おまけ

月と太陽

「なあ。茉里まつり。俺がもしもさ? 『キミが太陽で、俺は月だ。俺はお前が居ないと輝けない』って言い出したら、どうする?」


「ぶふっ! げほっげほっ! ちょっと、武流たける。いったいぜんたい、何を言い出してるのよっ。食べてたハッピー〇ーンの粉が思いっ切り、気管支に入っちゃったでしょうがっ!」


 スポーツサングラス式VR機器に取りつけられているヘッドセットのイヤー部分から、茉里まつりが咳込んでいる音がはっきりと武流たけるの耳に届くのであった。


 俺、そんなに咳込むほど、おかしなことを言っちまったかなあ? これは恋人同士なら当たり前のような会話だと思うんだが? と武流たけるは思うのだが、如何せん、思い返せば、自分でも恥ずかしい台詞だなと鼻を指でこりこりと掻くことになってしまう。


「悪かった。俺が変なことを言っちまった。茉里まつり、大丈夫か?」


「んぐんぐっ、ぷはー! まだちょっと喉が粉っぽい感じがするけど、大丈夫よ? で、武流たけるらしくない台詞を言い出してどうしたの?」


「ん、いや、まあなんというか……。ほら、俺たちって、ゲーム内での結婚式に合わせて、正式にお付き合いを始めたじゃないか。なら、やっぱり、恋人らしい会話をひとつと思ってだな?」


 加賀・茉里かが・まつり能登・武流のと・たけるは、VR対応MMO・RPG:ノブレスオブリージュ・オンラインにて出会い、その仲を深め、ついにはゲーム内ではあるが、2人は結婚したのであった。


 そんな2人は当然、リアルでもお付き合いを開始し、平日の仕事を終えて、家に帰ってきたあとは、スカイペ通話をおこないながら、就寝30分前までノブレスオブリージュ・オンラインを楽しんでいた。


 いつもなら、このスカイペ通話には、茉里まつりたちの徒党パーティ仲間であるトッシェ=ルシエこと川崎・利家かわさき・としいえ。そして、ナリッサ=モンテスキューこと柏・成政かしわ・なりまさが混ざっていた。


 しかし、そんなお邪魔な男2人は都合よく、明日は朝が早いと、いつもより1時間も早く、ゲームからログアウトし、スカイペ通話からも退席していたのである。


 そんなわけで、平日としては珍しく、茉里まつり武流たけるの二人っきりの時間がやってきたというわけだ。


「あたしって、太陽かなー? ちょっと違う気がするのよねー」


「ん? こういう台詞の定番だと、女性は太陽で、男は月じゃんか? 茉里まつりは太陽じゃ不満なのか?」


「あたしが今こうして、輝いていられるのは、武流たけるあってこそなのよ。だから、あたしが月で、武流たけるが太陽。でも、あたしは満月のように輝いてるってわけっ!」


 茉里まつりの言いに武流たけるはつい、はははっと苦笑いしてしまう。何、言ってやがるんだ。俺こそ、茉里まつりにとっての月に決まっているだろう。俺は泥水をすすってでも、ノブオンにすがりついていたような男だ。


 茉里まつりが太陽のように笑ってくれるからこそ、こんな汚れた過去のある俺であったとしても、茉里まつりを、その茉里まつりの『笑顔』を守りたくなったんだ。


 だが、武流たけるはこの想いを茉里まつりには告げなかった。茉里まつりは今に生きている。武流たけるの過去など気にしない女性であることを重々承知している。


 いやしかし、茉里まつり武流たけるが過去、どんな女性と付き合ったのかは気になって気になって仕方ない様子ではあるが……。


「でも、どうしたのかしら? トッシェとナリッサが落ちたからって、急に武流たけるらしくもなく、ロマンチックなことを言い出して? もしかして、もっと早く、あたしとイチャイチャしたかった?」


「う、うるせえっ。だいたい、あいつら、呼んでもないのにスカイペ通話に参加要請を出してきやがるのが悪いんだよっ。こういった男女のお付き合いは最初が肝心だっていうのによっ!」


「まあまあ、良いじゃないの。そんなにあの2人を邪険に扱わなくたって。あたしは逃げも隠れもしないんだから、武流たけるは気にしちゃダメよ?」


 武流たけるは10歳も年下の茉里まつりに宥められてしまう。武流たけるは、ふうううと一度、息をゆっくりと吹く。


「俺は、あの、そのだな。女性と正式にお付き合いをするのは、茉里まつりが初めてなんだよ……。だから、出来るなら、茉里まつりと少しでも長くしゃべりたいと思ってだな……」


「うっわーーー。武流たけるって、35歳で初めて彼女が出来たんだー。ふーん、へー、ほーーー?」


 くっ、言うんじゃなかったぜっ、と武流たけるは思うが後の茉里まつりならぬ祭であった。どうせ、これをネタに散々からかわれちまうことになってしまうんだろうなと武流たけるは覚悟を決める。


「あたしも、正式にお付き合いする男性は武流たけるが初めてよ? あー、良かったー。あたしだけが初めてじゃなかったんだー。なんだか、ほっとした。うんっ」


「えっ、それって本当なのか? 茉里まつりほど可愛かったら、周りの男が放っておかないだろ?」


 茉里まつり武流たけるはお付き合いを始めたあと、まず最初にメアドの交換をし、さらに1週間ほどした後に互いの顔写真を送りあったのである。武流たけるの想像通りの愛嬌たっぷりの茉里まつりの笑顔に、武流たけるは思わず二度目の恋をしてしまったほどだ。


「そりゃ、言い寄る男は居たわよ? でも、あたしは惚れた相手じゃないと嫌なわけ。武流たけるが初めてなのよ? あたしにここまで惚れこませた男性はっ」


 武流たける茉里まつりのその言葉を聞いて、思わず、右腕でガッツポーズを作り、よっしゃ! と心の中で言ってしまう。


「というわけだから、武流たけるはあたしを失望させるようなことはしないでね? あたし、武流たけるの背中を包丁で刺したりしたくないからっ」


「えっ……。それはちょっと、情熱的すぎないか?」


 武流たけるが少し引き気味で茉里まつりに答える。だが、茉里まつりは、ふふーんっと自慢気になりながら


武流たけるは、あたしに選ばれたのっ。だから、あたしを幸せにする権利を与えるわっ! 武流たけるはあたしの太陽なんだからっ! あたしを満月のように輝かせてねっ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

風と共に踊る行進曲(マーチ) ももちく @momochi-chikuwa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