12-3 初めてはこんな所じゃイヤ
「ビシッ」「バシッ」というふだんあまり耳慣れない鋭い音がする。
ということで、おれは初めて充希の通う道場に来ていた。
どういうことかって?
例によって、充希がおれの部屋に乱入してきた。
「ねえ、お義兄ちゃん、どうせヒマでしょう。一緒に練習行こう」
「この前、断っただろ。なんでおれがつきあわなきゃならねえんだ」
「だってェ」
なんか赤くなりながらモジモジしてるぞ。
「だって、このサポーター、せっかくお義兄ちゃんにもらったんだもん。やっぱり最初の1発はお義兄ちゃんにもらってほしいの」
「おいっ。いくら、しぐさだけ可憐な女子ぶってみせても、言ってることが鬼か悪魔のようだぞ」
「しょうがないわね。ホントはこんなところでこの子の初めてを捧げるのはイヤなんだけど。そんなにイヤがるならしかたないわ。ここでしましょう」
「こらっ、準備運動を始めるな。わかった。わかったから、一緒に行こう」
というわけ。
なんで、来たのかって? 専門の設備なら、プロテクターもいろいろそろってるだろうし。プロがいるから、大けがする前に止めてくれるだろうし。さすがに大人なら瑞希を止められるぐらいの実力はあるだろ。
充希が道場の先輩に許可を取ると、おれはプロテクターで身を固めた。
「じゃあ、行くわよー。セイャー」
「キャーあ」
むっちゃ、コエー。
こいつ、突きを立て続けに3発繰り出し、蹴りまで入れてきた。
プロテクター付けててもコエー。衝撃であちこちシビレてるし。
「最初の1発だけって約束じゃない。てか、蹴りはグローブに関係ないじゃない」
「やっぱり、コンビでないと感覚がつかめないって言うか」
「感覚つかむのはプロの人とやって。もうそのグローブの鍬入れ式は終わったんだからいいでしょ」
「どうして、テンパるとオネエみたいになるの?」
「あんたこそ、もっと女子らしくしなさいよ。素人相手にホンキ出すんじゃないわよ」
「お義兄ちゃん、正気? ホンキで、あたしがホンキ出してたって思ってるの?」
「わ、わかった。こら、気を練るのをやめろ。オーラを燃焼して身にまとうんじゃない」
オーラというと、超サイヤ人の金色のオーラが有名だが、充希の場合は、むしろ、聖闘士星矢のコスモや闘気に近い。充希の体内を循環しているオーラ(コスモ)が燃え出すと、全身がそのドラゴニックオーラ(闘気)に包まれ、おれには炎の女王のように見える。特に、オーラの中に怒気が混ざっている時はすごくて、充希の周りの空間の屈折率が変わる。事情を知らない赤の他人が通りかかっても、「あれ、なんか、ここ、空気の色、違うな」って感じるぐらいだ。
「ホンキじゃなかったのはよくわかった。で、何%ぐらいだったんだ」
「20%ってところかしら。さすがはお義兄ちゃん。あたしの20%をくらって平然としてるなんて」
「平然の意味をちゃんと調べろ」
20%ってことは5分の1だから、MAX165キロの豪速球を投げる大谷昇平が、富士山麓オーム鳴く(2.2360679)で割って、70キロぐらいしか出してないってことか。運動エネルギーは速度の2乗に比例する。
どう?、おれって物理得意でしょう。
てか、こいつのMAXくらうやつはどうなるんだ。スプラッターな想像するとこわい。
「ところで、さっきから気になってるんだが、なんでショーパンなんだ」
上は、空手家のような道着なのに、下はショートってメチャ不自然。
「前に言ったじゃない。サービスよ。プレゼントのお・れ・い」
「おまえ、関節決める気か」
「いいじゃない、女子中学生の太もも・生足触り放題祭。大サービスよ」
「ふざけるな」
「またあ、照れちゃって。素直じゃないんだからァ。ホントは大好きなくせに。生足も、痛くされるのも」
プロテクターの付け過ぎで動きが鈍い。あっという間につかまれて、マットの上に転がされた。
「止めッ。そこまでッ」
「残念、お義兄ちゃん。ご褒美は次のときまでお預けだね」
「二度とやってたまるかっ」
助けてくれた王子様は、どっちかというとほっそりした40、50歳の男性。どうやら充希のマスターらしい。もっと岩のようにゴツゴツした人を想像していた。「グラップラー刃牙」に出てくる武道家みたいなの。腕のたつ格闘家なら「ただ者ではない」と見抜いたりするんだろうが。おれには優しそうなおじさんにしか見えない。
「君が充希君のお兄さんか」
「はあ、はい」
「そのガード力、我流でそうとう努力を積んだようだね」
「望んで努力した覚えは1ミリもないんですけど」
「だが、格闘家には向いてないな」
「でしょうね」
「何より、何が何でも相手を圧倒しようという不屈の闘争心が見えない」
「一般人の高校生活には必要ありませんから」
「充希君の素質はすごいよ」
