神坂裕也の事件簿

神通百力

女子生徒失踪事件

 俺は学校の屋上でぼんやりと空を眺めていた。あの事件から一年が経過していた。多くの生徒が命を失った。今も被害者の家族の傷は癒えていないだろう。犯人は捕まっていないが、何も問題はない。事件は解決している。

 俺はポケットからお札を取り出した。お札には『滅』と書かれている。これのおかげで事件を解決することができた。お札がなければ事件を解決に導くことはできなかった。相手はこの世ならざるものだった。

祐也ゆうや、ちゃんと修業はしているの?」

 いつの間にか隣に風野夕実かざのゆみが立っていた。くるっとした瞳に黒髪のショート。制服をきっちりと着ている。制服の袖口から擦り傷が見えた。

「ああ、ちゃんと修業はしている。あの事件の時よりも滅する力は上がっている。あの時にそのくらいの力があれば良かったんだけどな」

「過ぎたことを考えても仕方ないよ。未熟だったとはいえ、祐也が事件を解決したことは事実だし。裕也がいなければもっと多くの生徒が死んでたはずだよ」

 夕実は優しげな表情を浮かべている。俺は思わず視線を逸らしてしまった。それから空に視線を戻し、お札をポケットに仕舞う。

 俺の家は代々霊能者の家系だ。昔からこの世ならざるものをお札で滅してきた。物心ついた時から修行を強いられてきたが、面倒くさくてサボることも多かった。しかし、あの事件以降は真剣に修行に取り組むようになった。

神坂かんざか君!」

 物思いに耽っていると、俺を呼ぶ声がした。振り返ると、南川小百合みながわさゆりが屋上の扉付近に立っていた。南川はクラスの委員長だ。あの事件以来、何かと俺を気にかけるようになった。

「授業をサボったらダメでしょ! 先生、怒ってたよ」

 南川は言いながら、近寄ってくる。手にはノートを持っていた。

「サボったところで何も問題はない。霊能者になることが決まっているからな。委員長も俺の家が霊能者の家系ってことは知ってるだろ?」

「知ってるよ。でも、神坂君のことが心配なんだ。授業に出てほしいのは少しでも心を埋めてあげたいからだよ。皆と一緒に過ごせば少しは心を埋められるかもしれないし」

 南川は心配そうな表情で俺を見ている。気がつけば南川を抱きしめていた。南川はポカンとした表情で俺を見ていた。南川ほど誰かを思ってやれる奴を知らない。南川はとっても優しい女の子だ。

「俺の心はとっくに埋まっている。委員長がいなければ俺は壊れてたかもしれない。委員長のおかげで今の俺がいる。ありがとう、委員長」

「ううん、お礼を言われるようなことは別にしてないよ」

 南川は照れくさそうにしていたが、どこか嬉しそうだった。そんな俺たちを夕実は離れたところで見ていた。その表情はどこか苦しげだった、

「えっと、授業内容を簡単にまとめておいたから、一応渡しておくね。必要ないなら捨ててもいいから」

 俺は南川からノートを受け取った。表紙には可愛らしい文字で『神坂君専用ノート』と書かれている。南川がこの文字を書いたのだと思うと、何だか微笑ましくなった。

「私、もう行くね。またあとでね、神坂君」

「ああ、次の授業には出るから」

 南川が手を振ってきたから、俺も振り返した。南川は足早に屋上から立ち去った。

「本当に委員長は良い子だよね。委員長を大事にしなよ、祐也」

 夕実は笑っていたが、なぜか暗い表情に見えた。

「言われなくてもそのつもりだ」

 俺は近くに立っていた夕実にそう言うと、屋上を後にした。


 ☆☆


「神坂君、楽しそうだったね。授業に出て良かったでしょ」

「まあ、悪くはなかったな。隣が委員長だから、余計に楽しい」

 俺は教室で椅子を向かい合わせにし、南川と談笑していた。授業内容自体はたいして面白くはなかったが、和やかな雰囲気は悪くなかった。そのおかげで面白くない授業も楽しんで受けることができた。

「なんか照れるな。あ、そうそう神坂君ってもうすぐ誕生日だよね」

「そうだけど、それがどうかしたのか?」

「お誕生日パーティーしようよ。クラスの皆も呼んでさ。会場は私が用意するから神坂君は安心してね。必ず楽しませてあげるから」

 南川は俺の手を握ってはっきりとした口調でそう言った。南川の気持ちがとっても嬉しかった。お誕生日パーティーをしたことはないが、南川が主催ならきっと楽しいものになるだろう。

