第四章 Vision.
第一節
0
赤色の眼が、闇より覗いていた。
1
どの位歩いたかもわからない。
太陽は頭上を通過し、怪しい雲がその天を覆っている。今はもう太陽の位置も不明だ。
だが、暗くは無い。
薄い雲が段々と分厚くなるが、隙間から溢れる光が未だ足場を照らす。薄暗い世界でも、光は見える。だから、夜では無い。
「……、」
ただ、歩み行く一行の空気は、同調したかのように鎮まっていた。サーバルとアライグマも、話すネタが切れたのか前を進む。フェネックはある程度の思考の整理が済んだのか、今度は周りに警戒しながらについて行く。
かばんは変わらない。
ただ、良い意味では無く、その顔は次第に嫌な思考へと引き摺り込まれ、青ざめて行く。
その緊張感が感染してしまったせいか、長らく休憩が無い。
その状況を見ていた、殿の少年は、小さく息を吐き捨てると共に、両手を広げようとするが、あるはずも無い片腕の感覚が空を切る。
仕方なく、彼は苦く顔を
そして。
「……ぶぇっっくしょんっっっ!!」
「ふぇっ!?」
「ひやぁっっ?!」
「のだぁ!?」
「……っ!?」
ドデカいクシャミが、彼女達の思考を蹴散らし爆音のように響いた。
「あぁ~……、ゴメン、クシャミ出ちゃった……??」
演技のつもりであるのだろうが、その真意関わらず、目の前の彼女達は大きく出た耳を塞いだり突然の爆音に立ち振るえたり硬直したりと……やり過ぎたらしい。
「シロちゃん!!」
「驚くからやめて欲しいのだ!!」
「う、うぅ……、流石にビックリするよぉ~……」
「……、」
「イヤーごめんごめん。少し休憩しないかな? チョット肌寒くなってきたし、お昼も未だだったしね」
「ハッ! そう言えばそうだったのだ。お腹がペコペコなのだ!!」
「何かいっぱい歩いてきたよね~」
「そうだったね! かばんちゃん、皆でジャパリまん食べようよ!! ……かばんちゃん?」
立ったまま。
「あー……」
白目を剥き。
「やってしまったねーシロさん」
口をあんぐりと開いたまま。
「か、かばんさんっ!?」
硬直し。
「やっちまったわー」
気絶していた。
「か、かばんちゃーーーーーん!!」
2
「はむ……」
ジャパリまんを小さな口で頬張り、木を背にして口の中で噛み締めるかばん。
離れた場所ではサーバル、アライグマ、フェネック、そしてシロが、楽しげに談笑していた。
だが、どうにも今はその楽しげな輪の中に入る勇気の無いかばん。感情が混濁とし、自分の中で何も見出せなくなっていた。かばんという少女の得意分野である考えることが、逆に彼女を惑わしてしまっていたのだ。
(僕は……)
考えれば考える程、思い浮かぶのは自分を責め立てる言葉だけ。
後悔だけが彼女の中で渦巻き、どうしようも無い言葉だけが哀しく浮かぶ。
あの時あんな選択をしなければ良かった。
あの瞬間、そんなことを思いつかなければ良かった。
後悔の数は増すばかり。
そして、それこそが人間なのかも知れない。
動物は実直的だ。悩む前に動き、己が道を真っ直ぐ進む。
だが人間は考えることが武器でありながら、考えることとは時に自分にも刃を向ける。諸刃であり、その刃に怯えている限りは、出したい解答など出てこない。
前に進む為に必死に抗おうとしても、後ろ向きな考えをし続ける限り、前を見ぬ限り、到底未来は見えず、過去の
今のかばんは正に其れだ。
予測の範囲でも、予感の中の考えであっても、その最悪の想像が渦巻く感情を更に掻き回される。ドロドロと混濁とした感情が、濁り、腐臭を放つ。
顔に出すまいと俯き、膝で覆い隠す。
だけど、苦しんだ表情は、拭っても拭っても消えなかった。
光明が見えない。
暗闇の中一人。
そんな闇の中で怯えていた。
その時。
ふと、光が見えた。
「……大丈夫かい?」
グシャグシャの顔を上げる。
そこには、少しバツの悪そうに微笑むシロが居た。
「いえ……」
「そっか……」
シロは、それ以上は何も言わなかった。
小さく吐き捨てて隣に腰掛ける。
視線の先では、三人が戯れている。
そんな風景を見つめ、彼は小さく吐き出し始めた。
「俺は、君たちとは違う世界から来たんだ」
「……え?」
突然の言葉に、かばんは驚きの余り素っ頓狂な声を上げた。そんな彼女の声に、彼も苦く笑って返す。
「変な話かも知れない。わからない話かも知れない。でも、俺はそんな、君たちとは違う場所で生きて、生き抜いてきた」
シロの眼は、何処か遠くを見ていた。
何処かもわからぬ、遠くを真っ直ぐ。
「俺はね、自分の世界で、大切な物を沢山作った。フレンズも、ヒトも、それ以外も、俺にとって大切な物が、その場所で沢山できたんだ。でも、大切なものが増えると守らなくちゃいけない人も増えた」
「それって……」
「そう、其れが俺の戰う理由。でも、簡単じゃ無かったよ。大切な人を守る為に戰って、傷ついても……立ち止まってはいけない。迷うことも、悩むことも、沢山あったさ。辛いときも哀しいときもあって、ある日俺は、皆を守る為に自分を犠牲にした」
「……自分を、犠牲に?」
