第三節

   1


 偶然という名の産物から生まれた事象なのか。

 人為的な上位存在による手によってもたらされた現象か。


 ただ、一つ言えることは。

 今この世界に、何かが起きていると言う事だけだ。


「……、」

 黒き姿を模したかばんと似た存在。

 胸部に溶け込んだ核を中心に形成された、過去最悪の怪物。


 黒かばん。


 ただ、その実態は過去の存在として顕現しており、嘗てかばん達の協力によって一時は無力化され、戰いは終わりを告げた。

 ――だが。


「……懐かしい空気だなァ」

 天を仰ぎ、己の顕現をそこに祝誕する。核の己では限界のある感触を、今真に此所で実感していた。

「しかし、参りましたネ」

 彼女はふと、背中を覗く。

 嘗てはもう一体のセルリアンを鞄に疑似させ、攻撃手段として触手を活用してきた。だが今は無い。“野生暴走”を引き起こす手段を持ち合わせていても、己を護身とする力と確立出来るだけのサンドスター・ロウを必要としなければいけない。


「ですが、此所はどうやら僕の知っている場所では無さそうですネ。色々と手間が掛かりますヨ」

 ガサガサッと乱暴に髪をかき上げる。かばんと同様の髪質なのか、跳ねた毛が更に跳ね上がる。周りを見渡しても、覚えのある場所では無いことは確か。それ以上にその場所は木々生い茂る密閉された土地。

 彼女は今、余りにも情報が欠けている状態にあった。


「ま、気長に始めましょうカ」

 口角を上げ、不気味に微笑む。尖った口調がやけに不穏感を煽った。


 先ず始めに、歩いた。

「~~♪」

 鼻歌交じりに愉快に歩み出す。

 日は暮れて夜が来ようとしているのに、彼女の表面は晴れやか気分なのだろうか? 内面を見せない作られたような笑みさえも、きっと他者から見れば畏怖を思わせる邪悪な物なのだろう。


 道中、黒いセルリアンに出くわせば、彼女はまるで日常的な感覚で吸収し喰らう。慈悲も慈愛も無しに、彼女は着々と食事のように飲み込み進む。不快な効果音が山中に響き渡り、型の変わらぬ彼女の中には凝縮されたエネルギーが詰まっている。

