第三章 Scramble.

第一節

   1


 夜が、開ける。

 バスの中ではかばんやサーバル達が吐息を漏らしている。朝日が昇り始め、陽の光に照らされていながら、未だ夢心地の中で微笑んでいた。

「……、」

 一人、バスの天井で腰掛け、朝日を眺める一匹の白獅子を置いて。


 昨晩の彼女の……かばんの話を聞いてから、彼は眠れなかった。冴えた目が、夜が明けるまで途方もなく遠くを見つめ続け、唯動くことなく……その時間は続いて行った。


(知らなかった……)

 彼は今一度、確信する。

 森の中で出会ったあの正体。

 それが、彼女達から嘗ての笑顔を奪った根源だという事を。

 そして、その話を聞く度にふと彼女達の顔を思い出す。


 ――今でも彼女達は、心の底から笑えているのだろうか?


 きっと、キョウシュウではその傷跡を胸に生きているフレンズが沢山いる。未だ癒えぬその心と、向き合いながらも、未だ払拭できぬフレンズがいる。

 たった一つの事件。

 だが、そのたった一つの出来事だけで、世界とは一変する。


(辛くない訳ない。彼女だって、旅に出ても尚その傷と戦い続けてきたはずだ……それに)

 石の話を聞いた。

 セルリアンから石を摘出する。そんな大掛かりな話を今までに聞いたことがなかった。でも、それでも彼女はあの黒い存在の石を抜き出し、側に持ち続けた。人間でもその選択を取ることは容易ではない。弱き憎悪によってその石を砕き、僅かばかりの安堵だって得られたはずだ。

 それでも彼女は、その許す強さを持って、石となった彼女を連れ回した。


 だがどうだった?


 シロが見た彼女……黒かばん。

 彼女は復活した。

 そんな彼女に変化はあったか?

 かばんが願ったようにフレンズやヒトの良さを理解していたか?


(かばんちゃんには悪いけど、それでも現実ってのは……そう甘くないんだ)

 知っている。

 シロも、人間の悪面を知っている。


 いや、きっとかばんよりも、黒かばんという脅威一つだけではないほどに、彼は知り、そして逃げて来た。唯きっと、この世界のかばんと、シロには決定的な差があるのは自覚していた。

(今までずっと、認めてくれる奴が居ない……答えのない問題の中で今でも抗い続けてるんだ……この子は)

 ふと、視線を落とし、バスの天井を見つめる。その先にはきっと、今は何も考えず安らぐように寝ているかばんが居る。


(言うべきじゃ……無いよな)

 きっと、彼女が復活したことを話せば、その責任感に押し潰される。そうしたが故に、不注意が故にと、例え誰かが励ましても、それでもその罪を背負い続け生きていかなくてはならない。


 だから。


「……、」


   2


「おはようございます、シロさん」

 寝起きの彼女のボサッとした髪型は、彼にとって既視感の感じる物が有った。

(やっぱりかばんちゃんは何処でも可愛い)

「どうかしましたか?」

 シロの視線が気になってか、かばんはコトンッと首を傾げてシロを見ていた。純粋無垢な顔でそんなことをされると、シロも「ンッ!」と唸り声を上げ自分を押し殺す。

(この子は別世界のかばんちゃん俺の世界のかばんちゃんじゃないんだでも同一人物だけどもかばんちゃんであってかばんちゃんじゃないけど可愛すぎるやっぱかばんちゃんサイコーじゃないか!!)