「楽しみにしてるよ、委員長」

「うん、楽しみにしててね」

 南川は笑顔で頷いた。こんなにも誕生日を待ち遠しく思ったことはない。それほど俺は南川主催の誕生日パーティーを楽しみにしている。

「委員長、トイレに付いてきてくれない?」

 佐藤咲子さとうさきこが南川に話しかけた。南川との会話を邪魔した佐藤にイラッとする。トイレに行きたいなら、一人で行け。南川を誘うな。

「うん、いいよ。ちょっとトイレに行ってくるね、神坂君」

「ああ、気を付けろよ」

「トイレに行くだけだけど、気を付けるよ」

 南川は佐藤とともに教室を出た。南川が了承したのだから、俺に止める権利はない。それにしても、なぜ女子は一緒にトイレに行きたがるのだろうか? 一人で行けばいいのに、わざわざ誰かを誘う必要はあるのか? 女子の行動原理はよくわからない。

 俺は南川が戻ってくるまで寝ることにした。


 ☆☆


 授業が始まっても南川は戻ってこなかった。トイレにしては時間がかかり過ぎている。俺ならまだしも南川が授業をサボるはずがない。佐藤も戻ってきていない。トイレで何かあったのだろうか?

 考え込んでいると、教室の引き戸が開いて佐藤が入ってくる。その表情を見て俺は驚いた。佐藤は顔面蒼白になっていた。

 先生は遅れてきた佐藤に怒鳴ったが、心ここにあらずといった感じだった。

「南川はどうした?」

 俺はとぼとぼと席に向かう佐藤を呼び止める。佐藤は顔をひきつらせたかと思うと、突然嘔吐し、その場に倒れ込んだ。

 突然の事態にクラス中がざわつく。いったい何があったのだろうか?

 佐藤は保健室に運ばれた後、そのまま早退した。佐藤から話を聞くことはできず、南川も戻ってこないままだった。

 南川の身に何が起きたのか、調べる必要がありそうだ。


 ☆☆


 俺は昼休みの時間を利用し、生徒に話を聞くことにした。まずは南川がどこのトイレを使用したかを知る必要がある。南川はトイレに行ってから戻ってきていないのだ。南川と佐藤を目撃した生徒を探し出し、トイレを特定する。

 俺は廊下を歩いていた女子生徒を呼び止めた。

「南川と佐藤がトイレに入るところを見なかったか? もし見たのならどこのトイレなのか教えてほしい」

「えっと見てないけど……」

 女子生徒は言いながら、辺りをキョロキョロと見回している。どことなく様子がおかしい。

「どうした? 何か気になることでもあるのか?」

亜紀あきちゃんがトイレに行ってから戻ってこなくて」

「何だって?」

 南川以外にも戻ってきていない生徒がいるのか? しかも南川と同じようにトイレに行ってから行方知れずとなっている。もしかしたら他にもトイレに行ってから行方が分からない生徒がいるかもしれない。南川と一緒にトイレに行ったはずの佐藤が戻ってきている点が気になるところだが……。

 その後も何人かの生徒に話を聞いた。その結果、南川小百合、崎村さきむら亜紀、佐々川ささかわ真紀まき桜坂祥子さくらざかしょうこの四人がトイレに行ってから行方不明になっていることが分かった。場所はまだ分かっていない。

「ちょっといいか?」

 俺は教室に入ろうとしていた女子生徒を呼び止める。

「別にいいけど」

「南川と佐藤がどこのトイレを使ったかを知りたいんだ。見ていないか?」

「東校舎一階の女子トイレだよ」

「東校舎だな。ありがとう」

 俺は女子生徒にお礼を言った。しかし、なぜ南川と佐藤はわざわざ東校舎一階の女子トイレを使用したのだろうか? 教室を出てすぐのところにトイレはあるというのに。

「ところで何でそんなことを聞くの?」

「南川がトイレに行ってから戻ってこなくてな」

「そうなの? 私も同じトイレを使ったんだけど」

「本当か? 何かおかしなことはなかったか」

「別になかったよ。普通のトイレだった」

 南川は東校舎一階の女子トイレを使用して行方不明になっている。だが、佐藤とこの女子生徒のように行方不明になっていない生徒もいる。佐藤は南川といたにも関わらずだ。この違いはいったい何なんだ?

 他の三人も東校舎一階の女子トイレを使用したのだろうか?

