第二節
1
その、闘志溢れた背中を、かばんは見た。
その人は今、フレンズの姿をしている。
だけど、何処か違う。
フレンズの血を引いているからとか、人の血を引いているからとか……きっと、それらの言葉では言い表せない場所に居る。
目の前のあのセルリアンは、嘗て見た巨大なセルリアンよりも凶暴で、荒々しい。意志を持っているような、何かの目的があるような……“恐怖”という言葉を良く理解している象徴なのだろう。
そう……そう言うのであれば、きっと目の前の白き獅子は、もっと別の何か。
そう。
それはまるで。
――“
2
目の前を歩んでいた獅子。
彼は途端にその場から消え、突風をいなして異形の黒セルリアンへと突っ込んだ。
「……っ!!」
加速の中でギュルンッ! と躰を回し、渾身の蹴りで怪物の胴体を支える足の一本を地面から切り離す。
姿勢を崩したセルリアンは胴体を地面に落としてしまうが、直ぐさまシロに向かって躰を捻り回して前足を振るう。
四つん這いならぬ六つん這いの黒セルリアン。奴から振るわれる片前足を潜り抜け、地面に近い顔面に向かって、片拳を打ち込んだ。
バゴォォンッッッ!!
「――ッッ?!」
殴られたセルリアンは直ぐさま顔をシロに向け、反対の前足を振るう。
「よっとぉ!」
対するシロは直ぐさまその足を飛び越え、空中で躰を捻り再度反対側の顔面に蹴りを放った。
ボゴォォォンッッ!!
(流石に蹴った所で脳震盪なんて起こさないか……)
着地した瞬間に一瞬だけ視線を横に移す。石の在処を探すように目を凝らすが、胴体の下からではその石の一を特定できない。
直ぐさまセルリアンは、前足で薙ぎ払うかのようにシロへと迫っていた。
「はぁぁ……たァッ!!」
瞬時にため込んだ拳を、振るわれた腕諸共弾き返す。セルリアンの腕はシロが放つ拳の威力によって躰事仰け反ったのだ。
グググッ……と。
その隙を見計らい、シロは地面に踏み締める足に力を溜め込むように屈み出す。
一寸、ブワンッ!! と彼の足からサンドスターが排熱するかのように放出され、そして……。
ビュオンッッッ!!
飛んだ。
否。
飛ぶというよりも、自身の躰を跳ね上げ……追い打ちを掛けた。
ドゴォォォォォンッッ!!!!
胴体を、蹴り上げたのだ。
「強い……」
遠目から見ていたかばん達の眼には、今まで戦ってきた……今まで傷付け合ってしまったフレンズ達のそのどの闘いにも属さない……人間離れしたその動きに、目を奪われていた。
渾身の蹴りは、巨大なセルリアンの胴体を数メートル浮かせる。勢いのままにシロはそのセルリアンの躰に掴み掛かり乗り上がった。
「さ~って、石はっと」
グルリと見渡す。
すると、蜘蛛の腹部とも似た後身の中央。一瞬反射するかのように燦めく何かを捕らえた。
「彼処か……やべっ!?」
シロは何かを聞き取ったのか直ぐさま振り返ると、そこには胴体の関節など関係が無いかのように、首が後ろを向き、自身をその単眼で捕らえている視線と目が合う。
前二本足も関節を無視するような動きで拳が迫り、咄嗟にシロは後身へと駆け出す。
ビュオンビュォォォッ!!
背中を過ぎ去る拳の風切り音を余所に、白き獅子は駆け抜ける。
獲物は見えた。
視界に捕らえた。
ならば十分だ。
背後から迫る、更なる拳。
だが、振り返ることも無くシロは進み、またも高々と飛び上がった。
浮遊していたセルリアンの躰が彼のジャンプによって地面に突き落とされ、土煙を上げて黒セルリアンは落ちる。その衝撃で拳の照準は狂い、自分の躰を殴ってしまっていることを余所に、シロは渾身の足で高く飛び上がり、捕らえた。
獲物は彼処だ。
急所は一ヶ所。
たった一撃を、渾身の爪に乗せろ。
高々と飛び上がった白き獅子は、怯んだ黒セルリアンの石を、砕き貫いた。
パッカーンッ!!