「おはよー……、かばんちゃん。シロちゃんどうしたの?」

「え、えっとー……わかりません」

 目の前で何かに苦悶し悶絶しているシロを余所に、かばんは寝起きのサーバルに挨拶をする。その後ろからフェネックも顔を出して、その光景を目の当たりに為れば。

「……かばんさ~ん」

「うぇっ?! フェ、フェネックさん……おはようござい」

「もしかして、やってしまったか~い?」

「えぇぇ!?」

「えっ!? かばんちゃん何かしちゃったの!!」

「ぼ、僕何もしてないよ!!」


「かばんちゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああん!!」


「シロさん僕こっちです!!」


 シロは海の向こうに叫び、フェネックはクスクスと笑っている。かばんは慌ただしく眼を回してオロオロとしており、サーバルはちんぷんかんぷんと言ったような顔だった。

 因みにアライグマは未だスヤスヤと夢の中で巨大ジャパリまんじゅうに包まれていた。


「むにゃむにゃ……アライさんのなのだぁ~……」


   3


「あ、そう言えばシロさん。コレお返ししますね」

「……コレは?」

 手渡されたのは、一つの機械の部品のような物だった。形状は歯車だったのだが、シロにはそれを持ち合わせていた記憶は無い。

「シロさんの物じゃないんですか?」

「え、まぁ……俺のでは無いと思うけど……」

「変、ですね」

「変?」

「そうだよ! だって、シロちゃんと始めて会ったとき、ずっとコレ握ってたんだもん」

 かばんの横からひょっこりと現れたサーバルが指摘してくる。片方しか無い腕の中にそんな物を握っていた記憶は無い。むしろ、敏感になっている片腕なら気が付いても良いはずだ。

 意味がわからない状況にムムムッと悩ましげに顔をしかめるシロ。そんな彼に察してか、ふとかばんは腕時計状態のラッキービーストに問いかけた。

「ラッキーさん、これが何か解りますか?」

「見タ目ハ機械ナドデ使ワレル歯車ト同ジヨウダネ。少シスキャンシテミヨウカ」

「お願いします」


 かばんは頷くと、腕時計状態のラッキービーストに見えるように歯車を持ち変える。腕時計の部分から光が照射され「解析チュウ……解析チュウ……」という電子音が小さく響く。


 だが、どうやら難航しているのか、ラッキーは途中から黙りだし、長く時間を取り解析を続けると、ラッキーからの返答が帰ってきた。

「解析完了。カバン、コノ“歯車”ハドウヤラ普通ノ歯車デハナイヨウダネ」

「普通じゃ、無い?」

「コノ歯車ニ使ワレテイル金属ハ、僕ノコンピュータニハ登録サレテイナイ物ナンダ。ツマリ、コノ歯車ハ地球上ノ物デハ無イネ。計測デキル臨界点ヲ超エタサンドスターモ検出サレタヨ」

「え、えっと……」

 聞き慣れない言葉の数々に悩ませられるかばんに、シロが横から口を挟む。

「つまり、この歯車その物が、サンドスターって事か?」

「一概ニソウトハ言エナインダ。寧ロ、ソノ中ニ含マレテイルト云ウベキカナ。君ハ詳シイト思ウケド、フレンズニ近イ状態ナンダ」

「フレンズに、近い?」

「と云うことは、この歯車はフレンズさん……と云うことですか?」

「……そっか。いや、多分違うんだ。動物がサンドスターに当たってフレンズになるって事は、動物の体内にサンドスターがある状態……簡単な話だと、この歯車にサンドスターが当たった状態に近い……って事か?」

「ソウダネ」

 シロの解釈に、ラッキーは言葉を返す。その言葉にようやく頭が追いついてきたかばんは、ゾッとした表情で聞き返してきた。

「あの、それってつまり……もしかしたらセルリアンになると言う事ですか?」

「無機物にサンドスターが当たれば、そっか、そうなるもんね」

「イヤ、僕ノ推測ダケド、ナラナイト思ウヨ」

「え?」

「もしなるんだったらもうなってるって事か?」

 かばんの小さくホッとした声を余所に、シロは更に追求を続ける。

 ただ、多少黙したラッキービーストは、次のように告げてきた。


「チガウヨ。イヤ、正確ニハワカラナイケド、僕ニハソノ歯車ハ……生キテイルヨウニモ思エルンダ」


「「生き、てる?」」

 二人が、ラッキービーストの言葉に目を丸くした。

 無機物に近いその歯車。サンドスターに当たればセルリアンになるかも知れない。だが、そうはならなかった。だが生きている。否、きっとラッキーの思惑としてはそれに近い何かを感じ取ったのかも知れない。早急な脅威とはならなかった物の、その歯車は今この時点この場に置いて……最も異質的に見える。


 ふと、かばんはその歯車を持ち続けながらに、首を傾げた。

「シロ、さん。僕、何となくなんですけど、危ない物だとは思えないんです」

「どうして? もしかしたら、セルリアンになるかも知れないんだよ??」

「いえ、そうなんですけど。……不思議と、そんな感覚が無いというか……」


「もう! 二人とも難しすぎて解らないよ!!」


「「うわぁっっ?!」」


 間を割って入ってきたのはサーバルだった。腕をぶんぶんと振るい、強く主張してくるその姿に、溜まらずかばんも「ごめんごめん」と返していた。

 かばんとシロは取り敢えずと話を一旦切り、朝食のジャパリまんの準備にバスの中に戻った。


 そんな中で、ふとシロは再び水平線の向こうを眺める。

(感覚……そういえば、俺がこっちに来たときも、来てからも、ずっと違和感に襲われてばかりだった。……そうだ、まるで……何かに見られているかのような)


