第二節

   1


「ウォォォァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアッッッ!!」

 白獅子、叫ぶ。


 怒号を交えた、その叫びは空気を震撼させ、黒かばんの躰にビリビリッと電気が走るように響いた。

「アハ、アハハハハハ!! 怖いですねェ!! でも、やっぱり獣はこうでなくっちャ……ッ!?」

 瞬間。


 腹部を伝う強い衝撃が躰を走る。

 黒かばんの演説を無視し、彼の拳は怒り任せに彼女の躰を撃ち抜いた。

「ガッ……バッッ!?」

 その勢いのままに彼女の躰は地面にたたき落とされ、跳ねる。

 ドガァァァッ!! と衝撃音をけたたましく響かせ、彼女の躰が跳ねたかと思えば、シロは躰を捻り黒かばんの躰を蹴り飛ばしていた。

「……ルルルルルルッ!!」

「ガハッ!? ケホッケホッ……良いですヨ。真逆、ボクの力無しに野生暴走を引き起こせるなんて……君は素晴らしいですヨ! 真に求めた人材!! 本能の究極!! コレこそ獣の真意じゃないですカ!!」

 痛みを帯び、苦しんでいるはずの黒かばんが高らかに笑う。彼女にとって痛みや苦しみは過程に過ぎないのだろう。最早そのまがらぬ精神は畏怖さえも憶える。


 だが。

「別に、

「……ハァ?」

「でもさ、やっぱ気にくわねぇよ……その姿で、そんなことを言う奴が……その姿で下品な笑い方をする奴が……その姿で涼しくクソみたいな事を出来る奴がッ……イッチバン気にくわねぇッッ!!」

 ギャォォォォッッ!! と、まるで咆哮のような怒号。彼にとってその姿で目の前に現れることも、その顔でその言葉を発することも、絶対に赦したくない現実には違いないのだ。

 だが。


「そっカ」


 小さく呟いた。

 黒かばんは、何処か笑みを押し殺すように、起き上がらせた躰で、俯いた顔で……顔を上げ、邪悪な笑みをシロに向ける。

「たった一つのトリガーでそこまで暴走できるんダ!! 君には素質があるヨ!! 君はボクにとっての最高の獲物になれるサ!!」

「意味解んねぇって……言ってんだろ!!」

 力任せに野性解放を極限まで高め、地面を踏み抜き黒かばんに拳を振るう。

 だが、彼女は避ける素振りもせず、まるで殴ってみろと言わんばかりに棒立ちするだけだった。


 シロの覚悟は決まっている。

 アイツはかばんじゃない。


 顔を真似たマリオネット人類悪顕現、悲劇を呼ぶ機械だと。


 拳は迷わず、黒かばんの腹部を狙う。


 ――ニタァ


 視界の端に、不気味な笑みが映った。

 だが、関係などない。


 拳は、迷わず……黒かばんを貫いた。

 ……が。


 ズボォォッッ!!


「……なっ!?」

 激情になるな……と、いつかの日に言われたことがある。

 気が付くべきだった。例え力量で上を行こうとも、勝る知識が在るとは限らない。


 ガシィッ!! と、黒かばんは己の躰を貫いた拳の腕を力強く掴む。

「ガッ……アァァァァ!!」

 腕を通じて、何かが躰の中に侵入してくる。

「アハ、アハハハハハッ!! ボクも復活したばかりで余り力を使いたくなかったんですヨ!! だから助かりましタ。こんなにも簡単に!!」

 黒かばんを貫いた場所から、不快な音がシロの耳に触る。まるで蛭にでも触ったかのような不気味な感覚と、肌を抜けて何かが入り込む感触。


 嘗て、黒かばんは己の中で変異的なサンドスター・ロウを作り出し、大気に巻き上げ、フレンズ達を暴走に追い込んだ。

 シロの欠点は真にそこだ。


 


「どういう訳カ、あの事件を知らないなんテ。しかシ、それはそれで面白そうですけどネ」

「クソッタレェ……ッッ!!」


 内側から焼けるような何かが躰の中で膨れ上がる。己の意志でも押さえ込めないような、真に欲望の暴走。


「ガ、アア、ガ、ガァァァァァ!!」


 彼を飲み込もうとする、黒かばんの闇。

 必死に抗おうとするシロだったが、押し返せない猛襲に気の狂いそうな感情が思考を乱す。


 微かに残る意識を使い無理矢理抵抗するも、真に暴力的な連鎖だった。その暴走を食い止める抜け穴がない。次第に彼は弱り続け……だがそれでも抗い続けた。

(……、)

 ふと、その抗いに負けてしまったかのように、瞳を閉じてしまった。

 力任せではどうにもならない不可抗力に、彼は屈服したかのように黙り込んでしまった時だった。


 ――シロさん。


「……ッッ!!」

 ブワァァァッッ!!