「そういえば私がトイレから出た後に、ドアを叩く音が聞こえたよ。南川さんと佐藤さんは何をしてたんだろう?」

「ドアを叩いていたのか。教えてくれてありがとう」

 俺はあらためてお礼を述べ、その場を後にした。


 ☆☆


「――亜紀ちゃんの趣味は何かって? それと亜紀ちゃんが行方不明になったことと関係があるの?」

 俺はもう一度最初の女子生徒に話を聞くことにした。ドアを叩いていたということは、南川と佐藤はトイレで何かをしようとしていたはずだ。女子生徒の後にトイレに入っているわけだから、少なくとも一室は空いている。南川は佐藤に付き添っただけでトイレに行きたかったわけではない。

 どちらがドアを叩いたのかは分からないが、他の三人も東校舎一階の女子トイレを使用したと仮定した場合、同じようにドアを叩いたかもしれない。

「なぜ行方不明になったのか、それを知るためのヒントが欲しいんだ。何でもいいから話してくれないか」

「分かったよ。亜紀ちゃんはここ最近、学校の七不思議に興味を抱いてたみたい。よく佐々川さんと桜坂さんと学校の七不思議について話しているのを何度か見たことがあるし」

「学校の七不思議を佐々川と桜坂と?」

 佐々川も桜坂も行方不明になっている生徒だ。行方不明の三人が学校の七不思議について話していたというのは何だか気になる。学校の七不思議が関係しているのだろうか?

「他に学校の七不思議について話していた相手はいないか?」

「えっと、佐藤さんとも話していたのを聞いたことがあるよ」

「佐藤と? いろいろと教えてくれてありがとう」

 俺は女子生徒にお礼を言い、その場を後にした。


 ☆☆


 行方不明の四人のうち三人は学校の七不思議に興味を抱いていた。佐藤は行方不明になってはいないが、その話題をしていたことを考えると、学校の七不思議が関係していることは間違いないだろう。

 女子トイレを使用して行方不明になった、ドアを叩いていた点から、犯人はトイレの花子さんだ。ドアを叩いていたのは儀式を行っていたからだと考えられる。

 問題はなぜ南川がそんなことをしたのかだ。佐藤が行方不明になっていないことを考えると、ドアを叩いていたのは南川だと思われる。南川が学校の七不思議に興味を抱いているとは聞いたことがない。佐藤が強制的にやらせたと考えて良いだろう。やはり佐藤に話を聞かなければならない。

 そう考えた俺は佐藤の家に行った。インターホンを鳴らすと母親らしき女性が出てきた。

「咲子さんを呼んでいただけますか?」

「咲子は元気がないみたいで、部屋で寝込んでいます。日を改めてもらえませんか? 今はそっとしておいてください」

 母親らしき女性は申し訳なさそうにそう言った。一刻も早く佐藤に話を聞く必要があるが、無理に呼び出すわけにもいかない。どうしたものか困っていると、廊下を歩く足音が聞こえた。

「神坂君?」

 佐藤は玄関に立ち、怪訝な表情で俺を見ている。母親らしき女性は心配そうに佐藤を見つめていた。

「南川のことで話がある」

「……分かった、外で話そう」

 佐藤は母親に心配ないと伝えると、近くの公園に向かって歩き出した。

 数分後、俺と佐藤は公園のベンチに座っていた。

「トイレで何があったんだ?」

「……私は学校の七不思議に興味があってトイレの花子さんを呼び出そうと思ったんだけど、一人じゃ心細いから委員長を誘ったんだ。委員長に儀式をお願いしたら、快く了承してくれた」

 俺は佐藤の言葉に耳を傾けた。佐藤は両手を強く握りしめていた。南川を誘ったことを後悔しているのかもしれない。

「委員長は三番目の個室のドアを三回くらいノックした後、『花子さん、遊びましょ』って呼びかけた。突然ドアが開いたかと思うと、女の子が現れて、委員長を引きずり込んだの。委員長は引きずり込まれながらも、私に逃げてって言った。私のせいなのに」

