覇天プレイヤーの異世界満喫記

煮詰めうなぎ

第0話 プロローグ

 エンシェントアーツ・オンライン、通称AAO。数多のプレイヤー達と協力して、強大なモンスターを打ち倒していくダイブ型VRMMOだ。技術の向上、最先端を凝縮した大迫力のグラフィックスや、ジョブ・スキルと言った超人的な身体能力でありながらまるで生身のように動ける快適さから人気を博した。


 幻想的なファンタジー世界を舞台としており、ただの平原や湿地から樹海が庭にすら感じるような大森林、東京ドームの何倍もある地底湖なども存在する。そのため、攻略組のヘビーユーザーだけでなく観光目的のライト層からも根強い支持があった。


 そしてそういった広大マップには必ずと言っていいほど更なる深層があり、最奥にはユニークアイテムが安置されているのだ。誰しもがユニークアイテムを求めて攻略組へと乗り出し、その難易度に挫折していく。


 しかし中にはジョブを上手く連携させてクリアする者が現れる。その基本ジョブは近接職が剣士ソードマン槍士ランサー盾士ガードナー拳闘士インファイター。遠距離職が弓士ホークアイ魔術士ブラッカー聖法士ホワイター。名前の通りの武具、魔術士は聖属性以外の魔法を、聖術士は闇属性以外の魔法をそれぞれ扱う。これはいつでも転職ができる。


 またこの手のゲームとして珍しいことに、ジョブレベルによる取得制限はあってもスキルの取得上限がない。レベルをカンストさせてからもやりこむほど強くなれるのである。とはいえスキルツリーがあって、実際にそのスキルを使用していくことで熟練度が上がる方式を採用しているため、時間が足りず全部の取得は実質的に不可能だ。


 何せ『アタックスキル:斬撃』『ガードスキル:不動の構え』のような戦闘スキルから、『ノーマルスキル:居眠り』『パッシブスキル:ニヤケ顔』のような意味不明なものまであるのだから。しかもこれを前提条件にしている戦闘スキルがあるから性質が悪い。


 そんなジョブごとにスキル構成を四苦八苦しているプレイヤー達へある時、運営が特大の爆弾を投下した。


「新しいクラス『英霊使いリンカー』を実装します」


 この英霊使いというジョブは、全てのジョブのレベルをカンストさせることで就けるようになり、対応した『英霊』を倒すことで全ジョブのスキルを使うことができる。


 発表された時は大荒れだった。今までの努力が無になるようなぶっ壊れだと誰もが疑わない。今までユーザーのことを考えていた運営だっただけに落差が多大な悪影響を与えるかに思えた。


 しかし、蓋を開けてみれば超上級のプレイヤースキルを要求されるような代物だった。


 まずスキルツリー存在せず、基本7クラスの初期戦闘・・スキルしか使用できない。このゲームは初期においてパッシブスキルがかなり強力な調整をされている反面、戦闘スキルは必要最低限だ。パッシブを失うということは何の取り得もない器用貧乏に成り下がるということと相違ない。


 次にスキルの取得方法、対応した英霊を倒すこと。この難易度が鬼みたいに高かった。いつも通りのパーティーで挑める英霊、単独でのみ挑める英霊。アイテムに制限に装備破壊なんてクソ要素は日常で、果てには戦闘スキル使用制限・パッシブ封印まで持ち出してきて苦情の電話が殺到したこともある。


 しかも得られるスキルはソロ以外、難易度に見合った強力なものというわけではない。威力はパッシブ全盛りより多少劣り、使用硬直・攻撃後硬直が僅かに早いと言ったところか。このメリットの薄さからネタジョブとして扱われるようになった。


 ただ、7人しかいないソロ制限の英霊だけは『剣天』『魔天』など『○天』と呼ばれ、倒すことで3度まで凄まじいスキルを獲得できる。これらは『天系スキル』と呼ばれ、運営も「バランスは保障しない」とのたまう代物である。