 だが、足らない。

 嘗ての騒動を起こすには、無限供給を可能とするサイクルが必要とされた。


「ん~、やっぱりそこら辺の屑共を蓄えても何の肥やしにも成りませんネェ……。でも、力としてはマァマァ」

 爪を尖らせたり、牙を出したりと、セルリアン共から奪った特質を体質に還元させた。彼女自身の力の蓄積は着々と行われている。


「さて……、次の標的でも探しましょうカ」


 貪り尽くし、夜が来る。

 だが、夜と共に、絶望も歩く。


 この世界の因果なのか、影なる怪物は企みの笑みと共に闇夜の中に進み続けた。


   2


 日が暮れ、月が昇る。

 光の遮りの無い月が、地上を照らし、夜というには些か明るい闇の世界が現れる。


 木々の屋根を貫き、月光の光芒となって射す大地。


 そこに、一つの光が舞い降りた。


 大気の輝きの粒子が集い、空間を歪ませる。歪んだ空間にはまるで光の粒子が人の形を模るようにして集まり出す。


 太陽系の銀河のように粒子達は円を描き、心臓のような場所に集約され……奴は正体を現した。


「……ん?」

 白き髪靡かせ、整った体格で地面に足を付け立つ者。

 シロ。


 突然の出来事に困惑し、彼は周りを見渡す。

「えっ? ……夜??」

 静寂な森。

 風の音だけが耳に届き、その他を全て消し去る。

 幻想的で、誰もが思い描く、静寂の世界。


 彼はそこに降り立っていた。


「何で、俺は此所に? というか、なんで夜?? ……もしかして、寝てた??」

 確かに周りは、暗闇に支配されど、月光のおかげで自分が居た場所だと気が付く。


 だが、何処か違う。

 まるで、全く同じなのに……雰囲気がまるで違うと言うべきか、彼にはそこが別の場所に思えて仕方が無かった。

 動物の側面を持ち合わせているシロにとっては、其れは本能から来る探知という物に近いのかも知れない。言葉には出来ない感覚と、なのに目に見える物は同じ。


 違和感だけの空間。


「……何でだろう。前にもこんな事が……ウッ」

 何かが頭の中に過ぎる。

 だが、まるでノイズのような映像が彼の記憶を封じている。映像の先では何かを誰かが話している気がするが、雑音で聞き取れない。


 世界の中で、唯一人残されたような孤独。

 だけど、同じ景色に安堵してしまう自分。


 グチャグチャにかき混ぜられた情報に困惑し、ただ一つだけ、そこが現実と言うだけの認識にやっと辿り着く。


「夢じゃ、ない?」


   3


 闇よりでし者は、突如として身を走る感覚に足を止める。

「何ですカ。今のハ……」

 世界というキャンパスを白に戻し、全く同じような風景に塗り替えたような違和感。同じ画家神様が同じキャンパスに、全く同じ絵を遷し描くような感覚。

 まるで自分の足が付いているその場所が、実は全く別の場所では無いのかと思えてしまう。


 幻想と現実の区別が付かなくなる、浮遊感。


「……この世界は、ボクの居ない間に何が起きたんですカ?」

 抜け落ちた自分の存在期間の間。

 彼女は咄嗟に第三者的脅威の存在を考え始める。


 仮にも彼女は支配者と同じような素質を持つ。

 それは、外敵という存在に最も敏感になり、思考は確かにそこへと辿り着いていた。


 ――別個にして同類。


「ボクの楽しみを邪魔しないで欲しいのですけどネ」

 顔をしかめ、違和感を頼りに進む。


 もし、そうで無くとも、特質的なイレギュラーな何かが起こっている。

 だが、そこに意味など無い。彼女にとっての敵ならば排除、そうで無ければ使役し死ぬまで働かせる。

 残忍であって彼女らしい。

 ただ、その結論に至るのは些か早過ぎた。


 それは、邂逅し――実感した。


   4


 シロは、ふと背後に違和感を気付いた。

 背後には確か大岩が聳えていたはずだ。なのに、そこは岩では無く、高く聳える崖にしか見えない。


 否、正確には……岩が在るはずも無い土の壁に埋まっていた。


「……っ」


 黒かばんは、違和感の正体を突き止めようと進み続けた。

 だが、そこから先に道は無く、二・三メートル程下に更に道が続いている……謂わば崖の端に辿り着いていた。


「……お前ハ」


 シロは、視線を上げる。

 黒かばんは、視線を降ろす。


「「……、」」

 眼が合う。


 月下の元に、二つの存在は邂逅する。


 ただ、彼等は数秒、その互いの存在を見つめ続けていた。

 目の前に映る、その存在を……この場所に似つかわしくない、その姿を。


 ドクンッ……。


 心臓が、核が、脈打つ。

 何かが、己の躰に訴える。


 連鎖するように、呼応するように、脈打ち、静寂に消える。


 目の前の奴が、何を考えているのか。

 奴は、何者なのだろうか。


 運命か、因果か、偶然か、必然か。

 出会うはずの無い二体の存在が、今宵の夜にその視線を合わせる。


 ただ、刹那。


「「――ッ!!」」


 まるで本能とでも言うべきか、彼等の運命は決まった。


   5


 神様は、この日の出会いを作り上げたのだろうか。

 導き手も無しに、アトの世界を生み出したのか。

 誰にも解らず、誰にも解答は見出せない。


 だが、それでも、この出会いは何かの始まりかも知れない。


 では、今こそ言おう。


 舞台は整った。

 静寂を切り裂くは二対の怪物。

 この出会いの先に何を産みだし、何を作るか。

 この出会いの先に何を失い、何を破滅させるのか。


 本能が導き、牙は剥かれ、刃が喉元へと近づく。


 闘争の果てに掴む未来は。

 野望の果てに切り裂く世界とは。


 ――さあ、幕が上がる。

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