何かを爆破させたかのように、セルリアンは爆風を撒き散らし四散する。
土煙が押し退けられ、かばん達がその土煙から瞳を守った後に見たその場所には、白き少年が堂々たる立ち姿でそこに居た。
が。
「……っ」
不意に、シロの野性解放が解かれ、地面に膝を付ける。
「……はぁ、はぁ」
荒々しい息を吐き捨て、呼吸を整える。
「……ぁ、し、シロさん!!」
「シロちゃ~ん!!」
かばんとサーバル。後に続いてアライグマとフェネックも駆け寄ってくる。
「あー……、無事だった?」
「い、いえ……僕たちは大丈夫でした。それより……」
「シロちゃんって強いんだね!!」
「……え?」
「そうなのだ! あんなにおっきいセルリアンを簡単に倒して見せてくれたのだ!! シロさんは凄いのだ!!」
「え、えへへ……そ、そうかな?」
褒められ、照れ惑うシロ。髪を掻き、慣れぬ褒め言葉に讃えられながらに立ち上がった。何事も無かったかのように彼女達の言葉に間抜けな声を上げながら答える少年を端に、かばんはシロのことを
そして、もう一匹。
フェネックは……別の方角を向いていた。
「……、」
此方もまた、訝しげな顔で。
3
「……、」
先程のセルリアンを打倒したことで、かばん一行はその道の先へと進む事が可能となり、歩み続けていた。前ではサーバルとアライグマが何かしら喋り会いながらに先導し、その後ろではかばんが俯き、フェネックが腕を組み何かを黙して考え込む。
そして、
(……おかしい)
彼もまた、頭を回し彼のみの事情について頭を巡らせていた。
(最初の時からそうだ。いつも以上にサンドスターの消費が激しい……。あの時のドッと来る疲れだって、いつもより大きかった。何か……この世界は変だ)
彼はふと、かばんの言っていたことを思い返す。
その言葉の数々の中から、この世界についての何かを思い出せるのでは無いかと頭を悩ませるが、最も結合するワードが浮かんでこない。
彼は頭の中でそのモヤモヤする感覚に悩まされながら、考え半ばに前を向き、彼女達を見つめてみた。
「……、」
彼女達の背中は、小さく、少女特有の華奢で柔らかそうな背中だった。
飛び跳ねるサーバルはきっと健康的で、アライグマは擦る手を見て手先が器用だと再納得する。フェネックの悩ましく考える姿は、何処か透明感のあるできる女性感が強く、大きく膨らんでいる耳にはきっとなんでも届いてしまうのだろう。
かばんちゃんは……、最早言葉で表せない程凄い。
(やっぱりかばんちゃんはかばんちゃんだよなぁ~)
顔がほころぶ。
ただ、そんな風に考えると、彼が本来までの場所で行ってきたことを思い返す。
サンドスターコントロールによる、プラズムを応用した片腕の復元。期間が一ヶ月を切っているというのにも関わらず、今彼は別世界で彼女達の警護のような場所で彼女達を守っている。
自分の世界のことも大事だが、彼はどうしても何処かの危機を放っておけない。それが彼の良い点でもあり、悪い点でもあるのだろう。
だからこそ。
(そんな彼女達が、あの脅威に打ち勝ったんだよなぁ)
今は他人事では無い。
現にあの現況に出会い、その脅威を自覚した。
人間ではなくセルリアン。だが何処か人間臭く、人間の軸をかけ離れた存在。
異質に見えて、身近に感じる。
そんな混乱するような敵に、その小さな躰で彼女達は戦った。
きっと多くの傷を背負ったはずだ。
きっと多くの涙を流したはずだ。
きっと掛替えの無い物を失い欠け、その恐怖が未だ残っているはずだ。
なのに、前に進む。
その足が、一歩一歩前に……進んでいる。
(きっと俺は、イレギュラーだ)
ふと、シロは実感した。
(あの世界だったら、俺は当たり前のようにこの力を振るっていたし、当たり前のように自分を犠牲にしてたさ……でも、それは俺がそういう種族であったからな訳で、そんな力、彼女達には無かった筈なんだ……それでも)
挑んだ。
懸命に、その難題に、悩み、悔やみ、涙を流し、怯えても。
進み続けた。
そして、選択した。
その騒動の結末を。
だからこそ、シロは心底思う。
きっと此所には自分が居ない。
そういう世界だと、肌で実感している。
それを比喩にするつもりは無いが、それを比喩にしてでも言える。
(強いなぁ……)
力とか、きっとそういう物理の世界に通づる力量の話では無い。
シロはその背中達を見て、実感しているのだ。
彼女達の、向き合う強さに。
彼は優しい。
そして、その眼は純粋だ。
良くも悪くも、その姿を鏡のように純粋に映し出す。
下心など、欲の一種な話だけ。
それを除いても除かなくとも、その優しさは透き通るように本質を見る。
だからこそ、気が付いてしまう。
……そう。
(かばんちゃん……一体何を悩んでるんだ?)
その勘もまた、彼らしい点だ。
今は未だ、その残痕の片鱗に手を伸ばしただけ。
そして、彼が問題視する物は未だ残っている。
シロ。
少年は、この世界に触れ、その強さを知った。
そして、彼は手を差し伸べる事にした。
きっと答えは未だ見えない。
ただ、きっと。
伸ばすことに、意味がある。
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