第1話
「うん…? どこだここ…」
目が醒める。俺は青海 蓮、定職に就かない32歳だ。エンシェントアーツ・オンラインは公式RMTを導入しているため、20歳くらいから「レン」として前線を走り生計を立てていた。
しかし両親はそれを認めず、いつまでもゲームだけをやっている俺に辟易としてほぼ身一つで勘当されてしまった。ゲーム機器だけは見たくもないと与えられたのが救いか。それなりに貯金も出来ていたため、住むところも食事も不自由しなかった。税金だけは痛かったけど。
そんな俺だが、ゲームの中でだけは皆から尊敬されている存在だったんだ。『七天』を打倒し、ただ1人、奴――『覇天』に挑める人間だった。常にソロで活動し、『七天』以外の英霊を倒さないという縛りプレイで『覇天』を倒すことを何よりの目標と定めていた。なんども挑戦し対策を立て、ついに奴を倒したはずだ。
そうしたら気を失って、起きたら森の中らしきところにいる。新マップに飛ばされたのか? でも、何の説明も無かったしなぁ……
とりあえず現在地を確認しようと思い、メニュー画面を開こうとした。だが一向にメニュー画面が開く気配は無く、GMコールやフレンドチャットも反応を示さない。
「どういうことだ…? バグか? 未実装のマップへ飛ばされたとか」
ログアウトできないとリアルの身体のほうが心配になるが、元々不摂生だったから多少悪くしたところで誤差だ。むしろ新しい素材を入手できるかも知れず、それはきっと高値で売れるだろう。
このゲームは装備の製作がジョブに関わらず各自でできるため、需要は高水準で維持される。そのため、貴重な新素材は目を見張るような金額が付くことも珍しくないのだ。
素材のことに意識を傾けた時、はっとする。
「アイテムストレージ!」
アイテムストレージ。所持アイテムを虚空に入れて持ち運べる、良くあるスキルだ。ゲームによってインベントリやバックパックなど様々な呼び名があるそれと変わらない。実際には所持容量上限を増加させるスキルだが。
レンのプレイスタイルは、全ジョブの初期攻撃スキルを
実際、彼は『覇天』を凌駕せしめたのだから。
しかし、そのプレイスタイルを実現させるためには回復アイテムを削り、武器をストレージほぼ一杯にまで収めておく必要があった。基本的に初期攻撃スキルしか使えないため、常に状況へクリティカルする装備でなければ、どうしても他のジョブに劣ってしまうからだ。
つまり彼にとってのストレージは
「よかった、ストレージは開ける…!」
視界にウインドウが映ったことに安堵し、同時にため息を吐く。先ほどの戦いでアイテムは使い切ってしまい、武器しかないので無理な探索ができないことに気付いたからだ。これでは深層の希少アイテム探しに行けない。
「この辺りに街はあるのかな」
どこを見ても鬱蒼とした木々が揺れるだけだ、手がかりなどない。おもむろに落ちていた枝を拾い、適当に投げて二股の先を目指すことにした。
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人の手が入っていない荒れ放題な緑を掻き分けて進むことしばらく。少し開けた場所に出る。地面にぽっかりと穴が開いているここは、何かの巣のようだ。探索のため巣に近付き、いつものように採取ポイントポップアップを確認しようとする。
「あれ? ポップがでないな」
流石にこれはバグが酷すぎるのではないだろうか。こんな適当な仕事をする運営ではなかったはずだが、開発中なら仕方ないのかもしれない。巣から立ち去ろうとしたその時。
「GAAAAAAAAA!!!」
真後ろから大迫力の咆哮が轟く。突然のことにびっくりして振り向くと、そこにはギラギラと輝く毛並みの巨大な熊がいた。
「まんま熊とはまた珍しいな」
AAOではどんな動物もファンタジー風に加工されており、ここまで丸々原種ということは無かった。とりあえず戦うため追加効果が[獣特攻]の剣と[物理防御上昇]の盾を装備し、臨戦態勢に移ったとき違和感を感じる。
HPバーが表示されなかったのだ。まあ開発中だし、と自分を納得させて熊に意識を集中させる。
「GAA!!」
熊が叫びと共に爪を振るう。『覇天』の動きとは比べるまでも無く遅い。ひょいひょいと攻撃を避けながら、相手の行動パターンを収集する。
「こんなもんか」
しばらく避け続けたが、爪攻撃以外してこなかった。まだAIも適当なんだろう。振られた右爪をかいくぐり、熊の右側へ立つ。
「フッ」
小さく息を吐き、一閃。防御手段を持たない熊の太い首が絶たれ、宙を舞った。巨体が膝から崩れ落ちるのを確認すると剣を収納して、ドロップアイテムの確認を――。
ビチャ、と顔に生暖かいものが掛かる。それは同時に生臭さと鉄臭さも内包しており、吐き気を促すようだった。ぽたぽたと頬を伝って地面を赤く汚す染みとなる。
「……血?」
意味が分からない。AAOにはグロ表現・ゴア表現はない。実装するなんて話も聞いたことがない。しかも、丁寧に温度や匂いまで再現して。これでは、まるで現実のものじゃないか。
レンも立派なオタクであり、サブカルチャーにも幅広く手を伸ばしている。そのため現状と合致する、現実離れした現象に思い当たってしまう。
「まさか…異世界、転移?」
この時レンは放心していた。あまりにも突拍子の無い現実に頭が追いついていなかったのだ。すぐさま彼は自分の身を持って理解することとなる。
「RuA!!」
「いっ……!」
背後の影から唸り声が聞こえると同時に風を切る音が聞こえ、レンの頬が鋭く切られる。どうしようもなく現実を主張してくる痛みにより一層混乱し――何より、恐怖を覚えた。
怖い。怖い! 怖い!!
殺される!!!
体温が氷点下になったような寒気にガタガタと震え、逃げようとするも躓いてひっくり返ってしまう。それでも尻を引き摺りながら後ずさると、手が液体に浸かる。見ると、液体は熊の首から流れ出ていた。
「うわああああああ!」
目の前の死に自分を当てはめてしまい、思わず絶叫する。ひっ、ひっと喉から息を吐き、何度も転びながらほうぼうの体で逃げる。すると、眼前の茂みが揺れ、銀色の狼が姿を現した。後ろを振り向くと、そちらにも一匹。左右からも茂みを掻き分ける音が聞こえる。既に囲まれていたのだ。
正面の狼がゆっくりと近付いて、牙の生え揃った大口を開ける。
――ああ、死ぬんだ。
傍観の中ぎゅっと目を瞑ると、再び風切り音が鳴る。
「GyaN!?」
「おい、生きてるか坊主!」
久しぶりに耳にしたような人の声に驚き目を開くと、正面の狼の目に矢が刺さっていた。後方の狼には剣が突き立てられもがいている。
「『火よ』」
女性の凛とした声が響き、片目を失った狼へ火球が撃ち込まれる。そのまま狼は黒く焼き焦げて横たわった。
「大丈夫ですか?」
穏やかな笑みを浮かべた女性が「『癒しよ』」と呟くと、レンの身体を暖かい光が包む。助かった、と安心すると気が抜け、癒してくれた女性に倒れこむよう意識を失った。
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