『……、』

「……ッッ!?」

 瞬間、シロは逆方向に素早く振り返る。本能的に野性解放をし、タテガミや爪を伸ばし砂浜の奥の木々の間を睨み付け構えた。

 だが。

「気の、性か?」

 何かを感じ取ったと思ったシロ、だが、その正体は何も無い。思い過ごしかと野性解放を抑え、彼もまた、朝食に有り付こうとかばん達の元に向かって行った。


   4


 ジャパリまんを食べ終えた一行。

 シロは行く宛がない為に、その旅に同行することになった。

 彼にとっても黒かばんの動向は気になるが、かばん達の安否も気になって仕方が無い。土地勘の違う場所と、黒かばんの存在。何が起こるかも解らない状態で放っては置けない彼の良心がそうさせていたのだ。

 だが、黒かばんの復活については話せなかった。


 それこそ、そこまでの事情を聞き、彼女自身を追い詰めることは出来ない。

 だが、孰れは公になる可能性もある。


 彼は今、その間で葛藤しながら、彼女達と共にいた。


「それでは、出発しましょう!」

 彼女の声に同調するように彼女達もまた「おー」と声を上げる。遅れ気味にシロも同じく声を上げたが、逆に目立ちかばんが小さく微笑んでいた。

 それだけでも可愛い。


 砂浜を抜け木々の屋根を潜り抜ける。木々の葉が微風に当てられ揺れ動き、隙間から射す光が瞼を細めさせた。緑のトンネルを抜ければ、そこには山の麓沿いを進む道が続いている。

 かばん達はその道を談笑しながらに進み続けた。

「そう言えば、シロさんはここら辺に住んでいるんですか?」

「え?」

「そういえば、シロはフレンズなのだ? ヒトなのだ??」

「あ、いや、ちょっと……」

「シロさんって名前って、ちょっと不思議だよね~」

「いや、質問は一つずつ……」

「シロちゃんはどうして此所に居るの~?」

「あ、あの~」

「シロハ、ドコカラ来タノ?」

「ラッキーまで!?」

 皆が皆、思い思いの疑問をぶつけてくる。好奇心旺盛なのはヒトもけものも同じなのだろう。彼もその質問の応酬にふと自分の居た世界と照らし合わせて考えてしまう。

「み、皆さん。シロさんが困ってますよ!」

「あーごめんごめん」

「じゃあ私からー!!」

「アライさんが先なのだ!!」

「ちゃんと答えるから! ね!?」

「で、結局シロさんはどっちなの~?」

「「フェネックぅッ!?」」

 漁夫の利を狙った鳥のように、スーッと掻っ攫ったフェネック。

 シロは少し困り、頬を片腕の指で掻きながらに答えた。

「俺は……、一言では言えないんだけど、フレンズとヒトのハーフ、なんだ。……言って解る?」

「「「「ハーフ?」」」」

「ダヨネ知ってた……ヘイ、ラッキー」

 ラッキーはシロの声に反応して、ハーフという単語の説明を始める。


「ハーフト言ウノハ、言葉トシテハ“半分”トイウ意味ナンダ。ソシテ、シロガ言ウハーフト言ウノハヒトトフレンズノ両親カラ……ツマリ親ガヒトトフレンズデ、ソノ性質ヲ半分ズツ持ッテイルンダ。簡単ニ言ウト、半分フレンズデ半分ハヒトトイウ事ダヨ」

「「「へ~」」」

(……これ言って良かったっけ?)