「骨の髄まで染み渡るぐらいよく知ってます。さっきも出力20%の慣らし運転で殺されかけました」
「公式試合にも出て欲しいんだが」
「お義兄ちゃんがケガを心配するんで出ません」
「誰が心配なんかするかっ。お前にケガをさせるって、そんな鬼神の如き存在がどこにいるんだ。伊調馨選手か?松本薫選手か?」
「そんなすごい人たちが闘ってくれるわけないじゃない」
なんか夢見る女子のようなキラキラした目をしてるんですけど。
「マジでやりたそうな顔するな。オリンピックの前にケガでもさせたらどうする」
この道場は実戦主義。たとえ、実力に大きな差がある敵に出会っても何とか手傷を負わせて逃げて来たりする術を教えていると聞く。
「『死合い』じゃないんだから。お互い、そんなヘマはしないわよ」
「どんな高みにいるんだよ。おまえまだ中学生だろ」
てか、今の、試合じゃなくて、殺し合いって意味で言ってるよね。
「最近、充希君ははつらつとしているというか、余計な力みが取れたというか、ワザが自然体ですごくよくなっている」
「いままでいろいろ悩んだりしてたんですけど。お義兄ちゃんが、無理しないで、素直なままのあたしが一番カワイイって言ってくれたから、変われたんです」
「このぉ、さっきから息をするように滑らかにウソをついてるんじゃねぇ。絶対言ってねぇからな」
「友だちにも隠してたけど。これからは、武道をちょっとかじってるって正直に打ち明けようかな。お義兄ちゃん、どう思う?」
「ちょっと? かじってる? 正直? 殴る蹴るの鍛錬ばっかりしてないで、もっと日本語を勉強しろ」
「確かにお兄さんのおかげのようだね」
「瑞希の強さはヒト的な何かに執着しないその野生動物のようなネイチャーが源泉ですから」
「ほう、言うねえ」
「お義兄ちゃんの知識の源泉はほぼマンガです」
「剣道、柔道、合気道、弓道、空手、柔術、剣術、槍術、薙刀、少林拳、北斗神拳。名作と言われるモノはすべて読んでます」
「ハハ。マンガと現実は違うよ」
「そうでしょうか。確かに現実にはあり得ない描写もありますが。でも、そのフィクションの中にも現実に通じる真実や真理がありますよ」
大リーグボール1号の教えとか。
「決して馬鹿にしてるわけじゃない。見込み違いだったかな。お兄さんにも闘争心があるじゃないか。さっきは全く感じられなかったんだが」
ヒエーッ、おれはプロに向かって何てことを。
「お義兄ちゃん、すごいね」
帰り道、充希が「マジリスペクト」という顔をした。
「何が」
「だって、師匠にあんなことを言う人なんていないよ」
「マンガをバカにされたからだ」
「だって、師匠、『昔、得物を持ったハングレ者5人に絡まれたけど瞬殺』伝説あるんだよ」
「年頃の女子が得物とかハングレとか言うな」
「逮捕されそうになったんだって。何て言うんだっけ?」
「過剰防衛だろ」
「うん、それ。たぶん、この学区内であたしが唯一勝てない人だよ」
ヒエーッ、充希を超える怪物におれはあんなことを。
てか、おまえは大人の男子を含めて弟子最強なのか。
「あっ、充希」
声をかけてきたのはマミムメモンの・・・、たぶん、M1号だ。
「美海たちが言ってたけど、ホントにお兄さんとよく出かけてるんだね」
「そうなのォ」
「おれはただ新品のグローブでボコられそうになったから、イテッ」
M1号の死角から光速の肘を入れてくんじゃねえ。もうプロテクター付けてねえんだぞ。
「そんなカワイクナイ袋持ってどうしたの?」
「まだ、誰にも言ってないんだけど、あたしね、格闘技を習い始めたの」
8年も前からな。「正直」はどこ行った?
「そんなに締まってるのに、ダイエットなんて必要ないじゃない」
M1号は、充希と違ってホンモノの女子だ。霊長類が格闘技の練習する理由はダイエットしかないと思ってる。
「あたしも守られてばかりじゃダメだと思って。見てて、今に強くなるから」
大会にも出ないのに、それ以上強くなってどうする。熊殺しか虎殺しにでもなるつもりか。ワシントン条約違反だから仕事はないぞ。
「お兄さんもやるんですか?」
「いいや、おれは平和主義者で、インドア派で、痛いのが大嫌いなんで」
「ホントはマゾなくせに・・・、イタイッ」
「他人の嗜好を自分に都合よく決めるな」
「それで、その袋の中にウエアを入れてるのね。見せて」
「いいけど、ゼンゼンかわいくないよ」
「ホントだ。これは?」
「手を守るサポータ-。お義兄ちゃんが誕生日にくれたの」
「相手の命を凶器の拳から守るのマチガイ・・・、イテッ」
今度はカカトで蹴りを。
「ホントに仲いいですね。私が彼女さんだったらシットしちゃうかも」
妹と畳は新しい方がいい 杉村風太 @hoota
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