 突如、彼の躰からサンドスターが噴き出す。

 それも、サンドスター・ロウを力尽くで押し返す程の強い力が、彼の躰から。

「なッ!? 何処にそんな力ガッッ!!」


 嵐の眼のように、躰中から噴き出す輝きの暴風は黒かばんの躰さえ吹き飛ばし、シロの周りで渦巻く。

 彼の心臓を中心に、またもやサンドスターが銀河の輪のように輝き回るのだ。


 だが。

「……ッッカハ、ハァ、ハァ」

 黒かばんを押し退けた後は、彼はグッタリと膝を突く。


 跳ね飛ばされた黒かばんは、起き上がって彼を注意深く見つめていた。

(最後の最後で、気力だけで吹き飛ばしタ……? いや、真逆……)


 不意に、彼等は二人同時に視線を周りへと向ける。

 どうやら、先の騒動に乗じてセルリアン達が集まり始めていたのだ。


「アーララ……どうやラ、お遊びは此所までのようですネ」

「なッ!? ま、まて……っ!!」

 追いかけようと手を伸ばすが、思った以上に張り切りすぎたのか、シロは息を切らしながら手を地面に付けてしまう。


「それじゃ、また何処かデ~♪」

 タッタッタ~っと彼女はそそくさと逃げ出し始めた。

 先程まで加えていたダメージなど無かったかのように、軽快に夜の闇の中に消えていく。


(クッソ、真面目に戦って無かったのかよ……いやそうだろうけど。つか、俺もどうしたんだ? ガス欠って訳でも無いのに)

 息を整え、シロは立ち上がる。

 眼前に広がるセルリアン達。数こそ居ないが地の利が厄介だった。


 それ以上に、戰いの果てに、その思考を一旦整理できる状況になって、理解する。

「……此所は、何処だ?」

 違和感の正体。


 だが、それでも今はこのセルリアン達をどうにかしなくては成らない。

(妙に体力だけ疲れてる……とにかく、せめて何処かに隠れて過ごせれば)


 野性解放のまま、逃げる先を見渡す。

 軍隊程では無い以上、チャンスはある……そう、考えていた。


「――ッ」

 それに気が付くまでは。


   2


 シロとの戰いの後、黒かばんは山を駆け抜け何処かの畔に辿り着いていた。セルリアンである自身は襲われない利点と、あの状況下だからこそ逃げて来れたが、問題は山積みだった。

(厄介ですネ……でも、彼の本能には致命的な穴が在っタ)

 畔で腰を落ろし、俯き考える。


(ボクを殺すことは出来なかっタ……だけど、機会はあっタ。つまり、本能の奥底では僕の姿である以上野生暴走をしても殺せない上に、戦いでボクが死ぬ事は無イ)

 糸を縫い合わせるように、彼女はシロ攻略の糸口を結んで行く。

 だが、一つだけ、どうしても見逃せない点があった。


「でも、アイツは何者なんでしょうネ」

 水辺の中に移る自分に問いかける。

 彼の言葉の節々に、違和感があった。


「けド」

 だが、彼女はその問題に一旦を付ける。


「先ずハ……あっちかナ♪」


   3


「かかか、かばんちゃぁ~ん」

 夜の森の中。

 かばん、サーバル、アライさん、フェネックの四人は、黒かばんの核を回収しに来ていた。復活したことを知らない彼女達は、見付かるはずも無い物を探し続け、偶然セルリアンの群れの中に居合わせてしまったのだ。