 今更になってシロは自分の行いに我に返る。質問責めにされてしまったからか、安易に言った自分に疑問を持つが、言ってしまった以上今更だった。

「でも、シロさん。フレンズさんと同じような尻尾や耳が無いですよね……」

「野性解放すると出るんだ。そうだな~……、野性解放したらフレンズになって、しなかったらヒトって言えば良いかな」

「そうですかぁ~……」

 何処か不満げなかばん。

(やっぱ何処に行ってもかばんちゃんはかばんちゃんなんだなぁ~。あからさまに耳と尻尾を気にする辺りミライさんの遺伝子あるよ)

 自分が悪い訳でも無いはずなのに、何処か申し訳なさそうに苦笑いを浮かべるシロ。此所で野性解放して好評を取りに行くのも手だが、それはそれで自分の世界のかばんにミンチにされる疑惑が発生するので、背筋に感じた悪寒に従い野性解放は留まった。


「じゃあじゃあ! シロちゃんは何処から来たの!? ヒトだから外?!」

 サーバルが意気揚々と手を挙げてグイグイとくる。その勢いにまたも気圧されながらに答えようとしたが、そこで喉に何かが詰まるような間隔が彼の口を止めた。

(外からとか、きっと別の場所からとかは……流石に言えないよなぁ……)

「えっと~……詳しくは言えないんだけど、遠くから、かな」

「どの位遠いのだ!?」

「いやー、は、果てしなく遠くからかな~……」

「まさかッ!」

「ギクゥッ!?」

「空から来たのか!?」

「……飛べなくてゴメンね」

「アライさんやってしまったね~」

「ふぇぇ~!? 何故なのだ!! 遠いと言ったら空じゃないのだぁ~?!」

 遠いという言葉を使ったのは失敗だったかも知れない、とシロはまたも苦笑気味に頬を掻く。まるで文化の違う外国の人間と話している気分で、触れられない部分を暴こうとする性分は矢張り特有の物としか思えない。それ程に彼への質疑は止まり無く続いていた。


「……ん?」

 ふと、フェネックはその大きな耳をピクリッと動かす。

 サーバルもまた同じく、その耳がピクリッと動いた。

「どうしたの?」

「なんか凄い速さでこっちに来てるね~」

「……やばいよやばいよ!!」

 山の奥を見つめていた二人の言葉に、シロもまたその方角に目を向ける。特に変わった光景は無いが、ふと遅れてドドドドドッッ!! と地響きに似た音が近づいてきていた。

 そして、気が付いたときには。


 ドゴォォォォォンッッ!!

 木々を吹き飛ばし、彼女達の行く道を荒々しい登場で塞ぐ巨大な影。

「……なッ?!」

 胴体から蜘蛛のように伸びる六つの豪腕が、地面を抉る。

 シロの身長を二・三倍の大きさで上回る、黒い肉体の単眼生物。口や牙を備えたキメラのような黒セルリアンは、腕のような形をした四本足を地面に刺し、二本足を胴体と共に上げその巨大な躰を使い威嚇するように叫んだ。

「――――――――――――――――――――――――――――――ッッッッッ!!」

 声とも言えない、輪唱のように響き渡る音のような咆哮。


 異形の黒セルリアンは、その行く手を阻むかのように、堂々たる躰を持って彼等に襲いかかる。


 前身を使って振り下ろされる拳が、彼女達を襲う。

「ヒッ?!」

「……ッッ!!」


 ドゴォォォォッッッッ!!

 彼女達の居た場所に豪腕の拳が空中高くから飛来した隕石のように地面へと突き刺さり、土煙と地面の土を巻き上げる。クレーターのように捲れた地面から、一帯を覆うような土煙が辺りを散乱し、かばん達の安否は……確認することも出来なかった。


 その中では。


「……っと」

 その拳より彼方。

 五〇メートル以上有るであろう場所に、五人共が無事に居た。

 その中心では、四人の少女を片腕で抱き抱えて地面にその足を踏み立ち、躰からきらめく粒子をフワフワと放出させる……白き鬣を靡かせた少年が一人。

「シロ、さん?」

「ふぁ?」

 牙にはアライグマの襟を咄嗟に噛み掴んだからか、言葉になっていない返答が返ってくる。

 シロは、彼女達をその場に降ろし、誰も怪我をしていないことを確認するとゆっくりと立ち上がった。


「さて、此所は俺の出番だね」

 彼女達に、優しく告げる。

 白き鬣、長く伸びる尻尾、鬣の中から顔を出す耳先。

 先程までの少年とはガラリッと変わり、優しげだったその瞳は鋭く尖り、口元から八重歯が見え隠れしていた。


「あの……」

「大丈夫……さぁて」

 異形の黒セルリアンに向かって、一歩……また一歩と進む。


 彼方の方角に居る奴に向かって、シロは吐き捨てた。


「ここからは、俺の出番ステージだ!!」

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