ホリデイ

安良巻祐介

 

 彼は眠そうな顔をして、暗い部屋でごろごろしていたが、いつだったか、時計もないのに何かに打たれたようにハッとしたらしい。

 とりあえず手さぐりでうろ覚えのマッチ箱を探り当て、壁のランプ台に寄って、真っ白い火を点けた。辺りに明るいところと暗いところが出来て、そのだんだらの上に寝そべったまま、彼は次に、壁のところに置いてあった趣味の水槽の硝子を拭いて、水面とその上がよく見えるようにした。

 そうしておいてから、立ち上がって右ポケットをごそごそやっていたかと思うと、水槽へ苔のついた石を何個も沈めて、並べ替えながら景観を整える。

 その後、左ポケットからは赤や黄や青や白のきらきらとした宝石細工を幾つか取り出し、部屋のあちこちに飾っていった。それらは不思議にそれら自体が淡い光を放ち、方々で蛍となった。

 彼は部屋を一周してから水槽のところへ戻ってきたが、光の下に照らし出されたその水はかなり濁っていて、中に糸くずのような線虫や、ゴミ粒のような透き通った貝もどきが蠢いているのが見えるし、水面の上には蝿が飛び交い始めている。

 かなり見苦しい光景であったが、彼は水槽を掃除するでもなく、しばらく上からそれを眺めていた。すると、苔石の上にも虫のようなものが幾つか動いているのが見つかった。

 彼は、水槽にぐっと貌を近づけた。硝子越しに見えるそれらの虫は、わりと多彩な色をしている。

 ――と、その時。彼は気がついた。

 苔石の虫の中に、彼の事を見上げ返しているものがいることに。

 彼はその、彼の小指の爪先ほどもない小さな小さな虫に、表情を認めた気がした。

 いや、確かに、白い頭の真ん中に、黒いOが出来ているのだった。ぽっかりと空けた口の形だ。

 それをしばらく観察すると、彼は満足して、水槽から離れた。

 そうして、部屋の真中へ行って寝転がると、やがて疲れたように鼾をかき始めた。

 陶製の胸器の中に、彼はやわらかな桃色の炎をあたためる。

 祈りの言葉が白い炉を洗う。

 青白い真珠の歯を並べた唇は、くねり鉱石パイプをくわえ、陰鬱な都市に似た構造の脳から、星の光と煤煙電流とが伝わる。

 閉じられた瞼は鉄製の花弁だ。

 横たわるそのすがたは、肩の大山脈から爪先の尖塔まで、機械混じりの御伽噺となって、月のようなランプのもとで、今しばらくを眠り続けている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ホリデイ 安良巻祐介 @aramaki88

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