 怯えながらに両手を挙げて威嚇をするアライグマに、その背中で冷や汗をかきながら笑むフェネック。かばんを守ろうとサーバルも前に出ているが、その数に怯えていた。

「ごめんなさい、僕の、僕のせいで……」

「かばんちゃんは悪くないよ!」

「そそそそうなのだ!! かばんさんのせいじゃないのだ!!」

「で、でもぉ~」

「……どうしよっか~」

「うぅぅぅ……」

 三匹の善意が、逆にかばんを苦しめる。


 助けを呼ぶにも未知の場所で誰かが来てくれるかなど解らない。

 自分の失態に更に誰かを巻き込むのはもっとイヤだ。

 でも、サーバル達が襲われてしまうのはもっとイヤだ。


 目まぐるしく悩む中。

 回転限界を超えた頭の中で、真っ白になるかのような状態で、どうしようも無く、かばんは叫んでしまった。


「だ、誰かぁ~~~~~!!」

 木々を抜け、木霊する。

 セルリアン達はジリジリと詰め寄り、真に絶望的な状況だ。


 きっと、こんな時本の世界ではヒーローが駆けつけてくれる物なのだろう。だが、そんな微かな希望さえ持ち合わせていない少女達には、絶望の中の悲鳴でしか無かった。


 だが、一つ。

 絶望の中で、答える希望があるとするなら。


 きっとソレは、英雄だろう。


 パッカーンッ……!!

「……ぇ?」

 彼女達の前に立ち塞がる、セルリアンが突如消滅した。

 確かに、石を割る音が聞こえた気がする。だが、サーバル達は動いていない。


 パッカーン……パッカーン……ッッ!!

 闇夜の中で、更に石が砕けていく音を耳に為る。

「な、何が起きているのだ!?」

 また一匹、もう一匹……砕け、消える。

 囲んでいたセルリアン達、その包囲網が壊滅し出す。


「凄い……もう」

 小さく吐き捨てた。

 一〇体以上いたセルリアンが、残り二匹の状態まで削られている。


「あっ! かばんちゃん見て!! あそこ!!」

「アレって……フレンズ、さん?」


 白い毛並みを靡かせ、闇夜の中で燦めき、その背中は広い。


 助けを求められれば、駆けつけ、泣きそうな者が居れば、涙を拭う。

 どんな時でも、希望と成って現れる白き光の英雄。


 彼は、駆けつけた。

(残り、二体……)

「……ハァ、ハァ」


 そう、シロだった。

 だが、彼の体力は間近にまで近づいていた。先程の黒かばんとの決戦の最中に、体力を大幅に使い果たし、いつもであれば登場で格好付けるはずが、息絶え絶えに戦う。


 だが、その背中は、真に戦士たる背中。

 希望を背負い現れるような安心する背中だった。

 どんな戦場でも、万全に戦える戦士はいない。英雄となる人間は常に窮地から果敢に挑みかかる。それがどんな現実でも、それでも彼は挑む。

 ただ、それだけが出来るから、誰もが認め、詩を語る。


 ――英雄ヒーローよ、空を飛べ。


「……ッ」

 片腕をギュッと握りしめ、足を踏み抜く。

 球体のセルリアンを蹴り上げ、高く飛べば拳を振るい上げ石を砕く。


 着地を狙うセルリアンが居れば、躰を捻り蹴り飛ばす。

(あと、一体……っ)

 息が上がり、吐息が白くなっている。


(もう、考えるな!! 後は、全力で砕くだけだ!!)

 片腕にサンドスターの粒子を集める。

 片足をグオンッと後ろへと引き摺り、構える。


 飛び跳ねてくる一回り大きいセルリアン。

 核は背中。

 正面では砕けない。


 ソレはきっと、彼以外なら。


 振るわれた拳は、ズポッとセルリアンの体内に埋め込まれる。

 やられたか? と思う筈だろう。だが、かばん達はその光景に目を丸くした。


「……貫け」

 小さく、吐き捨てた。

 

ビュォォォォォォッッッ……パッカーンッ!!


 光線のように瞬くような粒子達が、彼の拳から撃ち放たれる。

 輝く粒子が体内を貫き、石を貫いたのだ。


「「「「……、」」」」

 唖然だった。

 数々のフレンズに会ってきたが、あんな戦い方をしているフレンズは一匹も見なかった。


 粒子が飽和し、霧散する。

 たった一人で全てのセルリアンを駆逐し四人の命を守ったシロは、野性解放が解け大地に膝を突き、倒れ込んだ。


「……あ!? だ、大丈夫ですか!!」

「しっかりするのだ!! えっと、えっと……」

「救急箱は船の中だよ~」

「そうなのだ!! 早速……」

「それよりもボスに見て貰おうよ!」

「あ、えっと、そうだね。ラッキーさん!」


 薄れ行く意識の中。

(聞こえる……かばんちゃん? あ、そっか……やっぱ、夢、だよなぁ……ただいま)


 彼の意識は、そこで途絶えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る