 お察しの通り、クリアした人は数人も居ない。つまりただ1人。『槍天』の比較的簡単なクリア動画がサイトに投稿され話題となったが、誰として動きのトレースができない有様だった。


 そして七天全てを下すことで、『覇天』と呼ばれる英霊の頂点に挑むことができる。『覇天』と戦う際に運営の悪辣な制限は特に付けられない。ただ攻撃が理不尽なだけだ。彼から得られるスキルはたった一つ。『無天』――全行動硬直キャンセル。それが『覇天』だけの持つ、同時にゲーム中最大の理不尽スキルである。


 切りかかれば手数に圧倒され、回復魔法を使えば反応して魔術を使い始めてしまう。そうなると攻撃魔術を詠唱しながら防御魔法を詠唱して剣で打ち合うとか理解不能な動きをし始める。詠唱が完了したら防護魔法を纏って広範囲殲滅魔法を自身を中心にぶっ放すような極悪非道だ。


 ちなみに最初から魔術を使うと詠唱中に距離を詰められてお陀仏する。制限はないのに魔法は封印状態と変わらない。


 ここまで誰もが知っている情報だ。では、一体誰が情報源なのか。それは唯一七天を下し、今現在『覇天』と戦っている青海おうみ れんである。


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 俺の脳天を目掛けて剣が振り下ろされる。それをギリギリ左手の盾で『ガードスキル:受け流し Lv10』を使って弾き、同時に右手の剣を正眼に構えたまま左へ振り払う。心臓に一直線に向かってきた槍は受け流され、左脇を掠めていった。奴は俺に左肩を向け、反撃ができない体勢だ。


 アイテムは既に使い果たした、最後のチャンスだ。もう今決めるしかない。剣を振り抜き、脇腹から肩に掛けて切り裂く。すぐさまショートカット機能を使って左手の盾をあらかじめ設定していた槍へと変え、『アタックスキル:刺突 Lv10』で胸を串刺しにする。既に剣はガントレットへと変わっており、整った顔面を寸分違わずに打ち抜く。


 ノックバックで吹き飛んでいる奴は、宙に浮いているにも拘らず弓を射ってきた。それをガントレットの『ガードスキル:打ち払い Lv10』で弾きながら左手へ盾を装備し直し、正面に向けて前進する。瞬間、盾へ強い衝撃が走り周囲へ炎と雷が弾けた。モーゼのように紅蓮の海を裂いて行き、奴の目の前へ相対する。


 魔法が途切れた直後に盾とガントレットから大男の倍はあるような大剣へと装備を変更。この行動に2フレームも費やしてしまった所為で俺の肩を槍が貫いた上、奴は再度防御の姿勢を取りつつある。だがこの一撃は、この一撃だけは唯一奴でさえも防げない。


 被攻撃によるヒットストップ・ノックバック・スタン・ダウンを一切無効化するハイパーアーマー効果によって、怯まず突撃してくる俺を見て敗北を悟ったのか、奴は僅かな微笑を浮かべている。まるで本物の人間のようだ。


「貴様、名は…」

「ああああ!」


 何か奴が呟いているが、耳に届かない。『アタックスキル:英霊-崩天 Lv15』が使用される。


 眩く光る大剣を思い切り振り下ろすと先ほどまでの光が嘘のように世界が黒く塗られ、軌跡上からひび割れていく。大量のガラスを打ち砕いたようなけたたましい音と同時、砕けた破片越しに世界へ色が戻る。そこにはHPバーの全損した奴が倒れていた。


「いよっしゃああああああああ!」


 大剣を放り投げて両腕をかかげる。涙がこぼれてくるほど嬉しい。ここまでの達成感を感じたことは人生で始めてだ。あまりの興奮に飛び跳ねていると、倒れ伏す奴が紺碧の光玉へと姿を変えてふよふよと漂ってきた。最初に倒したことによる特別報酬だろうか。見たことのない演出に首をかしげながら、胸の中へと入る光玉を見つめる。


 完全に胸へ同化してすぐ、俺の意識は暗転した。

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