 佐藤は耐えきれなくなったのか、目に溢れんばかりの涙を流した。強制的ではなかったものの、思った通り、佐藤が南川に儀式を行わせていた。

「……お前が誘わなければ南川はそんな目に遭うこともなかった」

「ごめんなさい」

 佐藤は謝ったが、俺は黙ったままだった。しばしの間、静寂が俺たちを包み込んだ。風の音がやけに大きく聞こえた。

「……もし私が儀式を行っていたとしても、委員長が引きずり込まれていたと思う」

 静寂を打ち破るかのように佐藤が呟いた。

「どうしてそう思うんだ?」

「女の子から委員長に対する憎しみが感じられたから。恐ろしい表情で委員長を睨みつけてた」

 なぜ南川に憎しみを抱くんだ? 犯人はトイレの花子さんじゃないのか? もしトイレの花子さんが犯人だとしたら、南川に憎しみを抱く理由が分からない。

「他に何か気付いた事はないか?」

「えっと……そういえば腕にがあった」

「擦り傷だと?」

 まさか、いや、そんなはずはない。俺はそう思いながらも、その考えを頭から切り離すことが出来なかった。

「私にできることはないかな」

「……犯人をおびき出すから、おとりになってくれないか」

「おとりだね、分かったよ」

 佐藤は力強く頷いた。


 ☆☆

 

「――委員長、行方不明になったみたいだね。女子トイレに行かなければよかったのに」

「……そうだな」

 俺は顔を俯かせながら、夕実の言葉に頷いた。俺は夕実と一緒に屋上にいた。

 今朝の全校集会で、南川たちが行方不明になったことが全生徒に伝えられた。分かっているのは行方不明になったことだけでそれ以外のことは分からないと校長は沈痛な面持ちで告げていた。

 南川との思い出が脳内を駆け巡る。それと同時に一年前の肉塊事件も脳裏によみがえった。多くの生徒がひきこさん――この世ならざるものだ――に引きずられた挙句、肉塊にされて殺された。

「神坂君」

 俺を呼ぶ声がし、振り返った。佐藤が屋上の扉付近に立っていた。佐藤と屋上で会う約束をしていたのだ。チラリと夕実を見ると、暗い表情で佐藤を見ていた。

 俺は佐藤の元に駆け寄り、一緒に屋上を出た。階段を駆け下り、校舎を出ると、東校舎に入った。廊下の奥に女子トイレはあった。

 俺は外で待機し、佐藤は女子トイレに入った。佐藤には念のためにお札を持たせている。佐藤は三番目の個室の前で深呼吸をすると、ドアを三回くらいノックした。

「花子さん、遊びましょ」

 佐藤が呼びかけた瞬間、ドアが開いた。何者かの手が佐藤に伸びたが、バチリと弾かれた。佐藤に持たせたお札が結界の役割を果たしているのだ。俺は女子トイレに足を踏み入れ、個室の中を見た。

「――やっぱり、


 ☆☆


「――どうして私が犯人だと思ったの?」

 夕実は佐藤を睨みつけながら、聞いてきた。佐藤は恐怖心からか、俺の手を握ってきた。俺は夕実の様子を伺いながら、その手を握り返す。

「佐藤から腕に擦り傷があったと聞いて、もしかしてと思ったんだ。でも、それだけでは確信を得ることはできなかった。屋上での『女子トイレに行かなければよかったのに』という発言を聞き、犯人は夕実だと確信を得た」

 俺はそこで区切ると、深呼吸をした。手のひらが汗ばんでいる。俺の汗なのか、佐藤の汗なのかは分からなかった。夕実は黙ったまま話を聞いている。

「今朝の全校集会で南川たちが行方不明になったことは全生徒に伝えられた。だが、どこで行方不明になったかは伝えられていない。なのに夕実は『』と言った。これは犯人でなければ知り得ないことだ。仮にトイレに行くところを目撃したとしても、それを行方不明とは関連付けて考えない」

 それに夕実が南川と佐藤を目撃した生徒から話を聞いたということもありえない。夕実は俺としか会話をしないからだ。夕実はしばらく黙っていたが、やがてため息をついた。

「……口をすべらせちゃったな」

 夕実は笑ったが、どことなく悲しそうに見えた。俺も似たような表情をしているかもしれない。まさか夕実がこんなことをするなんて思わなかった。犯人が知っている奴というのは何とも複雑な気分だ。俺の気持ちを察しているのか、佐藤は手を握りしめたままだった。佐藤の心遣いがありがたかった。

「……夕実の目的は南川を殺すことだった。他の三人はどうでもよかった。俺と南川が仲良くしてるのが許せなかった。だから南川を殺した」

 夕実は驚いたように目を見開いた。俺は夕実とも仲良くしているつもりだった。けれど夕実はこれ以上、仲良くなれないと分かったのかもしれない。いや、俺も本当は心のどこかで気づいていた。この先へは進めないことに。

「トイレを選んだ理由だが、トイレの花子さんの仕業に見せかけるためだろ。この世ならざるものの存在を知っている俺なら、トイレの花子さんの仕業だと思ってくれるかもしれないと考えたんじゃないのか。そのために学校の七不思議に興味を抱く者を選んだ。そうだろ、夕実?」

