本着でも、あの時は家の裏山感覚で足を踏み込み修行をしていた為に、何も持っていなかった。
今思えば、槍があれば有利に戰えたのだろうか? と、彼の中でふと過ぎる。
『……ユウ…』
「……??」
ふと、何処からか声がしたのか、彼はキョロキョロと辺りを見渡す。
「どうかしましたか?」
「いや、なんか聞こえたような……」
「? 僕は何も……」
「おっかしいなぁ……なんか、呼ばれたような気がしたんだけど……」
周りを見回しても、誰かが此方に気配を配っているようには見えない。各々が自分が最も休める姿勢で躰を休めている。
彼は、また視界を歯車が入るように戻し、見つめる。
「……?」
「取り敢えず、俺が持っておくよ。何なのかってのは解らないけど、何かの役に立つかも知れないしね」
「すみません、ありがとうございます」
「うん……それにしても、雨も降らなそうだなぁ……」
「そうですね。気のせいだったのでしょうか?」
「ちょっとフレンズ化してみるよ。もしかしたら未だ遠いかも知れないけど、雨音くらいだったら聞き取れるかも知れないし。特有の匂いもあるしね」
「お願いします」
シロは、己の中の野生を呼び覚ます。
フワリッと浮き上がる髪。そこから更に伸び出す鬣達と、ホワイトライオンの耳と尻尾。
瞳を閉じ、鼻と耳を集中させる。
「………………………………ッッッ!?」
突如、彼は大きく目を見開いた。
「クソッ、お出ましか!!」
「え、シロさん!?」
ダンッ!! と居間を走り抜け、外に飛び出したシロ。其れを追っていくかばんと、その異常に気付いた三匹も同じく玄関へと飛び出した。
「かばんちゃん達はまだ中に居て!! 早く!!」
「え、な、なんで!?」
「お、押さないでよ~」
反論など聞く暇も無く、彼女達は小屋の中へと押し込まれる。
シロは、小屋から一旦距離を取ろうと走り抜け、周りを見渡す。直ぐ近くに大きく開けた場所を見つけると、彼はその中央に立ち、そして……。
「スゥゥ……」
息を吸い込むと……。
「グゥゥゥゥゥオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォオッッッ!!」
一つ。
空気を裂くような咆哮が、一帯に響き渡った。
……。
……。
……ザザッ。
……ザザザッ。
……ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッッッ!!
土砂も、木々も押し倒し、何かが迫り来た。
山の麓から全てをなぎ倒し、其れはブオンッと飛び上がるかのようにしてシロの前に着地した。
「……機械。いや、要塞か最早……」
小さく唾を飲み込んだ。
眼前の敵は、シロの二、三倍の大きさを誇る、先程同様の巨大な黒セルリアン……な筈だった。
だが今回は、明らかに異質としか言葉が出なかった。
機械的なメタリックなボディ。巨大な腕はコーカサスのようなかぎ爪式の腕が二本。胴体から後ろはまるで巨大ブースターを付けたかのような形を取り、頭部は上では無く中央部から前に伸びるように出ている。
シロは小さく唾を飲み、相対する機械的な生命体に対峙していた。
「最早、セルリアンなのか?」
視線を降ろす。
足と呼べる場所には、巨大なブースターらしき脚部だった。その時点で、彼は脳内に何かを過ぎらせた。
だが、行動は直ぐさま行われた。
「……ッ!?」
その機械的生命体は、此方に向かって片腕らしき部分を向けてきたのだ。
唯その一瞬だった。
黒き光弾が、シロに向かって放たれた。
2
ドゴォォォォォンッッ!!
「何、アレ……」
小さく、サーバルが言葉を漏らした。
小屋の中から外を覗くサーバル達の眼には、信じられない世界が映し出されていた。
今までのセルリアンという言葉、その理屈の壁を越えた何か。
まさしく、その未知なる敵が、シロに牙を向け襲いかかったのだ。
「シロちゃんは……シロちゃんは大丈夫なの!?」
「……っ」
下唇を噛み締めて、手を合わせて祈る。
それしか出来ないのかと、自分に悔やみながらも、それでも彼の安否を願わずには居られなかった。
「……聞こえる」
ふと、フェネックが横から呟く。
「シロさんの声が、未だ聞こえる」
「ほ、本当ですか?!」
皆の顔が、彼の声一つに安堵の声を上げた。
だが。
「でも、未だ安心はできなさそうだよ」
「そ、そうだったのだ!!」
3
バヒュンッ!! と、土煙の中から現れる白き獅子。
片腕を振り上げ、真っ向勝負を仕掛けるが如く、その敵の前に飛び込んだ。
(核が何処か解らないが、顔があるんだったら……その目は見えてる目なんだよな!!)