「うん。俺のこの片腕が無くなったのは、その時の物なんだ。俺は、皆を守ろうと、一人で抗い続けた。大切な人を傷付けたくない余り、その人を遠ざけた。あの日程、苦しい思いをしたことは無かったなぁ……」
小さく、息を飲む。
「でも、そんな俺を助けてくれたのは……大切な人達だった」
「……ぁ」
かばんは、小さな声をまた漏らした。先程とは違う。目の前の少年。彼が強いのは当たり前じゃ無い。
「ずっと、忘れてた……俺は一人で戰ってきたんじゃ無い。皆と一緒に、皆と明日を過ごす為に……必死で戰ってきたんだって」
彼女の中で、小さく芽生える想いが有った。
失い欠けていた、無くし欠けていた……小さく、弱々しくも、育てて貰った、共に育んできた思いが。
「友達が、愛する人が……俺を諦めてくれなかった。皆の諦めない思いは、俺が辛くても、苦しくても、支え、押してくれたんだって……。だから前に進めたんだ」
強さは、一人の物じゃ無い。
強さもまた、成長。
育み、癒やし、鍛え上げる。
一つの、絆だ。
「ねぇ、かばんちゃん……」
「……、」
「君の……君が共に育んできた友達を……教えてくれないかな?」
「……ぃ」
漏れた。
漏れ出した。
喉の奥で溜まっていた思いが……流れ出した。
「居ます……サーバルちゃんが、ラッキーさんが……アライさんが、フェネックさんが……博士が、助手が……じゃんぐるの皆が、こうざんの皆が、ハンターの皆が、こはんの、へいげんの、ぺぱぷも、ゆきやまも、ろっじも……皆、皆……っ」
ポロポロッと、かばんの膝の上に落ちた雫。もう、混濁としていない。綺麗で、透き通った透明の雫が、瞳の奥から流れ出していた。
「皆と一緒に、頑張ってきましたっ! 色んな困難も、乗り越えて……進んで、皆が居たから……だからっっ!!」
苦しむ必要なんて無かった。
一人で何でも出来る訳無かった。
当たり前だ。自分は支えられていた。きっと一人でゴコクに来ても、その心細さが彼女を縛り上げてしまうだろう。皆が居て、隣に居て、支え合って……其れがどれだけ当たり前のように見え、そして大切か。
「それでねー……って、かばんちゃんっっ!?」
「ど、どうしたのだ?!」
「もしかして~、シロさんまたやってしまったの~??」
「ごめん、そうらしい。悪いけど、皆にお願いしても良いかな」
「……ぇ」
「もっちろーん!」
「というか、シロさんが悪いならシロさんが謝るのだ!!」
「あはは、すみません」
「おー、素直」
「ねぇねぇ、かばんちゃん、大丈夫?」
「……、」
震えた涙腺を手の甲で拭い、そして……サーバルにその顔を向けた。
向日葵のように、大きく開いた満面の笑み。
グシャグシャの顔が、より一層彼女を魅せた。
(……そっか、そうだったのか)
今は、四人が仲良く談笑している。
笑っている彼女達は、とても楽しそうだ。
そんな笑顔を、少し離れて見つめるシロ。
彼は胸に手を当て、密かに思う。
(ねぇ、かばんちゃん……今やっと、君の思いに気が付いた様な気がするんだ)
この世界のでは、無い。
彼の世界の、最愛のヒトへ送る言葉。
(俺はこの世界で、新しい出会いをした。そこで俺は、思い出せたよ。人とフレンズの絆の強さを。そして、それは君と俺の絆も同じなんだよね?)
(俺は、君を護り続けたいと思った。そして、君はあの日俺を救い上げてくれた。俺にはやっぱり、君が必要なんだ)
(だから、待っていてくれ……俺はきっと、全ての役目を果たして、欠けた腕を取り戻して、君が産んでくれる俺らの子供を抱き上げて……そして、また笑顔で暮らそう)
誓いを立てた。
己の信念を再確認した。
彼は、穏やかな気分だった。きっと焦るべきなのだろうが、それでも何処か満たされていた。
焦りは、満たされぬ心に忍び寄る病だ。
だが、今の彼は違う。
彼は、本質的にヒーローなのだ。誰かを見捨てられない。その手を伸ばし、その命を紡ぐ。繋いだ線が、彼に新たな感情をもたらし、そしていつか其れは永遠に続くのだ。
見果てぬ先の、その先まで。
3
昼食を済ませ、彼等は支度を済ませる。
淀んで行く雲を見て、シロとかばんは薄々その後に来る物を感じ取っていた。
「それでは、先に進みましょう。もしかしたら雨が降るかも知れません」
「はいはーい!」
「了解なのだー!!」
「はいよー」
「……ははっ」
不意に、一番後ろでクスクスと微笑むシロ。
皆は不可思議に「どうした?」と言わんばかりの顔で彼を覗き込む。
「ああ、ごめんごめん……何となくさ、これが君たちのいつも通りなんだなぁってさ」
「「「「??」」」」
「あー、さ、行こう行こう!!」
「あーー!! シロちゃん突然走るなんてズルいよ~!!」
「待つのだ~!!」
「えっほ、えっほ」
「待ってくださーい!!」
シロは、子供に戻ったようだった。
青春を余り知らぬ少年の、小さな一ページだった。
ただ、一時の感情でも、一時の出会いでも、何故か、この瞬間が愛おしかった。
きっと戻ることの出来ない時間。
其れが小さな隙間だとしても、この感情は決して忘れてはいけないと。
心に刻んだ。
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