 崎村亜紀、佐々川真紀、桜坂祥子の三人は学校の七不思議に興味を抱いていたために、標的に選ばれた。もし学校の七不思議について話していなければ死なずに済んだかもしれないが、他の生徒が標的に選ばれていただろう。どちらにしろ死者の数は変わらなかったはずだ。

「……ほぼ裕也の推測通りだよ。裕也と仲良さげに話している委員長が羨ましかった。裕也は私とも話してくれるけど、それ以上は仲良くなれない。先へは進めない。だって私はもう

 夕実は肉塊事件の――最初の被害者だった。腕の擦り傷は引きずられた際に出来たものだ。事件解決後、夕実は幽霊となって俺の前に現れた。先に屋上を出た俺たちよりも、夕実が早く女子トイレに辿り着けたのも幽霊だからだ。

「死者と生者の間には埋められない壁がある。距離を縮めるのにも限界がある。ある程度しか仲良くなれない。生者同士のように親密な関係を築けない。裕也は心の拠り所を死者の私じゃなく、生者の委員長に求めてた。それが許せなくて委員長を殺した」

 夕実は泣きそうな表情で俺をじっと見つめた。夕実が言うように、俺は南川に心の拠り所を求めていた。夕実に求めなかったのは守ってやれなかったという思いがあったからだ。その結果、夕実に殺人を犯させてしまった。

「……委員長を殺せば苦しさから解放されると思った。でも、違った。余計に苦しくなった。死ぬ直前の委員長の表情からは恐怖以外に、私を心配する気持ちが感じ取れた。睨み付けてたのに」

 夕実は様々な感情が綯い交ぜになったかのような表情をしていた。南川に対する嫉妬心や申し訳なさ、苦しさなどが夕実の中にあるのだろう。他の三人に対しても申し訳ない気持ちはあるはずだ。

 チラリと佐藤を見ると、心配そうな表情で夕実を見ていた。もちろん南川の命を奪ったことへの怒りはあるだろうが、夕実の言葉を聞き、心配になったのかもしれない。

「……ねえ、裕也、罪深い私を退治してくれる? このままだとまた誰かの命を奪ってしまいそうだから。その前に私を退治してほしい。この苦しみから解放して」

「本当にいいんだな?」

「うん、お願い」

 夕実は力強く頷いた。俺はポケットからお札を取り出したが、手が震えていた。そんな俺の震えを止めるかのように、佐藤が手を添えてきた。佐藤は真剣な眼差しで俺を見ていた。

 佐藤に勇気づけられ、俺はお札を夕実の額に当てた。お札はゆっくりと燃え始め、夕実の体が徐々に透けていった。やがて夕実は消滅した。

 俺は茫然自失としたまま、しばらく突っ立っていた。その間、佐藤はずっと側にいた。


 ☆☆


 俺は屋上で空を眺めていた。佐藤も隣でぼんやりと空を眺めている。

 今朝の全校集会で、校長から南川たちの遺体が焼却炉の中から発見されたと伝えられた。体の一部は灰と化していたらしい。単なる推測だが、夕実は火葬するために遺体を焼却炉に入れたのではないだろうか。申し訳ない気持ちがあったから。

「……午後から委員長のお通夜があるけど、神坂君も行くでしょ?」

「……ああ、もちろんだ」

 俺は佐藤の言葉に頷いた。屋上からは多くの生徒が校門に向かうところが見えた。生徒が行方不明から一転、遺体となって発見されたため、授業はすべてキャンセルとなり、帰宅するように命じられた。

 帰宅せずに屋上に来たのは自然と足が向いていたからだ。幽霊となった夕実と過ごした場所だからかもしれない。

「お通夜までまだ時間あるけど、神坂君はどうするの?」

「夕実の墓参りに行こうと思っている」

「そっか。私も一緒に行っていい?」

「ああ、別に構わない」

 俺たちは屋上を後にすると、夕実の墓に向かった。


 ☆☆


 墓には『風野夕実』の名前が刻み込まれている。途中の花屋で買った紫苑をステンレス製の花立にお供えした。佐藤から線香を受け取ると、火をつけて線香立てに供える。

 俺たちは目を閉じると、両手を合わせた。数秒ほど両手を合わせ、目を開けた。紫苑が視界に飛び込んでくる。紫苑には『あなたを忘れない』という花言葉がある。

 

 ――俺は死ぬまで夕実のことを忘れないから。

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神坂裕也の事件簿 神通百力 @zintsuhyakuriki

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