最期の言葉。

藍谷紬

軽くなった体。

ふと目が覚めた。




一体僕はどうしたのだろう?何も思い出せない。




惚けながら壁を見つめる。 




あぁ、壁じゃなくて天井か。




ベッドに寝かされている僕の体は異様に重かった。




かろうじて動かした視線の先には誰がいる訳でもない。




ここは一体どこなのだろうか、清潔感のある白い布団に白い部屋。




そんなこと考えてるとふと眠くなってきた。




もういいか、考えるのも面倒だ。




白い視界が暗くなって、また白くなった。




急に体を起こすことが出来た。眠気が無くなり、ベッドから降りた。




あれ、この懐中時計、、どうして割れてるんだろう?




白い廊下を歩き、何人かの老人とすれ違う。




看護婦の恰好をした人の前に行っても僕には目もくれない。




あぁ、仕事をしているから当たり前か。




冷たく白い廊下を裸足で歩いているとのひとつの扉の前に来ていた。




なんとなく入ってみると、




その中の部屋には、大人の男の人と、女の人、それに僕より少し年上の女の子がいた。




その人たちは涙を流している。皆が俯いて泣いている。




何故だろう、僕まで悲しくなってきて声をかけようとするが、声が出ない。




女の子に触れようとしても手も、声も、届かない。




気づくと僕の頬にも涙が流れている。




悲しいはずなのに、その女の子がとてもいとおしく思えた。




その時その女の子がこちらを向いて、何かを言った。




そして泣き顔で、大人たちに何かを必死に訴えてるようだ。




しかし大人はうつむいたまま、その女の子を抱き寄せただけだった。




ふと僕は心が穏やかになっていくのを感じた。




目の前には大声で泣きじゃくっているであろうこちらを見ている女の子がいるのに。




足は冷たく、全身が氷のように冷たくなっていくのに。




「お姉ちゃん、ありがとう。大好き。」




そう小さく呟いた声は、女の子に届いただろうか。




それを見届ける間もなく、僕の体は溶けるような感覚に飲み込まれた。

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最期の言葉。 藍谷紬 @stanty

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