第2話

「うっ…、ここは?」


 気が付くとレンは、簡素な部屋のベッドに寝かされていた。木の箱に布を敷いただけのそれはお世辞にも寝心地が良いとは言えず、身体の節々が凝ってしまっている。AAOではあり得なかった身体の変化に改めて実感がわく。


「マジで異世界かよ…」


 部屋にはちゃんと鏡があり、そこには慣れ親しんだアバターが映る。ゲームの中でくらいと、引き締まった体の銀髪ロン毛なイケメンに作り上げたせいでナンパなチャラ男に見える。ぱっと見18歳だが、中身は32歳。身体自体は自由に動かせても、自分の顔と認識するには違和感が出てしまう。


 ボーっと鏡を見つめていると、突然部屋の扉が開かれる。完全に気が抜けていたレンはビクッと飛び上がり、思わず気をつけの姿勢を取った。


「あ、起きたんですね。良かったです。大変だったんですからね、もう」


 入ってきたのは黒髪を肩まで下げた、笑顔が可愛らしい女性だった。スーツに似た正装を纏っている彼女が世話をしてくれていたのだろう。レンは人と話すのが久しぶりであり、緊張するのも無理はない。それもルックスの良い異性となれば尚更だ。


「れ、レンと言います! この度はご迷惑をおかsけしdygふkl;」

「な、なんて??」


 き、緊張しすぎて舌がこんがらがった…


 元々レンは赤面症の傾向があり、会話が苦手だった。自分から話しかけることもできず、話を振られても口ごもってしまって会話が続かない。そういった背景もあってこの年まで童貞を貫いた彼が、約10年ぶりの会話をいきなり女性とするにはハードルが高すぎた。


 しかし、今までなら「うわ、なにコイツ…」という目で見られドン引きされていたのだが、彼女の反応は違った。


「ふふ、そんなに緊張しなくても良いじゃないですか。せっかくのイケメンさんなんですから、堂々としていた方がモテますよ」


 と、笑顔で慰めてくれたのだ。天使か? と思うと同時に顔面格差社会を見せ付けられたようでなんとも世知辛かった。家族以外の他人と接することが皆無だったレンは、整形を切望する人の気持ちが分かるような気がした。


「ほら、深呼吸深呼吸ー」と自分もスーハーするたび上下する胸につい赤面する。はっと女性はそういった視線に敏感という話を思い出し、慌てて目を瞑って深呼吸する。


「落ち着きましたか?」

「は、はい。おかげさまで」

「…まだみたいですけど、良しとしましょう。改めまして、私はミーナと申します。レンさんは魔獣の森でとある冒険者の方に保護されたのですが、憶えていますか?」

「は、はい」


 思い返すとぞっとする。顔はおぼろげだが、彼らが助けてくれなかったら今頃狼の餌だ。ぶるりと身を震わせると、ミーナが安心させるような笑顔で頷く。


「頭に外傷はなかったので心配は少なかったのですけど、記憶もしっかりしているようで何よりです。その他身体の不調はありませんか?」


 一回りも年下の女の子に慰められているようで情けなさを感じながら、一言肯定した。うんうんと満足そうに頷くと、真剣な表情に切り替えた彼女が尋ねる。


「ところで、今現在レンさんは人命に関わる緊急事態という名目でこの街に入っています。ですので、後ほど身分証を関所の方へ提示しに行く必要があります」


 そう言われ、狼狽してしまう。どうしよう、身分証なんて持ってない。良くある話ならギルドで冒険者登録をして身分証に、といったことができたけど、どうなんだろう。


「あ、あの。自分は身分証を持っていなくて。どこかで発行できたりできませんか?」

「やっぱりそうなんですね。気絶している時にまさぐっ…ごほん! 身元の確認を取るため持ち物を拝見しましたが、見当たりませんでしたので」


 えっ、寝ている間に何されたの俺…? 変なことされてないよね? 怖くて聞けない…。懐疑的な目を向けると、ほんのり頬を赤く染めて無罪を主張された。


「腹筋だけ! 腹筋だけですから! そんな変なことはしてないです!」

「してるんじゃないか…」


 完全なセクハラである。セクハラは女→男にも適用されるんだぞ! あれ、でも良く考えたらミーナさんといちゃつけるご褒美なのでは? 俺が悶々としていると咳払いをして脱線した話を戻される。


「んんっ! それは置いておきまして、身分証についてです。ギルドで組合員になることで身分証を発行できます。あ、ちなみにここは冒険者ギルドです。村から冒険者になるために街へ出てくる人は多くいますし。レンさんもそうですよね?」

「は、はいそうです」


 正直何も思いつかないので乗っておくことにしよう。出身村を聞かれると困るけど、なんとかするしかない。ストレージにお金は一切入ってなかったし、とにかく食い扶持を稼がなければ。


「やっぱり! では登録に行きましょう! せっかくですから、私が受付してあげましょう」

「お手柔らかに、お願いしますね…」


 冒険者ギルドってことは、人がいっぱいいるんだろう。うう、胃がキリキリしてきた。テンプレみたいに絡まれたりするのかな? 正直勘弁して欲しい。確かにこの『レン』という身体は、肥満体質だった『青海 蓮』と違って高い運動性能がある。でも心は『青海 蓮』のままなんだから、ちょっと威圧されるだけで泣きそうになってしまう。むしろ今泣きたい。部屋から出て行ったミーナさんの後を追って休憩室から出る。


「うわぁ…」


 扉をくぐると、木製のカウンターの隣に出た。受付嬢がせわしなく作業をしていたり、酒を飲みながら雑談している冒険者たち。いかにも、といった風景だ。モ○ハンの集会所に近いものを感じる。


 人はそれなりに多く、空いている席と埋まっている席とで半々くらいか。正直、もう部屋に戻って引きこもりたい。人が数人いるだけでも嫌になってくるのに、こんなにいると酔ってしまいそうになる。


「ほら、ぼーっとしてないでカウンターに向かってください!」

「うぐっ……は、はい…」


 想像していたよりも強い力で背中を叩かれ、軽く咳き込みながら空いているカウンターの前へ立つ。ミーナさんがカウンターに入り、奥からガサゴソと平べったい装置を持ってきた。


「はい、レンさん。これに手を置いてくださいね」

「えっと、はい」


 言われたとおりにぺたっと置くと、手の輪郭に沿って青白い光がぼわっと浮かぶ。しばらくは穏やかな光だったが、急に強く光ったかと思うと嘘のように消えてしまった。


「無事終わりましたね、もう離して大丈夫ですよ」

「あっ、す、すみません」


 慌てて手を退けると、ミーナさんが装置をかぱっとあける。四角い形も相まってなんだかゲームソフトの箱みたい。開いた中には金属製のプレートが入っており、不思議と読める見たこともない文字で色々書かれていた。


「えっと…『レン=ああああ』さん?」

「ああああ? なんですか、それ」


 プレートの一番上を覗くと、ちゃんと『レン=ああああ』と名前が綴られている。え、『ああああ』って苗字? 何故こんなことに…。幾らなんでも嫌すぎる。某ゲームの勇者じゃないんだから。


「め、珍しい苗字ですね?」

「それで『シア』って読むんですよ、ええ」


 たぶんきっと、とは口にしなかった。


「そうなんですね? ではレン=シアさん。ようこそ、冒険者ギルド・オペナ支部へ! お仕事たくさん、頑張ってくださいね?」


 可愛い女の子に笑顔でそう言われては、耐性のない俺は頷くことしかできなかった。

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覇天プレイヤーの異世界満喫記 煮詰めうなぎ @nitsume-unagi

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