彼は敵の眼前に飛び込むと、その拳を全力全開で振るい上げ……。
「オラァァァ!!」
振り抜いた。
が。
ガキィィ……ッ!!
鉄の鈍い音が、響き渡る。
その衝撃で少し動いた顔は、ブゥンッと振り回されシロの躰を薙ぎ払った。
「ガッ……堅過ぎる……ッ!」
腕の先に痺れが走る。
痛みを振り払おうと手を振るっていると、此方に向けて照準を合わせているメタリックセルリアンが視界に入った。
直ぐさまシロは横へと飛び退くと、元いた場所に黒い光弾が撃ち込まれる。
ボゴォンッ!!
シロは飛び退きながらも直ぐさま視界を戻す。眼前には既に照準を合わせ直したメタリックセルリアンが今にも放とうとしていた。
「……くっ!?」
ダンッ!! ダンッ!! ダンッ!! と、放たれる光弾を何度も躱すシロ。光弾を撃ち込まれた地面は硝煙のような臭いを土煙に乗せて爆風をもたらす。何度も何度も飛び退くシロだが、爆風の性で攻撃への転換が行えず、防戰一方の試合を強いられていた。
(このままじゃマズい……なら、一か八かだ!!)
飛び退いていた中で、シロは突如として動きを止める。
「し、シロさん!?」
遠くで見ていたかばんでも、照準を定められた直線上に立つシロに目を丸くする。
シロはジッと腕の中で溜め込まれる黒き粒子の集合を睨み付ける。
瞬間。
バヒュンッ! と黒き光弾は、シロ目掛け放たれた。
「……ッ!!」
シロは、飛び出す。
それも、光弾目掛け、一直線に。
このまま正面衝突をして突破を図ろうというのだろうか。
否。
シロは直前で躰を屈めた。
ズザザザザーッ!! と、スライディングを為るかの如く、光弾の真下の隙間目掛け滑り込んだのだ。黒き光弾は髪先をジリッと焦しながらシロの後方へと過ぎ去ると、その地面で爆発が起きた。
バゴォォンッ!! という強い衝撃音が背中に当たる。
それこそ、狙いだ。
滑り込んだ自分の躰を爆風で持ち上げ、加速への推進力にする。背中への爆風は熱く、一瞬シロの顔が苦虫を噛み潰したかのようにくぐもった。
だが、進む。
高々と飛び上がったシロ。
「
メタリックセルリアンの片腕の関節部分に向かって、シロは高らかに片足を振るい上げ……踵を多とした。
メキャメキャメキャァァッッ!!
腕の関節部にクリーンヒットしたのか、鉄が
「うォォォォらァァァァァァッッッッ!!」
振るい落した踵。
その力を怯めるつもりは無い。
渾身の力を持って、シロは脚を振るい回し、片腕を切り落とした。
メギャメギャメギャァァァァァァガギギギギギィィィィィィィッッ!!
機械からしてはいけないような、暴力による切断がされた。まるで人体を力だけで無理矢理引き裂き、血管や筋肉繊維が悲鳴を上げて千切れ行くような力業が決まった。
「……っと」
地面に着地し、一歩分だけ距離を取り構え直したシロは、関節部から硝煙を巻き上げたメタリックなセルリアンに向けて吐き捨てる。
「先ずは、一本」
集中力が極まったのか、肌から零れる光の粒子達は静かにポワポワッと浮き上がっている。
「さて、次は何処を望む?」
最早、ナルシズムな表面は無い。敵を眼前に、獅子とした堂々たる風格。
鋭い目付きと、片腕の鋭く伸びた爪。
片腕というディスアベレージでさえ、歴戰の猛者のような風格を醸し出す。
そう、言うなれば……獅子の本能の目覚めだった。
ホワイトライオンという、彼特有の一個性では無い。
獅子族の血故の、闘争。
それ故にか、彼の構えは独特だった。
「……凄い」
遠巻きに見つめるかばんでさえも、彼の姿は独特に映る。
片足を一歩前に出し、武人のような脇を締める構えでは無く、片腕をダランッと下に降ろし、顎を少し引いて睨み付けるその様。
まるで、真正面に立つライオン。
威風堂々たる獅子の立ち振る舞いは、勝利を確信させたかのようにも見えた。
だが。
ピピッ……ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピッッッ!!
現実は非情であり、戰い故に、闘争に終わり無し。
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